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悪役令嬢を演じるのは難しい

作者: よしゆき
掲載日:2025/12/01





 大好きな乙女ゲームのキャラに転生したけれど、残念なことに悪役令嬢だった。

 仕方なく推しとの恋愛は諦めて、推しを幸せにするために当て馬としての使命を全うすることにした。

 悪役令嬢のトゥーリ。

 ヒロインのラウラ。

 攻略対象のエドヴァルドとレヴィ。

 その四人が通う魔法学園で物語は繰り広げられる。

 エドヴァルドは王太子で、トゥーリは自分こそが王太子妃に相応しいと思い込んでいる高慢な令嬢だ。婚約者でもないのに、婚約者面でエドヴァルドに馴れ馴れしく近づいている。

 ラウラとレヴィは貴族ではない平民で、トゥーリは彼らを見下し嫌がらせを繰り返した。

 推しのレヴィがヒロインと結ばれる結末を迎えるために、トゥーリは心を殺して悪役令嬢を演じた。

 今日も、レヴィが見ている前でヒロインのラウラをどん、と突き飛ばす。


「きゃっ……」


 レヴィの足元に尻餅をつくラウラ。彼女を見下し嘲笑を浮かべた。


「何度言ったらわかるのかしら? 平民の分際で私の前をうろちょろしないでくださる?」

「す、すみませ……」


 青ざめ震えるラウラ。

 見ていたレヴィが彼女を助け起こす。


「大丈夫か?」

「え、ええ……」


 レヴィはじっとこちらを見据えた。

 見惚れるほど端正な顔立ちだが、常に無表情で目付きは鋭く、冷淡な印象を受ける。見られているだけだが、睨まれているように感じられた。

 推しから注がれる冷ややかな視線に、怯みそうになるのをぐっと堪えて彼を睥睨する。


「なによ、その生意気な目は。私に何か言いたいことでもあるのかしら?」

「別に」

「だったらじろじろと見ないでくれる? あなた達のような下賤な者に見られていると気分が悪くなるわ」


 トゥーリは肩にかかる長い髪をばさりと後ろに払い、嫌味ったらしく吐き捨てる。


「全く、同じ空間にいるだけで不快なのよね。私の前から消えていただきたいわ」


 非難の目を向けるラウラと無表情のレヴィを残し、その場から立ち去った。

 私の前から消えていただきたいわとか言って自分から消えるのは間抜けな気もするが、それがトゥーリというキャラなのだ。

 この学園には魔力を持つ者が集まるのだが、はっきり言ってトゥーリの魔力はショボい。ささやかな風を起こしたり、マッチ棒にも劣る火を生み出すことしかできない。

 ラウラとレヴィはそんなトゥーリに比べ、遥かに強大な魔力を持っているのだ。

 だというのに、そんな二人を見下し、顔を合わせるたびに嫌味を言わなくてはならない。

 あまりにも恥ずかしく居たたまれない気持ちでいっぱいだった。

 ラウラへ嫌がらせをしつつレヴィに悪態をつき、馴れ馴れしくエドヴァルドにすり寄る。

 その全てがストレスだった。何故したくもない事をして、言いたくもない事を言わなくてはならないのか。酷い苦行でしかないが、これもレヴィの幸せの為だ。

 トゥーリは耐え続けた。

 だがしかし、多大なるストレスは体調に影響を与えかねない。

 なのでトゥーリは定期的にストレスを発散していた。

 学園の敷地内に住み着いている猫がいる。白毛でぽっちゃり体型の猫だ。誰も見ていない隙をつき、その猫を抱えて学園内の防音室に入る。そしてしっかりと鍵をかけ、密室にする。

 心を癒すにはモフモフをモフモフするのが一番だ。


「今日もお願いします」


 頭を下げると、白猫はにゃあと一鳴きしてころりと床に転がった。露になったモフモフのお腹に顔を埋めてハスハスする。

 そしてトゥーリは床を転げ回った。


「あー!! レヴィカッコいいもうしゅきしゅきしゅきしゅきだいしゅきー!! 何あの美声素敵しゅぎ!! あー言いたい好きって言いたい!! 何で好きな人にあんな嫌なこと言わなきゃいけないのー!! もー!! こんなにしゅきなのにー!!」


 一頻り叫んで、また白猫のお腹に顔を埋めてハスハスする。

 そして再び床を転げ回りながら叫ぶ。


「レヴィしゅきー!! 冷たい目で見られてもしゅき、だいしゅきー!! 制服めちゃくちゃ似合ってるしー!! あーん、もー、かっこよしゅぎるぅ!! 抱き締められたいぃ!! 名前呼んでほしいぃ!!」


 床に寝そべりじたばた暴れ、また白猫の元へ。

 猫のお腹でハスハスしては、床を転げ回って心の内の欲望を喚き散らす。

 それを繰り返すのがトゥーリのストレス発散だった。

 体力を使い果たし声もかれてきたところで終わりにする。


「今日もありがとう」


 白猫に礼を言い、用意してきた高級猫缶を与える。

 むしゃむしゃとそれを食べる白猫をうっとりと見つめた。

 いつも嫌がらずお腹を吸わせてくれる大変親切な猫だ。この猫のお陰で挫けずにいられると言っても過言ではない。 

 このストレス発散で精神の均衡を保ちながら、トゥーリはどうにか悪役令嬢を演じていた。






 今日もまた、ラウラを見かけてはさりげなさを装って近づき、自分から近づいたくせにさも相手の方から目の前に現れたかのように振る舞う。


「よくも何度も私の前に姿を見せられるわね。恥ずかしくないのかしら」


 不愉快そうに眉を顰め、わざとらしく溜め息を吐いた。相手を傷つけるような言動は、何度しても慣れないし慣れたくもない。

 立場的に貴族であるトゥーリに言い返すことのできないラウラは泣きそうな顔で耐えている。


「そんな顔を見せて、そうやってエドヴァルド殿下の同情を引いているのね。平民のくせに馴れ馴れしく殿下に近づいて、本当に目障りな人。自分が殿下の隣に立つに相応しいとでも思っているのかしら。自分の立場を弁えず、図々しいったらないわね」


 完全に自分の事を棚に上げたふてぶてしい発言に、内心身悶える。厚かましいのはトゥーリの方だ。エドヴァルド殿下と何の関係もないトゥーリにラウラを責める権利などないというのに。

 心の内でのたうち回りながら、厚顔無恥な高慢な令嬢を演じる。


「そ、そんな、私は、そんなこと……。エドヴァルド殿下とは、魔法について色々とお話をさせて頂いているだけで……」

「それが図々しいと言っているのよ! エドヴァルド殿下に近づくことすら烏滸がましいというのに、あなたにはそれがわからないの!?」


 チラリと視線を走らせ、階段の下にレヴィが現れたのを確認する。そのタイミングに合わせ、トゥーリはラウラを突き飛ばした。

 こういう嫌がらせは本当にひやひやして心臓に悪い。窓から鉢植えを落としたり。一歩間違えれば命を奪いかねないのだ。キリキリと胃を痛めながら、慎重に遂行する。

 トゥーリに押されバランスを崩したラウラは階段の上から落ち、そして偶然のように上手く階下にいたレヴィに受け止められた。

 深く胸を撫で下ろしつつ、それを表情には出さずトゥーリは階上から二人を見下ろす。


「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ。怪我はないかしら?」


 手が滑るって何だ、とトゥーリは自分で言っていて思った。


「ひ、ひどい、です……。今、わざと……」


 ラウラは肩を震わせ涙ぐむ。

 嘲笑を浮かべ、トゥーリはゆっくりと階段を下りた。


「わざと? 私を疑っているの? 私は手が滑ったと言っているのに、わざと突き飛ばしたとでも? あなたの方が酷いじゃない。私は謝っているのに、疑うだなんて」

「そ、そんな……」

「これだから卑しい平民は嫌なのよ。貴族を目の敵にして、被害者ぶって。そうして私を悪者にして、回りから同情を引いて楽しいのかしら」

「違っ……私、そんなつもりじゃ……」

「ああ、嫌だわ。これ以上関わったら、またどんな言いがかりをつけられるかわかったものじゃないわね」


 言いがかりをつけているのはトゥーリの方だというのに、理不尽にラウラを責め立てその場を立ち去ろうとする。

 ラウラとレヴィの前を通り過ぎようとした時、手首を掴まれた。

 ビックリして足を止め、振り返るとこちらをじっと見つめるレヴィと目が合った。

 かなり近い距離で彼と見つめ合う形になり、トゥーリの心臓がドッと跳ねる。

 しかも手首を掴んでいるのはレヴィだ。レヴィに触られているのだ。

 認識した途端、心臓が信じられない速さでドコドコと早鐘を打つ。


「んなっぁ、にを……っ!?」


 驚きと感動に声が裏返った。

 こんなに近くで見つめられたら、胸がきゅんきゅんしてしまう。

 ときめきに身悶えそうになるのを耐え、トゥーリはレヴィを睨めつける。


「き、気安く触らないでちょうだい!」


 懸命に声を上げるが、上擦り震えてしまっている。

 これでは動揺しているのが丸わかりだ。

 まるで心を覗き込むかのように瞳を見つめられ、顔が熱くなる。絶対に赤くなってしまっている。

 大丈夫だ。これは怒りで赤くなっていると思わせればいいのだ。


「いいい、いい加減、放しなさい!! あな、あなたみたいな平民が、わわわわわ私に触れることが許されるとでも思っているの!?」


 どうにか大声を上げて虚勢を張る。

 ラウラは傍らでハラハラと成り行きを見守っていた。

 レヴィは無表情で、何を考えているのかわからない。

 彼からトゥーリに何か行動を起こす事などなかったはずなのに。さりげなくラウラを助けつつ、トゥーリが何を言おうと平然と聞き流しクールな態度を崩さない。それがレヴィだ。

 全く相手にされず、そんなレヴィが悪役令嬢のトゥーリはとにかく気にくわないのだ。

 さておき、トゥーリの事など眼中にないはずのレヴィが、どうして自らトゥーリに関わってきたのか理由がわからない。ゲームでも、こんな展開はなかったはずなのだが。

 しかし心の内で狼狽えまくっているトゥーリに冷静に考える余裕などない。


「ははっ、はっ、放しなさいと言っているでしょう!? あなたのような平民に触られるなんて不愉快だわ……!!」


 そんな言葉を吐き捨てながら、心の中ではレヴィのかっこ良さにメロメロだ。このまま見つめられたらときめきで心臓が爆発してしまうのではないかと思うほどきゅんきゅんしていた。

 らめぇえお願いもう許してこれ以上見つめられたら私おかしくなっちゃうからぁぁ!! と口には出さずに叫ぶ。

 しかしレヴィは手を放すどころか、もう片方の手まで伸ばしてきた。


「んひぃい!?」


 するりと頬を撫でられ、すっとんきょうな声が漏れた。


「んにゃっ、にゃっ、にゃにをををを……!?」

「トゥーリ」

「んぁぎゃっ……!?」


 じっと目を見つめながら名前を呼ばれ、トゥーリは顔から火を噴いた。

 ときめきで死にそうになりながら、それでも必死に悪役令嬢を演じ続ける。


「ああああ、なななななにをを、な、な、馴れ馴れしく名前を呼ばないでちょうだいい!! ああああなたにそんなよよよ呼び方を許した覚えはなくってよ!!」


 無表情にこちらを見るレヴィの感情はわからない。何の意図があるのかも。

 だが、とにかく今は一刻も早く逃げなくてはボロが出てしまう。


「ははは放せと言っているでしょう!!」


 渾身の力を振り絞り、レヴィの手を払った。


「ももももももう二度と私に近づかないでちょうだい!! わかったわね!?」


 トゥーリは逃げるようにその場から走り去った。

 心臓が破裂しそうなほど高鳴り、顔だけでなく耳まで真っ赤になっている。

 かなり挙動不審だったが、変に思われなかっただろうか。怒りのあまり動転していたと解釈してもらえているといいのだが。レヴィが好きだなんて事はバレていないと思うけれど。

 トゥーリは誰もいない校舎の片隅で心頭滅却し、どうにか心を落ち着けた。

 そして放課後になると白猫を連れ、防音室へと駆け込んだ。

 準備を整え、思い切り叫ぶ。


「んあああああああしゅきいいいいい!!」


 ごろんごろんと床の上を転げ回る。


「カッコいいカッコいいカッコいいカッコいい!! もうたまらんでしょ何あのカッコよさ!! あんな見つめられたら死んじゃうからー!! 殺す気なの!? 殺されてもいいけど!! 寧ろ本望ですけど!!」


 キレ気味に叫び、白猫のお腹に顔を埋めて深呼吸する。そしてまた暴れだす。


「もう何あれ何あれ何あれ何あれー!! レヴィと見つめ合っちゃったんですけどー!! 手首掴まれたんですけどー!! ほっぺ触られたんですけどー!! 名前呼ばれたんですけどー!!」


 制服が乱れるのも構わず床の上で暴れ回る。


「レヴィに!! あのレヴィに!! 名前呼ばれちゃったあああありがとうございますううう!! もう死んでもいいいいい!!」


 頭の中でレヴィの「トゥーリ」をリピートし、感動に胸を打ち震わせる。

 これ以上の喜びなどない。もし明日断罪されたとしても悔いはない。推しに名前を呼ばれたのだ。この喜びだけでこの先生きていけるだろう。

 因みにトゥーリは断罪後は修道院行きとなる。プライドが高く甘やかされて育ってきたわがまま令嬢にはものすごい屈辱らしいが、前世の記憶を思い出した今のトゥーリにとってはそれほど悲惨な未来ではない。レヴィとの思い出を胸にひっそりと生きていけるならそれで充分だ。

 レヴィに触られ名前を呼ばれ、いつもより興奮していたトゥーリは加減を忘れた。ぐったりと床に伏せ、痛む喉に苦しむ。

 震える手でポケットに常備しているジャーキーを取り出し、今日も根気よく付き合ってくれた白猫に与える。

 美味しそうにジャーキーを貪る白猫に癒されつつ体力を回復した。

 何のサービスかわからないが、レヴィに生きる糧を与えてもらった。ほぼストレスしかないこの学園生活も、彼のお陰でまだ頑張れそうだ。

 気持ちを落ち着け心を切り替え、トゥーリは再び悪役令嬢として振る舞い続けるのだった。






 学園内のカフェテリアで優雅にお茶を楽しんでいるエドヴァルドを見つけ、トゥーリは彼に近づいた。悪役令嬢トゥーリは隙あらば彼に近づきアプローチする。だからトゥーリも同じようにするしかない。ゲーム通りきちんとエドヴァルドにも悪印象を与えておかなくては、レヴィとラウラのエンドにも影響を与えかねないのだから。

 エドヴァルドの傍へ行き、にっこりと微笑む。


「ごきげんよう、エドヴァルド殿下」

「やあ、トゥーリ嬢」


 エドヴァルドは爽やかな笑顔で対応する。

 顔には出さないが、しつこくつきまとうトゥーリに内心辟易していることだろう。


「今日も素敵ですわ、エドヴァルド殿下。美しいお顔に見惚れてしまいます」

「はは、ありがとう」


 トゥーリの薄っぺらい褒め言葉を、エドヴァルドは軽く受け流す。

 毎回毎回顔を合わせる度に同じことを言われ、うんざりしているに違いない。

 うざがられているのにそれに気づくことなくうっとうしく絡んでくるイタイ女、とそんな風に思われているのだと思うといやあああぁごめんなさいいいいい!! と叫び出したくなるが我慢した。


「殿下、ご一緒してもよろしいかしら?」


 そう言って、返事も聞かずに椅子を引く。

 座ろうとしたとき、後ろからぐっと手首を掴まれた。

 驚いて振り返り、そこにレヴィの姿があって更に驚く。また彼に手首を掴まれているではないか。

 無表情だが僅かに不機嫌そうなオーラを放つレヴィに見つめられ、トゥーリは再び驚きと感激に動揺してしまう。


「んみゃっ、あっ、あっ、なっ、まっ、まままままたっ、あなたなの……!? もっももももう二度と私に近づかないでと言ったはずよ……っ」


 声は裏返り吃りまくっているが、それでもトゥーリは毅然とした態度を懸命に保とうとした。

 顔は茹で上がったように赤くなり、動悸息切れも酷い。そんなトゥーリをじっと見つめ、レヴィは口を開いた。


「トゥーリ」

「ひゃひぃぃ……!?」

「お前は俺が好きなんだろ」

「っ、っ、っ!? っ!? っ!?」

「だったら他の男に媚び売ってんなよ」

「っっっっっ!?」


 彼の言葉はしっかりと聞き取れたはずなのに、理解するのに随分時間を要した。理解して、すぐに否定しなくてはならないと判断しとにかく声を上げる。


「はっ、はっ、はああああ!?」


 だらだらと汗を流しながら、トゥーリは必死に否定の言葉を放つ。


「わわわわたしがっ、あ、ああっ、あなたのような平民を、しゅきっだなんて、そそそんなことあるわけないでしょう!? なななにをバカなことを!! 勘違いも甚だしい!! よくよくよくそんなふざけたことを言えたわね!! こっここここれだから、卑しく厚かましい平民は嫌なのよ!!」


 思い付くままに声を上げ、ふとポカンとこちらを見るエドヴァルドに気づいた。

 トゥーリは慌てて彼に言った。


「殿下! この男の戯れ言などに耳を貸さないで下さい! 私は決してこんな下賤な者のことなど、すっ、すす、好き、ではありませんから!!」


 ぐっとエドヴァルドの方へと身を乗り出せば、強く手首を掴まれた。


「おい、だから言っただろ。お前は俺が好きなんだから、他の男に構うな」

「はひゅっ……!?」


 レヴィの言葉に心臓を撃ち抜かれ、喉から変な声が漏れた。

 なんだ。なんなのだこの展開は。こんなイベントゲームにはなかった。

 とにかく、トゥーリがレヴィを好きだということは絶対に誰にも知られてはいけない。だがこれ以上レヴィと関わるとバレてしまいかねない。彼に近づくのは危険だ。

 一旦気持ちを落ち着け、深く息を吐き出す。

 それからトゥーリは思い切りレヴィの手を振り払った。


「気安く触らないでと言ったでしょう!? 名前を呼ぶことも、触れることも、近づくことも、あなたには許されないのよ!! もしまた同じ罪を犯せば、あなたをこの学園から追い出してやるわ!!」


 もちろんトゥーリにそんな権利はない。だが、ここまで言えばレヴィも不用意に近づいてくることはないだろう。きっと。

 言うだけ言って、トゥーリはその場から駆け出した。誰かの呼び止める声が聞こえたような気がしたが、聞こえない振りをして走り続けた。






 それから、トゥーリはできるだけレヴィを避けるようになった。

 レヴィとラウラをくっつけるには、当て馬であるトゥーリが積極的に関わらなくてはならない。しかし現状は捨て台詞のようにラウラに嫌味を言うことしかできない。レヴィの見ている前でラウラに嫌な事を言って、すぐに走り去るのだ。

 こんなんでいいのだろうか。これでちゃんと悪役令嬢の役目を果たせているのだろうか。トゥーリは物凄く不安だった。

 そんな日々を過ごしていたある日、レヴィに捕まってしまった。


「お前、俺のこと避けてるだろ」


 人のいない校舎の隅で、壁際に追い詰められたトゥーリは懸命に動揺を押し隠す。


「はああ? そそそんなわけないでしょう? 言っておくけれど、あなたのことなど眼中にないのよ。気にも留めていない存在を避けるだなんて、なぜ私がそんな真似をしなくてはならないのかしら」

「避けてるだろ。前は俺にも散々嫌味言ってきたくせに、今は何も言わないで逃げていくじゃねーか」

「にっ、逃げてなどないわよ……っ」

「だったら、ちゃんと俺の顔を見ろ」


 レヴィが壁に両手をつき、身を寄せてくる。

 彼の腕に囲われるような形になり、二人の距離がぐっと縮まった。


「ひぃぃあああああ!? ななななになになに大声出すわよ!!」

「もう出してんだろ」


 壁とレヴィに挟まれ、トゥーリはパニック寸前だ。

 ヒロインしか体験できないはずの距離感に、心臓はばっくんばっくん脈打ち顔からは湯気が噴き出す。

 断罪される前にときめきで心臓が止まってしまうのではないかと思った。


「やめやめやめやめやめなさい、ははは離れて!! わわ、私にこんなことして許されると思っているの!?」


 威勢よく大声を張り上げながらも、トゥーリは思い切り顔を背けたままだ。こんな至近距離でレヴィを見たら心臓が止まってしまうかもしれない。


「こっち見ろよ、トゥーリ」

「っ、っ、っ……!!」


 レヴィの低い声が、囁くように名前を呼ぶ。

 それはズルい。

 大好きな人にそんなこと言われたら、ときめかずにはいられないではないか。

 だいしゅきレヴィもう好きにしてえぇぇ!! と叫んで抱きつきたくなるが、それを必死に堪える。


「だだっ、だからっ、馴れ馴れしく名前を呼ぶなと言っているでしょう!?」

「呼ばれたかったんだろ、俺に、名前」

「はっ、はあ!? ななななななななななにをふざけたことを!! そんなこと! 断じて! あるわけないでしょう!?」

「トゥーリ」

「んひゃぁああああ!!」


 耳元に唇を寄せられ、低く掠れた声に名前を呼ばれトゥーリは絶叫する。


「名前呼んだくらいで動揺し過ぎだろ。そんなに嬉しいのか?」

「ちっ、ちっ、ちっ、ちちち違うわよ!! 私は怒り狂っているのよ!!」

「トゥーリ」

「きゃひぃいいいいい!!」


 動揺してはいけないとわかってはいても、大好きな人に耳元で名前を呼ばれたら飛び上がらんばかりに歓喜してしまう。レヴィの声が無駄にセクシーなのもよくない。


「ももももうやめやめやめ……っ」

「耳まで赤くして、目ぇ潤ませて、ぶるぶる震えて、怒り狂ってるって?」

「そそそそうそうそうよ!! 怒りのあまりこんなことになっているのよ!! ここここここここれ以上私を怒らせる前にとっとと離れなさい!!」

「嫌だ」

「なななななななななななななんですって!?」


 きっぱり拒否され、トゥーリは思わずレヴィの方へと顔を向けてしまう。

 するともう少しで触れ合いそうなほど近くに彼の顔があった。

 熱の籠った彼の双眸が、まっすぐにトゥーリを見つめている。


「お前のその可愛い顔、もっと見たいから」

「ひんぎゃああああああああ!!」


 トゥーリの悲鳴が廊下中に響き渡る。


「おい、なんかさっきからすごい声が聞こえてこないか?」

「ああ。向こうから聞こえてきたな」


 遠くから足音と共に声が聞こえてくる。

 レヴィがそちらを振り返ったその隙に、トゥーリは目にもとまらぬ速さで逃げ出した。


「あっ、逃げるな、トゥーリ……っ」


 レヴィの呼び止める声を無視し、トゥーリは廊下を全力疾走する。

 廊下を駆け抜けながらも、トゥーリの心の内は荒れ狂っていた。

 可愛いって!! レヴィが可愛いって言った!! 何あれ何あれ何あれ!! 何のご褒美!? ストレスから来る幻聴!? 幻聴でもいい、脳内で永遠リピートし続ける!! ていうかもうこの世に思い残すことなんてない!! 神様私をこの世界に転生させてくれてありがとうございます!! 生きてて良かった!! 産まれてきて良かった!! 悪役令嬢サイコー!!

 ひゃっほー!! と心の中ではしゃぎまくっていたトゥーリは前からやってきたエドヴァルドに気づかずぶつかりそうになってしまう。


「ひゃっ、す、すみません、エドヴァルド殿下……っ」

「いや……こちらこそすまなかったね。大丈夫かい?」

「はい。申し訳ありません、エドヴァルド殿下」

「……トゥーリ嬢、顔がとても赤くなっているけれど」

「ひぇっ!?」


 顔を覗き込まれ、トゥーリは慌てて頬を両手で押さえる。


「……もしかして、何かあったのかな?」

「いっ、いいいいえええ! な、何もありません! 何も! 決して!」

「…………」


 キラキラ輝く王子様フェイスにじっと見つめられ、トゥーリはどぎまぎしながら言い訳をする。


「あああの、きっと、走ったせいです! 走ったから、顔が赤くなってしまったんです!」

「なぜ走っていたの? そんなに急いで一体どうしたんだい?」

「そそそれはその、あれです! お花を摘みに行きたくて!」

「…………」

「それでは私は失礼します!」


 まるで尋問を受けているような気分になり、トゥーリは慌ててエドヴァルドからも逃げ出した。

 何故だか逃げてばかりだ。






 逃げ回る日々の中開催されたのは、生徒達が交流を深める為のダンスパーティーだ。

 綺麗に着飾った生徒がホールに集まり、ダンスを踊ったり軽食を食べながら会話を楽しんだり、それぞれが思い思いに過ごしている。

 このイベントでのトゥーリの仕事は、ラウラに葡萄ジュースを引っかけることだ。それはもう思い切り派手に。楽しみにしていたダンスパーティーで顔もドレスも汚され悲しむラウラを、攻略対象者が慰めるのだ。そして裏庭で二人きりでダンスを踊る。二人の親密度がぐっと上がる一大イベントだ。

 だからこそ、ミスは許されない。トゥーリは絶対にラウラに葡萄ジュースを浴びせなければならないのだ。

 緊張しながら、人混みの中にエドヴァルドを捜す。トゥーリは彼をダンスに誘い、やんわり断られ、そのショックでラウラに八つ当たりするのだ。

 念には念を入れ、きちんとストーリー通りに進めた方がいいだろう。

 エドヴァルドの姿を見つけ、トゥーリは一直線に彼のもとへ足を進める。


「エドヴァルド殿下」

「ああ、トゥーリ嬢」

「ほ、本日も大変麗しく……」

「綺麗なドレスだ。君に良く似合っているね」

「……へあぁ!?」


 キラキラ輝く王子様スマイルで褒められ、思わず変な声を上げてしまう。

 今までお世辞でもトゥーリを褒めたことなど一度もなかったのに。一体どういうつもりだろう。

 何か裏があるのかと疑ってしまうが、爽やかな笑顔に一点の曇りも見られない。


「あ、ありがとうございます……。殿下のお召し物も、よくお似合いで……」

「ふふ。ありがとう」


 さすが王子、笑顔が眩しい。

 でも、今までこんな優しい笑顔を向けてくれたことなどなかったのに。トゥーリはいつも愛想笑いであしらわれ、全く相手にされてこなかった。それが正しいエドヴァルドの対応なのだ。

 けれど、彼の雰囲気はいつもと違う。

 不審に思いつつも、トゥーリは目的を果たすべく彼をダンスに誘った。


「エドヴァルド殿下、私と踊って頂けませんか?」

「ああ。もちろんいいよ」

「…………?」


 さらりと返された言葉を、うまく聞き取れなかったようだ。

 でも断られたのだろうと判断し、トゥーリは渋々という様子を装ってその場から離れようとした。


「じゃあ、踊ろうか」


 続くエドヴァルドの言葉に、トゥーリは目を丸くする。


「へっ? えっ、あっ、えっ……!?」

「ダンス。踊ろうか」

「なんでですか……!?」


 思わず反射的にそう言ってしまった。


「あっ、いえ、あの、申し訳ありません……驚いてしまって……」


 慌てて謝る。

 エドヴァルドは特に気にした素振りもなく、楽しそうにこちらを見ていた。


「そんなに驚くことないのに」

「す、すみません……」


 謝りながら、内心だらだらと汗をかいていた。

 こんなのゲームと違う。ダンスを断られなければならないのに。何でダンスを踊ることになっているのだ。どうすればいいのだろう。ダンスを踊るべきなのだろうか。そのあとでラウラに葡萄ジュースをかければいいのか。でもゲームでトゥーリはエドヴァルドとは踊れない。なら踊ってはいけないのか。自分から誘っておいて、断るのか。自分から誘ったけれどやっぱりダンスに自信がないからとか何とか言って踊らずに済ませるべきか。

 ぐるぐると思考を回転させる。


「さあ、トゥーリ」


 差し出されるエドヴァルドの手。

 ここで自分が取るべき行動は。

 悪役令嬢のトゥーリなら、迷いなく彼の手を取っただろう。嬉々としてエドヴァルドとダンスを踊った。

 悪役令嬢を演じるのなら、彼とダンスを踊るのが正しい行動のはずだ。

 ごくりと喉を鳴らし、トゥーリはそっと手を伸ばす。


「待て」

「っ……!?」


 エドヴァルドの手に重なる前に、突然横から肘を掴まれた。

 顔を向けると、そこにいたのはレヴィだ。


「っっっっっっっっっっ!?」


 彼も当然礼服を着ていて、だからこそトゥーリは敢えて彼の姿を捜さないようにしていた。礼服姿なんて見たら、冷静ではいられなくなってしまう。予想通り一目見ただけで心臓の鼓動が跳ね上がり、顔面に熱が上っていく。


「なに他の男と踊ろうとしてんだよ」

「はっ!? あっ、なななにっ、なにをっ、わわ、私が誰と、おどおど踊ろうと、あなたに、関係な……っ」

「関係あるだろ。お前は俺のものなんだから」

「なななななななななな」


 推しからの俺のもの宣言に、トゥーリの心臓はあわや止まりそうになる。一度止まったかもしれない。それほどの衝撃だった。


「だだっ、誰が、あなたのっ、もの、に、なんて……っ」

「いいから、ちょっとこっち来い」


 ぐいっと腕を引かれ、頭がふわふわ状態のトゥーリは抵抗も出来ず足を進めてしまう。


「はははは放し、なさ……っ」

「うるさい。お前のドレス露出高いんだよ。胸も肩も背中も出し過ぎ。他の男に見せんな」

「なっ、なに、なに、なにっ、なにがっ、なにを言って……っ」


 レヴィに連れてこられたのは人のいない裏庭だった。

 おかしい。レヴィがここに来るのは、トゥーリが葡萄ジュースをぶちまけたあと、ラウラとだ。なのに何故今、レヴィはトゥーリとここにいるのか。

 予想外の展開が続き、軌道修正などできるはずもなく、どうすればいいのかと戸惑うばかりだ。

 混乱するトゥーリの腕を離さないまま、レヴィはベンチに座る。腕を引かれ、バランスを崩したトゥーリは彼の膝の上に乗ってしまう。


「わひぃあああ!?」

「相変わらず変な声上げるな……」

「やめっ、やっ、だっ、だめっ、は、はなれっ、はなしっ」


 硬直して動けないトゥーリの腰に、レヴィの腕がしっかりと回される。

 なにこれもしかしてここは天国!? ひょっとして私既に死んでるの!? ときめき過ぎて心臓止まったあの時にもう死んだの!?

 あまりにも幸せでそんなことを考えるが、トゥーリの心臓は今も元気にばくばくと激しく脈打っている。

 死んでいないということは、これは現実なのだ。


「はははなひなひゃいよっ、なっ、なにを考えて、どどど、どういうつもり……っ」

「お前が悪いんだろ」

「はっ、はっ、はああ!? ななななにが!?」

「俺のことが好きなくせに、他の男に声かけて、ダンスまで踊ろうとして」

「だっ、だから、寝惚けたこと言わないで!! 私が、あなたなんかを、すすすすすす、好き、なわけ、ないでしょう!!」

「嘘つけ。言ってただろ、何度も、『レヴィしゅき』って」

「っ、っ、っ、っ……!?」


 全てを見透かすようなレヴィの瞳が、まっすぐにトゥーリを捕らえた。

 確信に満ちた声で、誰も知らないはずの秘密を暴かれ、トゥーリは言葉を詰まらせる。それでもどうにか否定し続けた。

 彼が知っているはずがないのだ。あれをする時はいつも細心の注意を払っていた。


「ば、馬鹿なこと、言わないで……! そんな、でたらめ……っ」

「……お前、たまに制服に猫の毛つけてるよな」

「っ!?」


 制服が白いので、白猫の毛を多少つけていても殆ど目立たない。だから一応毛を払ってはいたが、一本残らず綺麗に落としてはいなかった。


「学園内にいる猫は、あの白いデブ猫しかいない。お前があの猫に何をしているのか気になって、魔法を使って猫の記憶を読んだんだ」

「っっっっっっ!!」

「てっきり猫をいたぶって遊んでるのかと思ったら、猫の腹に顔を埋めてはあはあしたり、俺への愛を叫んだりしてるお前がいた」


 反射的に逃げようとして、けれどレヴィの腕にがっちり囲われて逃げられない。


「あっちがお前の本音だろ? じゃなきゃ、あんな場所であんなこと叫んだりしないもんな」

「ち、違……っ」


 蒼白になったトゥーリはレヴィの腕の中で暴れる。

 どうすればいいのかわからなかった。逃げたところで、秘密を知られた事実はもう覆らない。

 かといって、認めることもできなかった。悪役令嬢であるトゥーリが、レヴィを好きだなんて。そんなことあってはならないのだ。


「何が違うんだ? 俺のことが好きなんだろ、トゥーリ」

「違う……っ」

「言ってただろ、あんなにはっきり、聞いてて恥ずかしくなるくらい、何回も、好き、大好き、声も、顔も、何もかも、全部好きだって」

「違うって言ってるでしょう……!!」


 裏庭に響き渡るほど大きな声を上げる。

 認めるわけにはいかないのだ。認めたら、全てが崩れてしまう。レヴィがラウラと結ばれる為には、トゥーリは悪役令嬢でなければならないのだ。


「勘違いしないで!! 私はあなたなんて好きじゃないわ!! あなたみたいな平民、どう考えても私には釣り合わないじゃない!! 自惚れないで!!」

「…………」

「あなたなんて嫌いよ! 大っ嫌い!! わかったら、早く私の前から消えてちょうだい……!!」


 否定の言葉をぶちまけて、トゥーリは肩で息をする。


「ふーん。そうかよ」


 酷く冷めたレヴィの声に、体が強張る。

 彼はトゥーリを膝からベンチへと移動させた。トゥーリがベンチに座り、レヴィは立ち上がる。


「だったら、もういい。お前には二度と近づかねーよ」


 突き放すように吐き捨てられたその言葉は、トゥーリの心臓を深く抉った。

 冷ややかな双眸でトゥーリを一瞥し、レヴィは背を向け去っていく。

 その背中を、トゥーリは黙って見つめた。

 これでいいのだと、痛む心臓を押さえ自分に言い聞かせる。

 自分は嫌われ者の悪役令嬢なのだから。

 これが正しいのだ。

 レヴィが構うべきなのはヒロインのラウラで、悪役令嬢のトゥーリではない。

 やがてレヴィの姿は見えなくなった。

 こらえていた涙が溢れて頬を伝う。

 顔をぐしゃぐしゃにしてトゥーリは泣いた。

 本当は嫌だ。

 彼に好きだって言いたい。

 嫌われたくなんてない。

 一緒にいたい。

 傍にいてほしい。

 自分を見てほしい。

 こんなにも彼のことが好きで好きで堪らない。

 それなのに、好きだと伝えることも許されない。

 自分でそう決めたのだ。自分で選んだのだ。

 だから、これでいい。

 悲しくても苦しくても、ただ耐えればいいだけだ。

 トゥーリは嗚咽を漏らし泣き続ける。


「ったく、なんなんだよ、お前は」

「っ……!?」


 間近から聞こえてきた声に、パッと顔を上げる。

 そこには呆れた顔で立っているレヴィがいた。


「な、なんで……」

「それはこっちのセリフだっての。なんで追いかけてこねーんだよ」

「はあ……?」

「泣くくらいなら、好きって認めればいいだろ」

「だっ……から、あなたのことなんて嫌いだって言ったでしょう!?」

「そんな顔で言われても、説得力ねーんだよ」

「か、顔なんてどうでもいいのよ! 私が嫌いだと言ったら嫌いなんだから!」


 何で戻ってくるのだ。

 喜んでしまうではないか。嬉しくなってしまうではないか。

 そんなことされたら、余計に傷つくだけなのに。


「私のことはもう放っておいて! あなたはラウラのところにでも行きなさいよ!」

「ラウラ? なんであいつの名前が出てくるんだよ」


 レヴィは眉を顰めるが、ゲームならば今の段階でもうヒロインに惹かれているはずだ。


「あなた、あの子のことが気になっているんでしょう? あの子だって、きっとあなたに気があるわよ! 平民同士、お似合いじゃない! 二人で仲良くダンスでも踊ってきたら!?」


 本当は裏庭で踊るはずだった。でもトゥーリが葡萄ジュースをかけるという任務を果たせなかった今となっては、裏庭で、というのはもう無理だろう。それならばせめて、普通にホールで踊ってくれればどうにかなるのではないか。トゥーリのミスで、大事なダンスパーティーイベントを失敗するわけにはいかないのだ。


「なんだよ、それ……」

「いいから、さっさと行きなさいよ! あの子もあなたのことを待っているんじゃない? あなたと踊りたいと思っているはずよ!」

「…………」

「あの子は私と違って素直で可愛いもの、あなたのような無愛想な男にもきっと尽くしてくれるわよ。ダンスを踊れば、今よりももっと親密になれるんじゃないかしら? 平民の二人にはダンスなんて馴染みがないでしょうし、新鮮で楽しめるのではなくて?」

「…………」

「彼女のところへ行けば、私なんかといるよりもずっと有意義な時間を過ごせるでしょうね。わかったなら早く行きなさい! あなたが傍にいるべきなのは、私ではなくラウラなのよ!」

「あのなぁ……」


 レヴィは深く息を吐く。


「俺が傍にいたいと思ってるのはお前なんだよ、トゥーリ」

「っ……!!」


 伸ばされたレヴィの手が、トゥーリの頬をするりと撫でる。

 愛おしむように目を細め、レヴィはトゥーリを見つめる。

 頭がくらくらした。心がふわふわして、あまりの至福に天に召されるのではないかと思った。


「俺が一緒にいたいのは、他の誰でもなくお前だ。可愛いと思うのもお前だけだ」

「っ、っ、っ……!!」

「俺はトゥーリが好きなんだよ」

「!!」


 甘い声音で囁かれ。

 甘い瞳で見つめられ。

 トゥーリは自分がどろどろに溶けていくのを感じた。


「お前も俺が好きだろ、トゥーリ」

「しゅきぃ……」


 完全に蕩けた顔で、意識するよりも先にそう口にしていた。

 こんなのズルい。好きだと言わずにはいられないではないか。


「好き、好き、レヴィが好きぃ」

「知ってる」


 得意気に言い、優しく笑うレヴィの顔はゲームで見るよりもずっとずっと素敵だった。

 レヴィの幸せの為にラウラと結ばれるエンドを目指して頑張ってきた。彼の幸せだけを願っていた。

 でも今は、彼と一緒に幸せになりたいと望んでしまっている。

 こんなはずではなかったのに。

 現状に惑うトゥーリをレヴィがひょいと抱えた。彼がベンチに座り、自分の膝の上にトゥーリを乗せる。


「れっ、レヴィ、これ、恥ずかしいから……っ」


 再び好きな人の膝に座らされ、トゥーリは顔を真っ赤に染める。おりようとするけれど、レヴィが離してくれない。


「レヴィ……っ」


 距離が近すぎてわたわたするトゥーリの顔をレヴィは覗き込んでくる。

 鼻先が触れ合いそうなほど接近し、トゥーリは息を止めた。


「っ、っ……!!」


 レヴィの手が、トゥーリの剥き出しの背中を撫でる。


「ひゃっ……!?」


 擽ったいような感覚に、びくっと肩が跳ねた。


「れっ、う゛ぃ……!?」

「さっき大嫌いって言ったよな、俺のこと」

「っ、そ、それは……あっ」


 レヴィの指がつう……と背筋を辿り、ぞくぞくっと体が震えた。


「他の男と踊ろうとしてたよな」

「違っ、あっんっ」


 ぬるりと首筋を舐められ、口から甘い声が漏れてしまう。トゥーリは恥ずかしさに更に赤くなる。


「違わないよな?」

「うっ……」


 違うけれど、違わない。肯定も否定もできず、言い訳も出てこない。

 咎めるように、レヴィが首筋に強く吸い付いた。


「んぁっ……!」


 僅かな痛みと共に、肌に痕を刻まれる。


「れ、レヴィ……っ」

「こんな格好で、他の男に近づいて」

「あっ、んっ、だ、めっ……あと、つけちゃ……んんっ」

「お前が悪いんだろ。大勢の男の前で、肌を晒したりするから……」


 ちゅっ、ぢゅぅっと音を立てて、レヴィはトゥーリの肌に痕を残していく。自分のものだという印をつけるように。


「私、そ、そんなつもりじゃ……あっ、やっ」


 肩に柔らかく歯を立てられて、トゥーリはその微かな痛みに喜んでしまっていた。


「どんなつもりだろうと、色んな男に見せたのは事実だろ」

「やっ、だめ、そんなとこ、噛んじゃ……っ」

「もう二度と俺以外の男に肌を見せられないようにしてやる」


 独占欲を孕んだ声で言われ、胸がきゅんきゅんして止まらなくなる。ときめきで頭がくらくらする。

 いい加減やめさせなくてはならないと思うのに、嬉しくて、彼の好きにされたいと望んでしまう。

 でも駄目だ。気をしっかり持たなくては。

 こんな場所でこんなことしてはいけないのだ。

 トゥーリは理性を総動員させ、体を離すべくレヴィの肩を掴んだ。


「だめ、だから……レヴィ、やめて……っ」

「……嫌なのか?」


 上目遣いに、ほんのりと寂しさを帯びた声音でそんな風に言われて、ずっきゅううぅんっと胸が締め付けられた。


「嫌なわけない……!」


 力一杯否定すれば、レヴィはニヤリと口角を上げた。


「なら、やめなくていいよな?」

「へ……?」


 ポカンとしている間にベンチに押し倒される。


「えっ、あっ、ちょっ、ひゃぁんっ、ま、待って、レヴィ、あっ、あっ、あっ、らめえええぇ……!!」


 静まり返る裏庭に、トゥーリの喜びの滲む悲鳴が響き渡った。






読んで下さってありがとうございます。

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