蒼太の涙
俺と蒼太の出会いは中学校の頃だ。席が隣になったとかそんな在り来たりのことでは無かった。
俺たちの通っていた学校は家から遠い、中高一貫の進学校だった。
ある日の部活帰りに、駅で他校の不良に絡まれていた蒼太を見つけ、丁度持ち合わせていた竹刀を使って不良を追い払った。
それがきっかけで蒼太と言葉を交わすようになった。住んでる所も割と近かったこともあって、打ち解けるまで時間はかからなかった。
しかし、お互いが成長するにつれて会話は減っていった。
俺は剣道、蒼太は勉強に。会話が減ったのはただ単に時間が無くなっただけでなく、それぞれがその分野で学校を代表するくらいに目立ったせいだ。
そんな中でも1年に1回は絶対に顔を会わせるように約束していた。蒼太の地元の祭りだ。
中学生のとき、初めて蒼太に連れられて訪れた。クレープ、焼きそば、わたあめなど、店もたくさんあって賑わっていた。
そして、祭りのシメに打ち上げられる花火は蒼太を童心に返らせるようだった。顔全体の筋肉が緩み、幼い子どものような微笑みを見せる。
懐かしい。たった一年前のことすら、こう思ってしまうほど今の時間の流れは濃い。
ZONEが感染によって広まることは分かった。後は手段だ。どういう方法で感染するかだ。
空気感染は俺たちが無事であることから、選択肢として有り得ない。
そう考えると、余計に分からない。感染の手段が分からなければ、俺たちも何に警戒すればいいか分からない。
人体を使って実験することも出来ないことだ。何とかして突き止められないだろうか。
「少し移動しないか?」
もう慣れ始めていたが、ZONEが放つ異臭が教室中に溢れていた。そう言われて蒼太に付いて行くと、運動場に出た。そこには無傷で倒れているZONEと獲物を探しているZONEがいた。
蒼太は倒れているZONEに近付き、息が無いことを確認した。
「無傷?」
小鳥遊が不思議そうに呟いた。確かにおかしい。今まで俺たちが見てきた、相手にしてきたZONEは何かしらの傷があり、そこから血が出て死に至る。
だが、目の前に倒れているZONEは血はおろか、外傷すらない。
蒼太が一つ一つのZONEの生存確認をしていた途中、一つのZONEが何かを吐いた。それを良く注意しながら見ていた蒼太が口を覆って後ろに退いた。
「これに近付くな、がはぁ」
咄嗟のことで事態が飲み込めなかった。蒼太が、急に吐血した。
「蒼太、どうした」
急いで近寄ろうとする俺たちを蒼太は手で制した。
「来るな恭輔、お前なら分かるだろう」
俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。
蒼太の言う通りだ、俺には分かっていた。無傷のZONEが吐くものの中に感染菌が含まれていて、蒼太はそれに感染してしまったんだ。
「なあ恭輔、覚えてるか。毎年この時期に二人で祭り行ったよな?今年も行きたかったな」
寂しげにそう呟いた蒼太は少し昔に戻ったような顔だった。
「恭輔頼みがある、俺がZONEになる前に殺してくれないか」
蒼太の頼みに俺はただ突っ立ていることしかできなかった。俺が、蒼太を殺す?
「頼むよ恭輔、俺は他の奴に迷惑かけたくない。お前と俺の中だ、迷惑なんて思わないだろ」
「何言ってんだ!そんなこと出来る訳ねぇよ!」
最後の言葉と同時に蒼太の手が伸びてきた。俺の喉元に、殺気を帯びて。
「恭輔、もう身体の自由がきかない。頼むよ!恭ちゃん!!」
恭ちゃんという言葉に手がピクリと震えた。出会ってすぐの時の呼び方だ。
「せ…先輩……」
小鳥遊が心配そうに俺たちを見ていた。そうだ、小鳥遊も親友の屍を越えてきたのだ。
俺は木刀の柄を握り締め、頭の上まで振りかぶった。
「ありがとう、恭ちゃん」
上から木刀が振り下ろされるのを見て、蒼太は嬉しそうに、童心に返ったように笑顔になった。
「ちくしょおぉぉぉぉぉぉ」
俺の涙とともに蒼太も赤い涙をながした。蒼太の頭は固かった。蒼太はまだ人だった。