シフの髪事件
夜のアースガルズは静かだった。
城の外では風が草を揺らし、
星が高く瞬いていた。
館の奥では、まだ宴の笑い声が続いている。
ロキは神々の自慢話ばかりの酒宴に
退屈していた。
その夜。
ロキが城内を歩いていると
トールの妻シフが
寝室で寝ているのを見つけた。
彼女の美しい髪は
ベッドからしなやかに垂れていた。
黄金に輝くその髪は、
シフの自慢であった。
ロキはそれを見て、ニヤリと笑った。
夜が明け、
シフは鏡を見た。
黄金の髪は消えていた。
しばらく無言が続き、
やがて、静かに言った。
「トール。」
トールは大きな足音を踏み鳴らしながら
血眼で城内を歩き、
シフの髪を切ったであろう犯人を探した。
そしてロキを見つけた。
「ロキ。」
静かな声。
「お前、何をした。」
ロキが笑う。
「……芸術?」
次の瞬間。
トールが胸ぐらを掴む。
「今すぐ元に戻せ。」
「さもなくば――」
「お前の頭を捻り潰す。」
「待て待て!
ドワーフに頼んで
シフに黄金の髪を作らせる!」
トールはロキを突き放した。
ロキはよろめきながら壁にぶつかった。
「今すぐにだ。
できなければ__」
「わかってる!
任せとけって。」
ロキはすぐさま、
山へと向かった。
山を越えた岩の裂け目の奥、
イーヴァルディの息子たちの鍛冶場。
ロキはドワーフ達に頼んだ。
「シフに黄金の髪を作ってほしい。
できるか?」
「簡単だ。」
ロキが鍛冶場を眺めると
そこで不思議な槍を発見した。
「これはなんだ?」
「グングニル。的を外さない槍だ。」
「なるほど。神々が喜びそうだ。」
「ならばくれてやろう。」
今度は、小さな船を見つけて
指をさした。
「あれはなんだ?」
「スキーズブラズニル。
必ず追い風を受ける船だ。」
「戦いには重宝するな。」
「持って行け。」
職人の仕事を待つ間、
ロキは地下の岩場を歩いた。
溶岩の光が赤く光り、
鉄の匂いや、鍛冶の音が響いていた。
すると、別の鍛冶場から
金槌の音が聞こえた。
ドワーフ兄弟の、ブロックとシンドリだ。
ロキは兄弟に近づいて
その槍と船を自慢した。
「これを見てくれ。
さっきの奴らは大した腕だったな」
「……お前らには無理だろうが」
それを聞くとブロックとシンドリは怒り、
「なんだと?」
「我々はそれよりも素晴らしい宝物を作れる」
と言い放った。
「なら作ってみろ。
もしこれよりも素晴らしい宝物なら
__俺の頭をやろう。」
「約束だぞ、ロキ。」
ブロックとシンドリは
仕事を始めた。
シンドリは兄ブロックに言った。
「炉に金属を入れるぞ。」
「ふいごを止めるな。
何があってもだ。」
シンドリは
猪の皮と金を炉に入れた。
ブロックは休みなくふいごを吹いた。
“まずいな。
あの兄弟、本当にやりやがる。”
焦ったロキは
アブに変身して
ブロックの腕を刺した。
しかし、ブロックは痛みに耐え
ふいごを吹き続けた。
そうして、
黄金の猪グリンブルスティ
が完成した。
シンドリはまた金を炉に投げ込み、
ブロックはふいごを吹いた。
ロキは、またもや焦り
今度はブロックの首を刺した。
ブロックはまたも痛みに耐え、
ふいごを吹き続けた。
そして、黄金の腕輪
ドラウプニルが完成した。
最後にシンドリは鉄を炉に投げ込み、
ブロックはさらにふいごを吹き続けた。
今度こそ、とロキは
ブロックのまぶたを刺した。
血が溢れた。
ブロックは血を拭うために、
一瞬ふいごを止めた。
完成したミョルニルは、
それにより、柄が短くなってしまった。
だが、ミョルニルは
山を砕き、巨人を討つ、
最強の武器に仕上がった。
シフの髪と宝物を手に入れたロキは、
賭けの決着をつけるため、
不機嫌なドワーフ兄弟と共に
アースガルズへと戻った。
一行は神の王国へ到着し、
ロキはシフへ髪を返した。
その髪は、頭に乗せると
本物のように生える髪であった。
シフは胸をなで下ろし、
トールは安堵した。
ドワーフ兄弟たちが
オーディンに言った。
「これは我々が作った最強の宝物だ。」
「イーヴァルディの息子たちよりも
我々の作ったものが素晴らしければ
ロキの頭をもらう約束だ」
オーディンは槍を手に取り、
トールは槌を握った。
フレイは猪を見つめた。
しばらく沈黙が続いた。
そしてオーディンが言った。
「この中で最も素晴らしいのは
ミョルニルだ。」
ドワーフたちは笑った。
「さあ、ロキ。
お前の頭をもらうぞ。」
ロキは小さく笑った。
「まあ、落ち着け。」
「頭をやるとは言ったが、他を傷つけていいとは言ってない。」
ロキはニヤリと笑った。
「頭が欲しいなら、俺の首を傷つけずに
頭を取ってみろ。」
ドワーフ兄弟たちは怒り、
ロキの口を糸で縫い合わせてしまった。
ヴェトルはそれを見て、初めて笑った。
「…お前、黙ってる方がいい男だぞ。」
「……」
ロキは皮肉も返せなかった。




