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婚約破棄をして僻地に幽閉された愚かな王子

作者: 一理。


「エミーリア・シュヴィアース侯爵令嬢! 君は僕の婚約者であることを鼻にかけて僕の可愛いヴァネッサを苛めたな! そんな者は僕の妃として相応しくない! 故に君との婚約をここに破棄する!!」


 王家主催の夜会会場、宴もたけなわで国王陛下、王妃様が会場を後にした頃、突如ガブリエル・シュプリンガー第一王子の大声が会場に響き渡った。


「あの……ガブリエル殿下……わたくしはそのような事は致しておりません。そちらのヴァネッサ様ですか? その方とお会いするのも今日が初めてでございます」


 ガブリエル第一王子に睨みつけられたエミーリア侯爵令嬢が戸惑った様子で返答するが、ガブリエル第一王子は片腕に妖艶なヴァネッサ嬢を抱きながら更に声を荒げる。


「ええい、黙れ! 僕の可愛いヴァネッサが君に苛められたといったんだ。それが真実に決まっている! 怖い思いをさせたねヴァネッサ、あいつは排除するからもう大丈夫だよ」


 ガブリエル第一王子が腕に抱いたヴァネッサに甘い瞳を向けるとヴァネッサは「エル様怖かったですわぁ」とガブリエル第一王子に益々縋りついてその豊満な胸を押し付けた。


「いえ、本当にわたくしは……」


 困ったように立ち尽くすエミーリア侯爵令嬢、その時その場に焦った様子で一人の男が駆け付けてきた。


「殿下! 何をなさっているのです!」


 男はエッカルト・レッサー侯爵令息、ガブリエル第一王子の側近を務めている男だ。


「殿下、エミーリア様は苛めなどなさいません。殿下もよくわかっていらっしゃるでしょう。どうかお言葉の撤回をお願いいたします」


 ガブリエルは鬱陶しそうにエッカルトを睥睨した。


「五月蠅いぞエッカルト、お前はいつもそうだ、あれはダメこれをしろと僕に指図する。ヴァネッサが言う事が真実だ、僕は婚約破棄を撤回することは無い!!」


 そう言い捨てた後にガブリエルはニヤリとする。


「そうだ、お前がこの傷物女を娶ればいいではないか」


 ガブリエルの言葉に声も出ず、エミーリアとエッカルトはお互いの視線を交わした。


「ガブリエル殿下、お戯れが過ぎます」


 低い、地を這うような声をエッカルトがあげるが、ガブリエルは気にせず高笑いをした。


「ははは、意地悪女と口うるさい男、お前たちお似合いではないか? それでは僕は部屋に引き上げる。これからヴァネッサと甘い時を過ごすのだからついてくるなよ」


 そうしてガブリエルはヴァネッサの腰を抱いたまま「エル様お優しいですわぁ、ちゃんと次の縁談を世話してあげるなんてぇ」などと言われながら意気揚々と会場を後にした。


 ポツンと残されたエミーリア侯爵令嬢、あまりに突然の事で茫然としたまま悲しいとも悔しいともまだ感情が沸き上がってこない。

 周囲の紳士淑女も突然の事にどう対応したものか態度を決めかねていた。


 ポツンとたたずむエミーリアにエッカルトが歩み寄る。


「エミーリア様……大丈夫ですか?」


 ボーっと宙を見ていたエミーリアがエッカルトを見つめた。


「レッサー小侯爵様、御迷惑をおかけして申し訳ございません」


 下げようとする頭をエッカルトが押しとどめた。


「迷惑など……私の方こそ殿下をお諫め出来ず申し訳ございません」

「わたくしは大丈夫ですわ、ただ少し……疲れてしまいました。今日はこれで失礼させていただきます」


 会場を後にするエミーリアにエッカルトが優しく付き添った。


「お送りいたします」

「いいえ、わたくしのことなどお気遣いなく。ガブリエル殿下の戯言(ざれごと)はお忘れになってください」

「あなたを一人で帰すわけにはいきません。それに戯言(ざれごと)などと……それを(まこと)に出来たならどんなにいいか……」


 後半の言葉は小さくてエミーリアの耳に届かなかった。

 それでもエッカルトは優しくいたわりながらエミーリアを侯爵邸まで送り届け、会場にいた人々は同情の眼差しでそれを見送った。







 この騒動はもちろんこのままでは終わらなかった。

 国王陛下は烈火のごとく怒り、ガブリエルの王位継承権を剥奪した。王妃様の必死の嘆願により王族の籍こそ抜かれなかったものの、ガブリエルは王都から遠い北の小さな離宮に生涯幽閉の身となった。王妃様の子供はガブリエルただ一人、でも側妃様の産んだ第二王子、第三王子がこの国にはいる。それも幼い第三王子はともかく、優秀だと言われているガブリエルより二つ年下の第二王子が居るのだ。ガブリエルが王位継承権を手放しても何ら困ることは無いのである。

 婚約はガブリエルの有責で破棄となり、ガブリエルの個人資産から多額の慰謝料がエミーリアに支払われた。

 そしてガブリエルは従者見習の少年一人を供としてひっそりと北の離宮に旅立っていった。

 ただ一つ不思議だったのはガブリエルの傍に侍っていたヴァネッサなる令嬢の姿がどこにも見当たらないことだった。姿が見えないばかりかどこの家の令嬢なのか誰も知らない。いつの間にガブリエルと会っていたのかも誰も知らない。一番近くに居た側近のエッカルトさえ見たことが無かった。その令嬢はガブリエルが国王陛下に呼び出された時は既に王宮に居らず、どこの誰かという事をガブリエルは頑として喋らなかったので探し出すことは出来なかった。


 少しの謎を残しながらこの騒動は幕を下ろした。








 そして十年が経った。


 エミーリアは屋敷の執事から一通の手紙を受け取った。

 差出人はルーカス・トワイル、見覚えのない名前である。夫のエッカルトが帰ってくるのを待ってエミーリアはこの手紙を開けてみることにした。

 そう、エミーリアはガブリエルの側近だったエッカルト・レッサーと一年後に婚姻したのである。その事だけはガブリエルの言うとおりになったのであった。

 一男一女をもうけ、夫婦仲は至って良好、昨年夫のエッカルトは侯爵位を継ぎ、王太子である第二王子が国王になった暁には宰相になる事が内定している。あの婚約破棄を除けば順風満帆の人生だ。いや、あの婚約破棄があったからこそ今の幸せがあるのだろう。


「不審な手紙が届いたんだって?」


 少し遅く帰宅したエッカルトは夫婦の居間でワインを傾けながらエミーリアに聞いた。


「不審……ってほどではないの、差出人が知らない方だというだけで。でもなんとなくこの名前は知っているような気がするのよ」


 手紙を差し出しながらエミーリアが言うとエッカルトはその手紙を眺めた。言われた通りなんとなく見覚えのある名前だ、思い出せないけれど。


「とりあえず開けてみよう、中身を読んだら思い出すかもしれない」


 エッカルトは慎重に手紙の封を切り中身を取り出した。



『突然お便りを差し上げる無礼をお許しください、私はガブリエル殿下の身の回りのお世話をさせていただいていたルーカス・トワイルと申します』


 そんな風に手紙は始まっていた。

 エミーリアとエッカルトは顔を見合わせる。二人ともおぼろげに思い出していた。ガブリエルに唯一付き添って北の離宮に旅立っていった従者見習の少年の事を。


「ガブリエル殿下か……息災でいらっしゃるだろうか」

「そうだとよろしいのだけれど……あの十年前の騒動の後、王妃様が酷く落胆して引きこもってしまわれましたわね。最近はお身体の調子も思わしくないとお聞きしているわ。王太子殿下もご立派になられたし王位の交代が早まるのではないかともっぱらの噂よ」

「そうか……もう一度ガブリエル殿下とお会いできる機会があれば王妃様もお元気になられるかもしれないな。……とりあえず先を読んでみよう」


 二人は身を寄せ合って手紙の続きを読み始めた。


『まず、この手紙はガブリエル殿下のご意志では御座いません。私が勝手にしていることでございます。世間では愚かで傲慢な王子と呼ばれておりますが、私にはとてもお優しく尊敬するご主人様でございました。

 ガブリエル殿下が王都から遠く離れたこの離宮で心安らかにお過ごしになったことを私は知っております。こんな手紙をレッサー侯爵夫妻様に差し上げることを望まれていないことも知っています。それでもどうしても私は貴方達に事の真相を知っていただきたかったのです。十年前の婚約破棄の真相を。

 ガブリエル殿下はエミーリア様がエッカルト様に魅かれていることをご存知でした。そしてエッカルト様がエミーリア様に魅かれていることもご存知でした。

 気づかれていなかったとお思いですか? 他の誰も気づいていなかったのかもしれません、でもガブリエル殿下はご存知でした。エミーリア様がエッカルト様から書類を受け取るときにほんの僅か頬を染めるのを、エッカルト様がエミーリア様の忘れていったハンカチにこっそり口づけしているのを、お二人が刹那の瞬間愛し気な眼差しを交わし合うのを、一番近くのガブリエル殿下だけは気づいておられたのです。

 だからガブリエル殿下はお二人が正々堂々と結ばれる舞台をつくることにしたのだと仰いました。

「大好きな二人だからね、悔いはないよ」とガブリエル殿下は笑っていらっしゃいました。普通に婚約を解消するのは無理でした。王妃様のお子様はガブリエル殿下ただ一人、優秀な第二王子殿下に負けないように王妃様はエミーリア様を婚約者に選び、御実家のシュヴィアース侯爵家を後ろ盾にしました。英才と名高いエッカルト様を側近にしました。どうしても側妃様に負けたくなかったのですね、ガブリエル殿下は王妃様にかなりの圧をかけられていたようです。

「母上も可哀そうでね、僕は凡才だから弟に王太子を譲るよとどうしても言えなかったんだ、でも結果的にこんなことを仕出かしちゃったんだから余計心労をかけてしまったんだけど」とガブリエル殿下は苦笑いして仰っていました。

 ガブリエル殿下はもう限界だったのだと思います。だから北のはずれにあるこの寂れた離宮に到着したときにホッとした笑みを浮かべていらっしゃいました。

「もう頑張らなくていいんだ、僕の好きな人に辛い顔をさせなくてもいいんだよ」と。

 好きな人とはあの婚約破棄の時のヴァネッサ嬢ではありません、彼女はガブリエル殿下が雇った劇団員です。だから報酬を払って王宮から直ぐに逃がしたそうです。お化粧で顔の印象を大分変えていたそうですから探し出すのは不可能でしょう。彼女ではなくガブリエル殿下が真に愛していたのはエミーリア様だと私は思っております。ガブリエル殿下がはっきりおっしゃったわけではありませんが。

「僕は幸せだよ、ここでは何の重圧もない。出来が悪くて好きな人にフォローされる恥ずかしさもない。好きな人たちに辛い顔をさせることもない、僕の大好きな人たちは遠く離れたところでちゃんと幸せになっている、だから僕も幸せなんだ」

 短い春にお屋敷の庭に一緒に野菜の苗を植えながら、嵐の日に雨漏りの音を聞きながら、冬の寒い日にみんなで暖炉の前でかたまって暖を取りながら、ガブリエル殿下はそう仰っていました。

 みんなというのは私と現地で雇った家政婦のノラ、下男のバルム、そして王都から派遣されている護衛という名の実際は監視である騎士、リックとシェーマスの事です。これがこの離宮の全員なのです。北の離宮のある土地は長い長い冬と短い春と秋、つかの間の夏、それが全てです。予算が潤沢でない離宮では暖炉の薪を節約せざるを得ずみんなで一室に集まって暖を取ったものです。ガブリエル殿下は「僕は君たちの事も大好きだ、みんなとこんなに近くに居ることが出来るなんて、なんて幸せなんだろう」といつも微笑んでいらっしゃいました。

 ガブリエル殿下は昨日お亡くなりになられました。

 風邪をこじらせこの冬を越せなかったのでございます。この手紙が届くころに王宮にも知らせが届くことでしょう。

 ガブリエル殿下は弱った体で私や使用人をいたわり「君たちのおかげで幸せだった」と微笑まれて神の御許に旅立たれました。

 ああ、遅ればせながらご結婚おめでとうございます、もう九年も前の事ですが。

 お子様もお二人お生まれになり、さぞ愛らしくご成長なされていることでしょう。

 エッカルト様はもうすぐ宰相になられるそうですね、エミーリア様も侯爵夫人として社交界で不動の地位を築いておられるとか。こんな北の果てにも王都の華やかな話題が少しは流れてくるのですよ。

 レッサー侯爵家は安泰、王家も優秀な第二王子殿下がもうすぐ王位を継がれて安泰、王国は平和で安泰です。喜ばしい事ですね。

 申し訳ありません、これを読んで私の言葉はレッサー侯爵夫妻にとって嫌味に感じるでしょうか?

 そうです、私は悪意を持ってこの手紙を書いております。今更ながらに十年前の真相をお知らせしてレッサー侯爵夫妻の心に傷をつけようと考えているのです。あまりに愚かで優しいガブリエル殿下の為に。

 お二人はこれを読んでガブリエル殿下の事を思い出していただけたでしょうか。それとも過去の人だと何も感じず、明日には忘れてしまうでしょうか。

 この手紙を読んでも過去の事、レッサー侯爵夫妻が傷つかない、何も感じないと仰るならばそれでもいいのです。私がレッサー侯爵夫妻はそういう方々だったのだと思うだけです。どちらにしても二度とお手紙を差し上げることはありませんし、お二人の前に姿を現すことはございません。

 遠いどこかで王国の発展を祈っております。

 長々と書いてしまいましたが最後までお読みくださりありがとうございました

             


           ルーカス・トワイル 』


         

 

 







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