沖縄 Mermaid
月夜の明るい海岸でタバコを吸った。
宿へ帰る途中の小道を歩いている時に、ライターを海岸の岩場に置き忘れたことに気づいた。
安物デュポンの人魚の図柄、別れた女の遺物だ。
とはいえ急いで帰る用事もない、迷わずに踵を返して岩場に戻った。
見覚えのある岩場と海岸の風景。ところが肝心のライターが見つからない。
携帯電話の撮影用ライトを使って、薄暗い足元を照らす。見つからない。
仕方ない、ライターは宿で買い直そう。
明朝探せば必ず見つかるはずだ。見つからなければそれも良し。
でも、別れた女の記念品だ。
さっき見惚れた満月と、砂浜の風景をもう一度楽しむ。
沖縄の夜の海、月も丁度いい高さ。
絵ハガキで見れば平凡な風景も、生で見ればやはり美しい。
小さな湾の海面に、漁師が使う球形の浮きがひとつ、波に流されて漂っていた。
その浮きの周辺に波紋が立っている。おかしいな、と凝視するとそれは浮きではなかった。
アザラシかオットセイ?まさか。何だろう?
馬鹿だな、タバコを吸おうとまた、あのライターを探してしまっていた。
それはどうやら人間の頭部らしい、誰かが夜中に泳いでいるのだ。
羨ましい、気持ちいいだろうなと思う。
懐かしい、とも思う。
満月の夜中に海で泳ぐ、俺もこの際パンツで泳いでみるか。
止めておこう、今ここで泳いでいる半漁人だか人魚を驚かすだけだ。
せっかくの、夜泳の邪魔しては申し訳ない。
でも、一声かければそれはそれで済む。ここはみんなの海岸だ。
でもなぁ、どうしようかと悩んでいるうちに、そいつは俺の存在に気づいたようだ。
俺に向かって泳いでくる。
ここの海岸が遠浅だという事はよく知っている、間もなく立ち上がったその姿を見て驚いた。
女だった。
あたりの薄暗い満月の夜で距離はあっても、その腰つきを見れば男と女の区別は付く。
それでも唖然とした。
「やっぱりここに来たんだ、私も来ちゃった。だってここは懐かしい海だからね」
「はい、拾っておいたよ。これは間違いなくあんたのライター。だって、私があげたんだからね」
「うん、二度となくさない」




