戦う意味
体育館に着くと、俺の隣にいた真中 蒼太の顔は青ざめていた。俺は自分の顔がどうなっているかは確認出来ないが、おそらく、平静を装っているだろう。
俺は最初に見た景色とここの風景が似ていたから、どうってことはなかった。そう、相変わらず、人間ともゾンビとも思えるそれが生徒を喰べている。
幸いと言って良いのか、俺たちの目当てのものは倉庫を階段で上がった所にあるので、それには気付かれなかった。しかし、その間にも生徒は喰べられている。
階段を登り終え、数歩進むと、一つの掃除箱がある。その中に大量にある木刀が目的の品だ。俺は柄頭に21と書いてある木刀を手にした。それと脇差として小太刀を2本ベルトとズボンに挟んだ。
いざ、それを討伐しに行こうとした時、奥のマットの陰に見覚えのある顔を見つけた。
「小鳥遊!」
「え?先輩?」
そこに隠れていたのは剣道部の後輩、小鳥遊 凛だった。今にも泣き出しそうな潤んだ瞳をこちらに向けてきた。
俺は掃除箱から木刀と小太刀を一本ずつ取り出して無言で渡した。これから下にいるそれを倒そうという意気込みの中に馴れ合いなんて要らない。
小鳥遊は俺の意とすることを察したのか、無言で受け取った。
「恭輔、一つ試したいことがある。協力してくれるか?」
「もちろんだ」
俺は一足先に下に降り、それに向け、殺す。という殺意をむき出しにして一歩足を踏み出した。
―蒼太の提案はこうだった。目が陥没しているそれがどうやって俺たちを判別するかということを知りたい。だから俺は殺気を、蒼太は壁を叩いて音を出し、小鳥遊は視線が定まらないそれを動作だけで自分の存在をアピールすることにした。
早い話が、それが気配か聴覚か視覚のどれによって獲物を識別するかを検証するのだ―
打ち合わせ通り俺は殺気を露に、それに一歩ずつ近付いて行った。
蒼太は金属バッドで壁を叩いている。小鳥遊は少し怯えながら、それに手を振っている。
すると、生徒を喰っていたそれが一気に俺めがけて走って来た。さっき別のそれに追い駆けられたので、スピードは予測出来ていた。
「カバー」
蒼太がそう叫びながら、壁を叩くのを止め、小鳥遊と共に後ろから走ってくるのが分かった。だが、俺に助けは要らない。
見たところ、それは4体だけだ。爺ちゃんに教えてもらった護身剣法の最大仮想対数は7体だ。充分すぎるハンディだ。
俺は左手が顔の前になるよう刀を持って来て、目と木刀で一つの線を作るように迫ってくるそれに向けて構えた。
それが俺の間合いに入るのを見計らい、柄を握り締めていた右手を離し、左手一本でひねりを加えながらそれの胸元に突き刺した。
すると、それの胸をあっさり突き破り、奥の二体まで貫通した。しかし、仕留め損なった一体が見事に身体を翻し、俺に飛び掛って来た。
だが、俺は先に話していた右手で小太刀を掴んでいた。そして俺は大きく口を開けて迫ってくるそれの口に小太刀をぶち込んだ。
腕を上に伸ばして仕留めたので息絶えたそれの血が小太刀を伝い、俺の腕までたどり着く。
気持ちが悪くなってすぐに小太刀を引き抜き、付いた血を振り払った。ずっとそれに刺さったままになってる木刀も抜いてやった。
「これで一つ分かったな。あのゾンビどもは人の気配に反応しやがる」
俺が木刀に付いた血を見ながら言うと、蒼太がピクっと反応した
「ちょっと待て、仮にも同じ学校の生徒だった奴をゾンビなんて言うなよ」
「じゃあ何て言ったら良いんだよ」
こんな非日常的なことの中で興奮してしまっている。つい声が荒くなってしまう。
「ゾーン」
小鳥遊が小さな声を発したのを聞き逃さなかった。たしかにゾーンと言った。
「ゾンビの、ゾンビのぞんは損、ビは人という意味があるそうです。だから、もはや人で損しかない彼らをZONEと呼びましょう」
そう言い放った小鳥遊はどこか吹っ切れていた。でも、目が、目だけが悲しみを隠しきれないでいた。
「そうだな。人を喰ったら人じゃないもんな。よし、あいつらはZONEだ」
蒼太が無理矢理明るい声を出して、パチンと手を鳴らした。
「これからどうする?」
「あの、友達を…」
蒼太の問いに小鳥遊は申し訳なさそうにポツンと言った。
「そうだよな、やっぱ心配だもんな」
俺は出来る限り優しく微笑み、座っていた小鳥遊の手を引いて起こしてやった。
そうだ、俺たちは大切なものを守るために戦わなくちゃ。