終わりの始まり
俺は元来、特別これと言って得意なものは無かった。だが、小学生の頃から始めた剣道だけは芽が出たと言ってもいい。
この前の夏の大会で地方大会のベスト4まで勝ちあがったのだ。高校最後の大会で良い思い出が出来た。
大学に進学しても剣道を続けるかは考えていなかった。
だが、勉強漬けの夏休みが明けた俺を待っていたのは、やはり剣道だった。とある地元の大学からのスポーツ推薦が来ていた。
そこは偏差値もそこそこあり、スポーツの実績も申し分ない。それに俺は楽な方に流される性分で、その話を受けることにした。
その頃からだろうか。学校の授業が意味の無いものに感じられ、次第に居眠りを繰り返すようになった。
すると当然、教師にも叱られ、周りからは疎まれ、冷ややかな目で見られ、日を潰し過ごしていた。
そんなある日、俺の日常は一つの悲鳴と共に崩れ去った。
授業の途中、エアコンの効き過ぎで腹の調子を壊してしまった。そして、授業を抜け、トイレに向かった。
用を済ませ、教室に帰ろうと歩いていた廊下で悲鳴を聞いた。甲高い声が、おそらく、校内中に響き渡っただろう。
俺は急いで階段を駆け降り、悲鳴のした教室の扉を勢い良く開け放った。
そこの異臭、そこの雰囲気、そこの光景。何もかもが信じられなかった。
……人が、人を…喰っている。
悪い夢かと思って頬を引っ張ってみても夢は覚めない、残念ながら目の前の惨状は変わらない。
かと言って何もしない訳にはいかない。まずは状況を冷静に見極めないと。
それの目は窪み、顔色は黒く変わり、口は大きく開き、なんとか二足歩行を保っているが、腕はだらしなくぶら下がって、犬のような格好で生徒を喰べている。
喰べている側も喰べられている側も同じ制服、つまり、うちの学校の生徒だ。
冷静になろうと努力したが出来なかった。同じ人間とは思えないほど外見がゾンビと酷似しているそれをじっと見つめていた。
するとそれは俺に気付いた。
……少し笑ったのか?それからすぐ、俺に向かって走って来た。
俺は咄嗟に身の危険を感じ、廊下を駆けた。俺は決して走りが遅いことは無かった。それの脚力が恐ろしく速かった。
このままじゃ追い付かれる。本能的に、直感的にそう思った。近くに何か武器になりそうなものは……
少し先に掃除箱が目に入った。
ほうきなら戦えるかもしれない。後ろのそれを確認し、右手で掃除箱を開ける用意をし、左手ではほうきを掴む用意をした。
すると、、予想外なことに角から新たなそれが顔を出した。掃除箱のすぐ近くだ。これじゃ挟み撃ちになってしまう。
だが、それはすぐに倒れ、代わって蒼太が現れた。蒼太は親指を立て、自分の後ろに向けた。どうやら、こちらに来いということらしい。
俺は後ろのそれとまだ距離があることを確認し、蒼太の指示に従った。
角を曲がる時、蒼太の装備を素早く確認した。体操服に金属バットという装備だ。なるほど、金属バットで横たわっているそれを倒したのだろう。
俺が角を曲がると同時に俺を追っていたそれも曲がってきた。この速さ、やはり人ではない。
蒼太はそれが来るのを予想していたかのように、バットを振り上げ、それめがけて振り下ろした。
それの頭に当たったバットは自身を朱に染めながら、それの頭に深くめり込んでいった。
傍から見ていても分かった。それの頭は頭蓋骨があるとは思えない程、柔らかかった。そして、辺りに血を撒き散らせて、息絶えた。
「大丈夫か、恭輔」
「ありがとう蒼太」
蒼太は中学からの付き合いで、俺の良き理解者と言ったところだろうか。
「何だよあれ」
「ま、待て。ここは危険だし、お前も武装しないと危ないだろ?ひとまず体育館に行くぞ」
こうして俺の日常は終わった。そして、非日常が始まりを告げた。