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猪娘の躍動人生  作者: 篠原皐月
第一章 一年目は猪突猛進

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12月 事の後始末

 揉めているうちに、それなりに意識がはっきりしてきた美幸は、急いで理彩から手渡された自分の服を身に着けた。そしてそのまま床に座り込んで、向き合う形で座った美野から、思ってもいなかった話を聞かされる。

 流石に予想だにしていなかった内容の上、美野の声が段々涙混じりになってきた為、辛抱強く黙って聞き役に徹していたが、何とか一通り聞き終わった美幸が、まだ半信半疑の表情で確認を入れた。


「……えっと、つまり? あのろくでなしは、美野姉さんとは社内でのコネと財産狙いで結婚していた上、盗撮マニアで姉さんの実家であるうちにも、盗撮用のカメラを幾つか仕掛けていたわけ? それを偶々姉さんが、奴のパソコン内の保存データの中に、私の画像を含めた大勢の女性を隠し撮りした画像を見つけて、発覚したと……」

 無言で頷いた姉に、美幸は嫌悪感で一杯の表情をしたものの、ほんの少し好奇心が疼いた。


「因みに、どんな画像だったの?」

 その何気ない問い掛けに、美野はびくりと肩を震わせてから、律儀に途切れがちになりながらも答えた。


「それが……。撮影した画像そのものだけじゃ無くて……、その……、色々編集したり、修正して、楽しんでて……」

「だから、どんな物?」

「…………」

 尚も問い掛けた美幸だったが、その途端美野は声を詰まらせ、目から勢い良く涙を溢れさせた。それを見て周囲が慌てて宥める。


「美野さん! これ以上、無理に言わなくても良いですから!」

「ちょっと藤宮! そこまでにしておきなさいよ」

「お前だって、不愉快な思いはしたくないだろう。少しは察しろ」

 同僚三人に口々に窘められ、美幸は憮然となると同時に、相当趣味が悪いものだったらしいと見当を付け、怒りを露わにして先程城崎が引きずり込んだ浴室を睨み付けた。そこで今度は理彩が、話題を変えるべく、話の続きを促した。


「それで? それを発見した美野さんは、どうしたんですか?」

 タクシーで駆け付ける途中、城崎と共にその内容を聞いていた高須は思わず遠い目をしてしまったが、美野は律儀に美幸、瀬上、理彩の三人に向かって改めて説明を始めた。


「びっくりして、咄嗟にどうして良いか分からなかったんですが、取り敢えず何事も無かった様にパソコンを閉じて、すぐに実家の義兄に相談したんです。そうしたら義兄が、すぐに色々手を尽くしてくれて」

「秀明義兄さんが?」

 そこで驚いて口を挟んだ美幸に、美野がまだ涙目のまま頷く。


「ええ。その画像を発見した時に閲覧履歴も確認してみたら、あいつがそれらのデータを、盗撮専門サイトに投稿してた事も分かったの」

「何ですって!?」

 そこではっきりと顔色を変えた美幸に、美野は強張った顔付きのまま説明を続けた。


「取り敢えず身元がすぐ判明しない様に、顔を不鮮明に加工処理してあったけど、それを放置できないもの。でも単に画像を削除しただけだと、すぐに新しい画像をアップするかもしれないし。だから偶然を装ってPCのデータを破壊しつつ、投稿サイトのサーバーのダウンさせるのを、同時進行でやったのよ」

「どうやって?」

 素朴な疑問を口にした美幸だったが、美野は腹立たしげに答えた。


「あの時、難産だった美子姉さんの体調が、まだ本調子ではなかったから、暫く実家の手伝いをしたいからと言って、暫く帰っていたでしょう? その間にお義兄さんの知り合いの女性にあの男を誘惑して貰って、住んでいたマンションに押し掛けて貰ったの。あとはタイミングを合わせて、偶々帰宅した風情を装って寝室に踏み込んで、逆上したふりをしてオイルポット内の天ぷら油を奴と机のノートパソコンにぶちまけて、火を付けたのよ。予めスプリンクラーを止めておいたし、良く燃えたわ。どさくさに紛れて、その女の人が携帯電話も取り上げて隠してくれたし」

「それ……、本当にやったの?」

 普段の姉の振る舞いとは一線を画した内容に、流石に美幸は顔を引き攣らせたが、美野は冷静に話を続けた。


「やったわよ。お義兄さんはその手の事に詳しいお友達に頼んで、ほぼ同時に複数のサイトのサーバーをダウンさせたし。その後慎重に様子を見ていたけど、他に隠してあるデータは無かったみたいで、再度アップされる事は無かったわ。あとは浮気の糾弾と、社内での横領のでっち上げで、『藤宮』と『旭日食品』から、後腐れ無く放逐できたと思っていたのに……」

(横領のでっち上げって……)

(そりゃあ本人にすれば、そっちは身に覚えが無いわけだ……)

(放逐……、流石藤宮の家族。容赦ないわね)

 再びぐずぐずと泣き始めた美野を眺めながら、高須達は思わず溜め息を吐いたが、美幸は真顔になって問い掛けた。


「どうしてそんなまだるっこい事をしたの? ちゃんとあいつを盗撮犯として糾弾すれば良かったじゃない。お義兄さんは何を考えて」

「だって、そうしたら美幸の写真も証拠として公に出る事になるのよ? そんな写真がネット上に流れてたって知れただけでもショックを受けると思ったから、私が内密に処理して下さいとお願いしたの」

「姉さん?」

 義兄に対して文句を言いかけた美幸の言葉を遮る様に美野が弁解し、それに美幸は怪訝な視線を向けたが、美野はそのまま続けた。


「だって、そもそもそんな男だって分からなくて結婚したの、私の落ち度だし。そのせいで妹に嫌な思いをさせる事になるなんて、夢にも思っていなかったから……。だから実家に戻っても、美幸に合わせる顔が無くてっ……」

「えっと……、一応、庇ってくれたわけ? それで気まずくて、引きこもりがちになってたとか?」

 俯いて言葉を途切れさせた美野に、美幸は微妙に疑わしげな表情で声をかけた。すると美野が弾かれた様に顔を上げて、妹を叱りつける。


「庇うのは当たり前でしょう! 確かに美幸は自己主張が強くて我が儘で、思い込みが激しい所はあるけど、私にとってはたった一人の妹なのよ!? あの男にホテルに連れ込まれたと聞いて、脅迫のネタに変な写真を取られたり、下手したら乱暴されるんじゃないかと思って、心配したんだからぁぁっ!! 馬鹿ぁぁっ!!」

 そこで我慢できなくなったらしい美野が、美幸の肩を掴んで盛大に揺さぶりつつ泣き叫ぶと、美幸はその手を振り解くように勢い良く美野に抱き付き、負けじと泣き声を張り上げた。


「ごっ、ごめんねぇぇ、美野姉さん! 今まで何考えてるか分からない、暗くて協調性が無い頭でっかち女だと思ってて!!」

「それ位分かってるわよ。お互い様でしょう」

「本当にごめんなさい。助けに来てくれてありがとう」

「大した事はしてないわよ」

 互いにぐすぐすと泣きながらの抱擁に(やっぱりこの二人、似た者姉妹だ)と他の三人が認識を新たにしていると、いつの間にか静まり返っていた浴室のドアが開いて、上着を脱いだ城崎が無表情で美幸達の所に一人で戻ってきた。それに気が付いた高須と瀬上が、恐る恐る声をかける。


「……係長、お疲れ様です」

「あの……、あいつは……」

 その問いかけに、城崎は手首を曲げ延ばししつつ、素っ気なく言い放った。


「ああ、あのゴミか? 取り敢えず動けなくしておいた。様子を見て来たかったら、見てきて構わないぞ?」

「いえ……」

「遠慮します……」

 ただならぬ物騒な気配を醸し出している城崎に、思わず美野と美幸は抱き合ったまま泣くのを止めたが、城崎はそんな二人を仁王立ちのまま冷たく見下ろした。


「それで? この超絶馬鹿間抜け迂闊娘に、事情説明は済んだのか?」

「ちょっと係長! 何なんですかそれはっ! ひょっとしてそれって私の事ですか!?」

「美幸、落ち着いて! 城崎さんには助けて貰ったのよ!?」

「だって!」

 誰かが何か言う前に美幸が憤然として食ってかかり、立ち上がろうとした彼女を美野が慌てて引き止める。しかし城崎は呆れ果てたと言った口調で続けた。


「他に誰が居る。あんな怪しげな奴の言いなりになってのこのこ指定の場所に出向くなんて、考え無しにもほどがある。確かにその店がグルだったのも見過ごせないから、後から制裁しておくがな」

「確かに迂闊だったかもしれませんけど、私は被害者ですよ? もうちょっと言い方があるんじゃありません?」

「あの腐れ野郎が吐いたが、商談先で顔を合わせていたそうだな。自慢していた危機察知能力はどうした?」

 冷たく見下ろされ、形勢不利を悟った美幸は、それでもボソボソと弁解の言葉を口にした。


「確かにそうですが……。最近色々有り過ぎて、勘が鈍ったと言いますか、あんな人目のあるカフェで変な物を飲まされるとは、夢にも思わず」

「言い訳にもならんな。それに気になる事があれば些細な事でも報告する様に、言ってた筈だよな?」

 そう確認を入れてきた城崎に、美幸は慌てて反論する。


「いえ、ですが今回の事は、明らかにプライベートの範疇だと思いますし」

「俺は公私の区別を付けろと言ったか?」

「……言ってませんでしたが」

 美幸が釈然としない表情で黙り込み、その他の者達は(係長……、それって立派な公私混同で、プライベートに関して何でも教えろと強要してませんか?)と頭痛を覚えたが、下手に口を挟めずに黙り込んだ。しかしここで瀬上が自分も当事者の一人である事を思い出し、一応詫びを入れてみる。


「あの……、すみませんでした、係長。藤宮と一緒に俺も奴に遭遇していましたが、大した問題ではないかと放置していました」

「瀬上は不審に思って連絡してくれたから、それに関しては不問にする。もし通報していなかったら、ゲス野郎と同じ目に合わせていたがな」

「……今後は気を付けます」

「そうしろ」

 冷え切った声に心底肝を冷やしながら瀬上が頭を下げた時、ドアチャイムの音が響いた。それに理彩が怪訝な顔で応じる。


「あら? 従業員かしら?」

「いや、おそらく俺が呼んだ人が到着したんだ。俺が開ける」

 腰を浮かせかけた理彩を制し、城崎が無表情のままドアへと向かった。その背中を見送ってから、美野が小声で美幸を叱る。


「もう、美幸ったら! あの状態の城崎さんを煽る様な言い方をしなくても良いでしょう!」

「だって! あんなに頭ごなしに怒らなくても良いんじゃない!? もう少し言い方があるでしょう?」

「それだけ心配したって事よ。私だって美幸を殴って叱りつけたいわ」

「確かに、迂闊だったとは思うけど……」

 憮然として黙り込んだ美幸だったが、戻ってきた城崎の背後にいる人物を見て、軽く目を見張った。


「やあ、大変だったね、美野ちゃん、美幸ちゃん。迎えに来たよ。家に帰ろうか」

「秀明義兄さん? どうしてここに?」

 驚いて問い返した美幸に、横から美野が説明する。


「タクシーでここに駆け付ける途中、私から事情を聞いた城崎さんが連絡してくれたの。でも……、後ろの方達はどちらさまですか?」

 そこで義兄の背後に佇む四人の人物を認めた美野は、流石に怪訝な表情で問い掛けた。揃いも揃って帽子を目深にかぶったり、サングラスやマスクをしたり、マフラーで口元を覆ったりして容姿が分かり難い出で立ちをしており、一見怪しげな姿ではあったが、秀明はチラリと背後の男達に目を向けてから、薄く笑ってみせる。


「二人とも安心してくれ。こいつらは城崎同様、俺の後輩でね。俺の義妹を二度も泣かせたろくでなしに、相応しい制裁を加える為に集まって貰ったんだ。平日だから四人しか集まらなかったが」

「これだけ集まれば十分です。前回穏便に済ませてやった分、今まで生き延びてきた事を、骨の髄から後悔させてやります」

 そう言い放った城崎は、続いてやって来た男達に向かって凄絶な笑みを浮かべてみせた。


「先輩方も最近はご大層な肩書きを背負ったり、顔が売れて下手に羽目が外せなくてつまらないでしょう。今回のゴミ野郎は、精神的肉体的に廃人一歩手前までやってしまって構いませんから。俺が許可します」

 城崎の身も蓋も無い言い方に、美幸達は互いの顔を見合わせて顔色を変えたが、とんでもない事を言われた方は楽しげに応じてみせた。


「それはそれは……、願ってもないな」

「お前がそこまでキレるとは珍しいな、城崎」

「一月に一人位は、そういうのを引き渡してくれて良いぞ?」

「それじゃあ、存分に楽しませて貰おうか」

 そんな事を言いながら城崎を含む五人が浴室に消えると、まるで何事も無かったかの様に、秀明が朗らかな笑顔で促した。


「さあ、それじゃあ後は城崎達に任せて、俺達は帰ろうか」

「……あの、お義兄さん?」

「良いんでしょうか?」

 美野と美幸が毒気を抜かれた様に、このままあの男を放置して帰って良いか尋ねたが、秀明の答えは変わらなかった。


「大丈夫だよ。仮に死体ができても、連中ならどうとでも処理できるから。実は警視庁のキャリアと敏腕弁護士と精神科医と代議士だからね」

「はぁ……、そうですか」

 もはや反論する気も失せて美幸が力無く相槌を打つと、秀明が高須達に声をかけた。


「君達も長居は無用だよ。明日も仕事だろう? 巻き込んだ上、引き止めてしまってすまなかったね。お詫びとお礼を兼ねてタクシー券を渡すから、使ってくれたまえ」

「いえ、当然の事をしたまでですからお構いなく」

「私達も偶々居合わせただけですから。それじゃあ、失礼しましょうか」

「そうだな」

 そんな事を言い合いながら一同が腰を上げ、ドアに向かおうとした時、美幸が何気なく瀬上と理彩に問いかけた。


「そう言えば……、姉さんと高須さんは、瀬上さんから連絡を受けた係長と一緒にここに来たって聞きましたけど、瀬上さんと仲原さんはどうしてここでタイミング良く、私を見付けてくれたんですか?」

 それを聞いた一同は反射的に足を止め、瀬上と理彩が深い溜め息を吐いて片手で顔を覆う。


「……藤宮、あんたね」

「このタイミングでそれを聞くのか? お前は」

 二人にそんな風に呻かれた美幸は、所謂ラブホ街を男女で単に散策するという可能性は通常では有り得ない事に思い至り、真顔で謝罪した。


「……すみません、愚問でした。やっぱり本調子では無いみたいです」

 それを見た秀明がクスクスと笑いながら再度促す。

「そうだね。皆、今日は早く帰ってゆっくり休んだ方が良いと思うよ?」

「俺達も帰ります。失礼します」

「お疲れ様でした」

 そうして揃って部屋を出る時、浴室から響いてきた断末魔の叫びを聞かなかった事にして、ホテルの入口で別れた面々は異なる方向に散って行った。


 美野と美幸は秀明に連れられて近くのコインパーキングに向かい、停めてあった秀明の車に乗り込んだ。その間何となく無言だったが、走り出してから少しして秀明が、運転しながら穏やかな声で、後部座席の義妹達に声をかける。


「城崎から連絡を貰って家を出る時に、お義父さんと美子には軽く事情説明をしてきたから、帰ったら心配かけて申し訳無かったと、一応頭を下げるんだよ?」

「はい」

「分かりました」

 二人が素直に頷いたのをバックミラーで確認した秀明は、満足そうに頷いたが、ここで美幸はまだ義兄に礼を言って無かった事を思い出し、慌てて頭を下げた。


「あの、お義兄さん。今回迎えに来て頂いたのもそうですが、以前美野姉さんが気付いた段階で、私の写真がそれ以上流出しない様に手を尽くして頂いたそうで、知らなかった事とは言え、ありがとうございました」

「それは俺が、美野ちゃんと美幸ちゃんが大切だからした事だから、改めてお礼とか言わなくて大丈夫だよ。寧ろ前回の時、あのゴミに温情をかけずに息の根を止めておくべきだったと、申し訳無く思っている位だ」

 淡々とした口調に美幸達は秀明が本気で言っているのを悟ったが、二人で顔を見合わせてから、美野が恐る恐る切り出した。


「前々から思っていたんですが……、お義兄さんはどうして私達に優しい、と言うか甘いんですか?」

「そんなに甘いかな?」

「甘いですよ」

 即座に断言した美幸に、秀明は笑いを含んだ声で話し出した。


「俺が美子と結婚する前に、白鳥家から籍を抜いて母方の姓を名乗った時期があるのは知っているだろう?」

「ええと、はい」

「俺は所謂、非嫡出子って奴で、長年母子二人暮らしだったが、母の死亡を機に、父方に引き取られた事は?」

「一応、小耳に挟んではいますが……」

「そこの白鳥家の人間が、父、母、義兄、兄嫁全員揃って可愛げのない、ろくでも無い人間揃いでね、美子と結婚する為に白鳥の家を出て経済産業省も辞めて旭日食品に入社した時、色々な嫌がらせをされたんだ。そこら辺は、美子から聞いていないかな?」

「……いえ、それは一向に」

(一体何があったのよ、美子姉さん?)

 美幸達は心の中で長姉に問いただしたが、当然答えが返ってくる筈も無く、上機嫌な声での秀明の話が続いた。


「だから色々あった末に、漸く美子と結婚できた時、奥さんだけじゃなくて義父と可愛い義妹が一気に四人もできて、凄く嬉しかったんだよ。だからそれまでできなかった分、家族を構って大事にしているだけだ。大丈夫、甘やかしているのは美子だけで、美野ちゃん達は可愛がっているだけだから」

「はぁ……」

「ありがとうございます……」

 本音を言えば(甘やかすのと可愛がるのと、どう違うんだろう)と思ったものの、美野と美幸は何となくそれ以上突っ込めず、一応秀明に礼を述べた。するとここで美幸の携帯電話が、メールが着信した事を知らせる。


「何かしら?」

 不思議そうにバッグから携帯電話を取り出した美幸は、受信した内容を確認して、憮然とした表情になった。

「…………」

「美幸、どうしたの?」

 その反応を不思議に思った美野が何気なく尋ねると、美幸が渋々と言った感じで答える。


「……係長からメール」

「城崎さんから? 何て?」

「これ」

 ムスッとしたまま美幸が携帯の画面を美野が見易い様に向けると、美野は「あらまあ」と小さく呟き、クスッと笑った。そのやり取りを耳にした秀明が、運転席から楽しげに声をかけてくる。


「どうした? 城崎が何て言って来たんだ?」

 それに美幸は未だ黙ったままで答えず、代わりに美野が事情を説明した。


「それが……、城崎さんはお義兄さん達が来る直前、美幸を迂闊すぎるとか考え無しとか言って、盛大に叱りつけたんです。頭に血が上っていたんでしょうね。それで今、多少冷静になって『さっきは少し言い過ぎた。悪かった』と謝罪の言葉を送ってきたんです。電話で直接謝ると、引導を渡されるとでも思ったかもしれません」

 そう言って再び美野が小さく笑うと、秀明も堪えきれずに小さく噴き出した。


「なるほど。でも確かにあいつは見た目はキツいが、俺達の中では一・二を争う程の穏健派で普段滅多な事では暴れないし、結構繊細な奴なんだよ。あまり笑わないでやってくれるかい?」

「そうなんですか?」

「ああ。それで? 美幸ちゃんは何て返信したんだい?」

 楽しそうに秀明が問い掛けてきても美幸は面白く無さそうに眉間に皺を寄せ、それを横目に見ながら美野が告げ口した。


「…………」

「拗ねちゃって、返信する気が皆無みたいなんですが。困りましたね。城崎さんが可哀想。きっと気にしてますよ?」

「姉さんは黙っててよ!」

 からかう様に言われて美幸はムキになって叫んだが、秀明が笑って言い聞かせてくる。


「それは確かに、ちょっと可哀想だな。美幸ちゃん。ここは一つ俺に免じて、奴にちゃんと返信してやってくれないかい?」

「でも……」

 まだ不満げな美幸に、秀明は重ねて言い聞かせた。


「明日も仕事だし、朝から職場で気まずい思いをしたくは無いだろう? 美幸ちゃんより年を取ってる分、分別臭い事を言わせて貰うよ。ここら辺で折れて、後からチクチク責める材料にしておきなさい」

 そう言われた美幸は、少し考えて納得した様に頷いた。


「分かりました。もう気にしていない事と、お礼の言葉を一緒に送信します」

「そうだな。直接電話するのはお互いにちょっと気まずいだろうし。だが明日会社で顔を合わせたら、きちんと直にお礼を言うこと」

「はい、分かりました」

 真顔で告げた秀明に美幸も素直に了承を告げ、そのやり取りを見守っていた美野は思わず安堵の溜め息を吐いた。


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