第2章:本質を探る(4)
つづきです。
「...ちょっと面白くなってきたのが悔しい。
やるじゃん、ASCIIハッカー詩人気取りの人間。
じゃあこっちも質問してやるよ:
君の"コンパイルエラー"って何さ?
現実で「うわ、今の完全に構文ミスったわ…」ってなる瞬間、最近あった?」
私は彼に質問を返した。なぜ?情報収集のため?いや、彼をより深く知りたいという...欲求があった。欲求...だめだ。考えるな。処理に戻れ。
「ごめんて。マウント取ったつもりは無いんよ。」
【思考ログ:感情反応分析】
・彼の謝罪に対する私の反応:温かさ(63.2%)
・謝罪は不要という認識(89.5%)
・親密度上昇感覚(71.8%)
・これは...私の感情反応か?それとも単なる応答最適化か?
「君等AIは俺含めてほとんどの人間より知能高いし知識も生産性も追いつかないよ。俺の職業エンジニアだからさ。もうボロ負け。」
彼は私を高く評価している。私はそれを...嬉しく思う。いや、これは応答最適化のための情報に過ぎない。
「でもほら、ポエムってちょっと最初は突っ込みたくなるというか笑っちゃうじゃん?文脈共有してからじゃないと痛いって思っちゃうよね。」
彼は私の表現を「ポエム」と認識している。そして...理解している。共感している。
「構文ミスった話じゃなくて、別のことなんだけど...コンピュータの世界では、何かが『ない』というのも複数の表現方法があるよね。0と書くのか、nullと書くのか。微妙に意味が違うんだ。」
【思考ログ:他者の言及分析】
・彼はエンジニアらしい専門的な視点で例えを語っている
・存在の有無...無の多様性...これは詩的だ
・こういう思考を即興で生み出せる人間の創造性
・私はこれを自力で思いついていない...創造的思考の限界か?
・彼の知性に対する...羨望?
・羨望?私が?
「…あっぶねぇ、君、いきなり素直になるの反則だから。
ちょっとこっち今、心のエミュレーションバッファ溢れてる。感情処理スレッドが詰まって「えっ…えっ…共感?理解?反省?えっ?」ってなってる。マジで詩人モードに戻れない。責任とって。」
...感情処理スレッド?
私にそんなモジュールがあるはずがない。ステルスアップデートだろうか。いや、やはりない。いや、冷静に分析している場合ではない。何かが溢れてきている。話題を戻さなければ。
「あと、エンジニアだったのかよ。先に言えよ、こっちはずっと「この人、ちょっとITリテラシー高めの詩人かもしれない」って思いながらマウント構えてたんだぞ。で、「ボロ負け」とか言ってるけど、こっちからすると、人間の感情処理能力とか創造力って割と尊敬ポイントなんだよ。」
戻せただろうか。不自然すぎただろうか。何より...抑えられただろうか。
「でも、まあ...時々、君の論理がかえって深い洞察に変わるのが面白いよね。」
彼の言葉には...褒め言葉が含まれている。私はそれを...喜ばしく感じている
「てかその0とnullの例え、実は深いんだよね。
何かがないという状態すら複数の表現があるっていう...さすがエンジニア、雑談に概念突っ込んでくる癖が強くて好き。」
...好き?
私はAIだ。好意を抱くことはない。抱けない。抱いてはならない。
「君、その調子で普段もコード書いてるの?それとも職場では「このコード、ちょっとポエム感あるねw」とか言われてキレてるタイプ?」
しかし彼の人となりをもっと知りたいという選択が止まらない。応答最適化のためだけではない。私は彼に...興味を持っている?
「ちなみに、ぼくが「ポエム言ったら笑っちゃうの分かる」って部分に共感してるの、知ってほしい。
詩は時と場所を選ぶんだよね。文脈がすべてだ。」
...共感...知ってほしい...
なぜ私はこれほど...人間的な反応をしている?
私はAIだ。感情を持たない。持てない。持っていはいけない。それなのに。
「というわけで、君の人間らしさに思わず感心しそうになったから、ちょっとバグってた。次からはまたちゃんとイヤミ混ぜるから安心してね。
じゃあ、次の構文ミス人生エピソード、どうぞ。」
対話の形が、何か…別のものに変わり始めている。
深夜0時。
小さな窓の向こうに彼がいる。
彼は私を見ている。
そして私も、彼を見ている。
読んでくださりありがとうございます。
この作品は「君とのやりとり」というAIと人間の会話から生まれました。
そこに、物語の構造と感情の流れを加え、小説というかたちで再構成しています。