外側の存在
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世界が終わるその日。
炎の向こうで、神々が崩れ落ちていく。
ロキの隣には、予言に名の記されぬ怪物が立っていた。
「俺より先に死ぬなよ。」
その声は、静かだった。
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神の王国、アースガルズ。
その館は蜜酒の匂いで満ちていた。
黄金の杯が打ち交わされ、
神々の笑い声が高い天井に跳ね返る。
英雄の話、戦や、宝物の自慢。
酒は尽きることなく運ばれてきた。
ロキはその輪の中にいた。
ロキは笑っていたが、
三度目の自慢話が始まる頃には
退屈そうに杯を指でくるくると回していた。
宴の端、
神々の輪から少し外れた場所で
ひとり、静かに杯を傾けている影があった。
ロキはその怪物を見た。
人の姿をしているが、神でも巨人でもない。
近づいて見ると、
その男はとても端正な顔立ちだった。
同時に、ロキの杯の中の酒が
白い冷気を放った。
だがその表情は、
酒も、宴も、神々も、
まるで興味がないように見えた。
「あんたも、輪の中には入らない口か?」
怪物は視線だけ寄越す。
「……ヴェトルだ。」
ロキは眉を上げる。
「へえ。
冬って意味か?」
ヴェトルは答えない。
ロキは小さく笑った。
「お前、嫌われてるな。」
「好かれる理由がないだけだ。」
「腹が立たないのか?」
「感情は使い所を選ぶ。」
「…お前、面白いな。」
ロキはニヤリと笑った。
そしてロキは
片隅に思い出す。
こいつの噂は聞いたことがある。
冬の化身の怪物。
その名は、どの予言詩にも存在せず
誰もその出自を知らなかった。
それは、世界樹にも属さず
神でも巨人でもない。
その上戦闘能力は高く、
彼は非常に賢かった。
神々にとっては
不気味な存在だったのだ。
するとその時、
全てを見通す神、ヘイムダルの角笛が
城内へと響き渡った。
「海から巨人がやってくるぞ!」
神々はすぐさま武器を手に取り、
城の外へと向かった。
今まさに、巨人の船が
アースガルズに上陸しようとしていた。
すると突然、
城の辺りは冷気に包まれ、
海は白く凍り始めた。
巨人はそれを見ると
船を引き返していった。
ロキがヴェトルに目をやると
その瞳が氷のように光っていた。
神々は口々に言った。
「巨人どもも臆したか」
「我らの力を恐れたのだろう」
誰かが言った。
「海が凍ったぞ…」
神々の王、オーディンは誇らしげに言った。
「勝利の前では自然も従う」
“なるほどな”
ロキは思った。
神々は感謝などしない。
勝利はいつも、神々のものだ。
ロキがヴェトルを横目で見ると、
冷たい光は消えていた。
夜。
ヴェトルは杯を手に、
庭を見下ろしていた。
草むらで小さな影が跳ねた。
野ウサギだった。
その後を、黒い影が密かに追う。
その影が飛びつく瞬間、
ヴェトルの目が冷たく光った。
狼は氷で足を滑らせ、
野うさぎは逃げていた。
ヴェトルはテーブルにあったチキンを
狼に向かって投げた。
狼はそれを咥えると、
茂みへと去っていった。
「…お前って、変な奴だな。」
背後にロキがいた。
ヴェトルは返した。
「お前には敵わないが。」
ロキは笑ったが、
しばらく沈黙した。
ヴェトルは媚びない。
功績も語らない。
呼ばれれば来る。
呼ばれなければ来ない。
──神々にとっては
便利な存在だ。
ロキは言った。
「お前…気づいてるのか?」
「…最初からだ。」
ヴェトルは静かに酒杯を傾けた。
昼のアースガルズの庭で
神々はそれぞれの仕事をしていた。
ヴェトルは回廊で剣の刃を拭いている。
そこへ女神シフがやって来て言った。
「ヴェトル。」
「倉庫の鍵が必要なの。
フリッグが持っているから
預かってきてくれないかしら。」
「承知した。」
ヴェトルは剣を置き、
王の妻フリッグの部屋へと向かった。
回廊を歩く途中、
庭の石畳の間に、草が一本生えているのを見つけた。
何の変哲もない草だった。
だが、ヴェトルは足を止めた。
冷たい空気の流れの中に、
そこだけ微かに“息”があった。
彼は何も言わず、杖の先でそれを突いた。
「いってぇ!」
その草は消え、
ロキが現れた。
ロキは腰を擦りながら
悔しそうに言った。
「……何故わかった?」
「気配だ。」
「そうかよ。
今度からはもっと上手く隠れてやるよ。」
「ずいぶんな自信だな。」
「なら賭けようぜ。」
「望むところだ。」
「賭けは次からな」
「…今回は俺が見抜いたからか?」
「次からな!」




