第十話 マッサージチェア
螺旋階段を少し昇った先に、広さ五十平方メートル程の踊場がある。
その踊場に二人が到着したのは一分後のこと。
アルケミナは、クルスが背負っている荷物から、水色の槌を取り出す。
「これは回復の槌。これを使えば疲れが吹っ飛ぶ」
「温泉ですか」
クルスが聞き返すと、アルケミナは首を横に振る。
「違う。温泉はリラックス効果で睡魔に襲われやすい。日が暮れる前に最上階に行きたいから、今回は温泉より早く回復できる奴にした。ただ副作用として、効果が切れてから六時間は筋肉痛で動けなくなる」
副作用。筋肉痛。その言葉を聞きクルスは身震いし、クルスはアルケミナ尋ねた。
「他に安全な回復方法はないのですか」
「ない。通常の回復の槌の副作用は一日持続する。この試作品は副作用の持続時間を四分の一まで短縮されたもの」
「試作品」
もしも、その試作品がEMETHシステムのような欠陥品だったら。クルスの脳裏に嫌な予感が横切る。
だが、アルケミナはクルスの心配を気にする素振りを見せず、踊場の中央に立つ。
「大丈夫。五大錬金術師の研究に失敗はない」
アルケミナは踊場の床へ、回復の槌を叩く。
北に火星の記号。南に昇華を意味するてんびん座のマーク。東に下向きに三角形。西に水星に記号。中央に煆焼を意味する牡羊座の記号。
これらの記号で構成された魔法陣は水色に光る。
そして数秒後、魔法陣の中央にマッサージチェアが現れる。
その光景にクルスは目を点にする。
「先生。これはどういうことですか。僕の目に狂いがなければ、マッサージチェアが目の前に見えるのですが」
「マッサージチェア。十五分座るだけで体力が回復される最新型。プロのマッサージ師の技を再現する機能付」
アルケミナが解説するようにクルスへ言い聞かせると、クルスは疑問を口にする。
「なぜマッサージチェアなのですか。他にも方法があるでしょう」
「マッサージチェアが一番体力回復までの時間が短い。錬金術でマッサージ師を召喚することは、法律で禁じられている。それに五大錬金術の能力でも、人工的に人間を作ることは不可能。短時間で体力を回復するためにはマッサージが必要。マッサージで細胞を活性化させて体力回復」
クルスは再びアルケミナに尋ねる。
「もう一度聞きます。もう少し安全な方法はないのですか。細胞の活性化は危険な気がします」
「議論の時間はないから、マッサージチェアに座って。大丈夫。絶対に死なないから」
アルケミナは表情一つ変えない。逆にそれはクルスに恐怖を与える。そんな時クルスの脳裏にあの言葉が浮かぶ。赤信号。皆で渡れば怖くない。
クルスは思い切ってアルケミナに提案する。
「先生も座りませんか」
「私は大丈夫。クルスに背負ってもらったおかげで、体力は回復されたから。それに子供がマッサージチェアに座ったら危険」
やはりクルスの企ては不発に終わる。
結局、クルスは魔法陣の中央に鎮座しているマッサージチェアに座る。
すると、マッサージチェアに搭載されたローラーが、自動的にクルスの背中を刺激した。
それと同時にクルスの太ももが彼女の足元に搭載された別のローラーが刺激を始めた。
強制的に機能を停止させるスイッチは存在しない。
その間アルケミナは踊場の床に座り、休憩を行っている。
これは不平等ではないかとクルスは感じたが、マッサージを止めることは不可能である。
そして十五分後、マッサージが終わり、クルスはマッサージチェアから解放された。




