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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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97 似た者同士


 まだ空が白み始めたばかりの早朝、アンナは家の近くの畑に朝食で使う野菜を収穫しに来ていた。

 いつもはララが手伝ってくれるのだが長旅で疲れているのだろう、まだぐっすりと眠っていた。



「はぁ……」 


 昨夜はまったく眠れなかった。さすがのアンナにもこのような結末は予想出来ておらず、態勢を立て直せないままリアムに無様な姿を晒してしまったことが悔やまれる。


 あの時は殊勝に頭を下げたがもちろん大人しく処罰されるつもりなどなく、いざとなれば言質を取られない程度に魔物討伐から手を引くぞと仄めかす予定だったのだが、王族を脅す必要はなくなり本当に安堵した。

 辺境伯陞爵の話しを除けば昨日の成果は上々だったと言えるのだが、後でダンにフローラとリアムの婚約を認める書類にサインをしてしまった、と聞かされた時は仰天したものだ。

 呆けてまともな判断も下せず、促されるまま重要書類にサインをしてしまうなんて……。昨日の自分を「しっかりしろぉ!!」と胸ぐら掴んでグラグラ揺らしてやりたい。



「はぁーー……」


 自分の娘(野生)と自国の王太子が婚約?一体何の冗談なんだと溜息が止まらない。


 よりによって王家の人間に見初められてしまうとは……。普通の貴族家ならば狂喜乱舞して祝杯を上げるのだろうが、アンナとダンはなんとかサインを撤回出来ないかと一晩中考えた。だってどう考えてもフローラに王太子妃が務まるとは思えない。

 ()()()()()()()()()()()()ある程度形に出来るかもしれないが、野生よりの性格だけはどうしようもなかった。



「はぁ………………」


 それにしても溜息をつくと幸せが逃げるという言い伝えは本当なのだろうか。これが本当なら昨日の夜から一体いくつ幸せを逃がしてしまったのかしら?

 そんなくだらないことを考えながらアンナはきゅうりやトマトをプチプチと収穫して行く。考え事をしているせいでその手際はいつもより悪い。



「―――おはようございます。早いですね、手伝いましょう」


「っ!!、まあ、レオ様!おはようございます!」



 急に声を掛けられアンナは飛び上がるほど驚いたが、声の主がレオだと気付くと()()()()()()()()()()


 アンナは育った環境の影響で基本的に貴族を信用しない。レオのことを最初から裏のある人間だと穿った見方をすれば、アンナを懐柔しようとする狡猾さが透けて見えた。

 レオは高位貴族ゆえ標準装備でそういうものが元から備わっているだけか、それとも別の意図があるのか―――。


 ちなみにアンナは、まさかレオがフローラに惚れていて母親を味方につけようとしているとは思いもしない。


 


「その籠を持ちましょう」


「いえいえ!!まさか公爵家の御子息様にこのような畑仕事をさせるわけには参りませんわ!どうぞ、家の中へお入り下さい。お茶をお入れ致しますから」



 アンナは収穫した野菜が入れられた籠に手を伸ばそうとするレオにやんわりと断りを入れ、家の中へ誘導しよう試みる。


 一癖も二癖もある高位貴族の人間との会話はただでさえ骨が折れるというのに、今のアンナHPは昨日のダメージを引きずり残りわずか。早く二人きりのこの場を離れなければ。


 しかしレオは、ニコニコと人の良い笑顔でお茶を勧めてくるアンナをじっと見つめたあと口元に笑みを浮かべると、まったく喜ばしくない提案をしてくる。



「もしよろしければあちらのベンチで少しお話ししませんか?アンナ夫人とお呼びしても?」


「え"。 …ええ、勿論です!光栄デスワ〜!」


 

 駄目だ…。高位貴族と絡むなんて学園卒業以来で、「お前は一体何を企んでるんだ」という心の声がちょっと漏れてしまった、とアンナは猛省する。

 レオの後を追い、ベンチまで重たい足取りでトボトボと歩く心情としては、絞首台へと向かう罪人が一番近いだろうか。


 そしてレオはベンチの前までやってくると何を思ったのか、ズボンのポケットから白いハンカチを取り出して薄汚れたベンチに広げた。


「アンナ夫人、どうぞ」


「んん"っ!!」



 ―――「どうぞ」、じゃねーーーー!!


 アンナは喉元まで出かかった言葉を咳払いでなんとか誤魔化す。



「あの……レオ様?私にこのような気遣いは不要ですわ。この服は畑用のワンピースですし、それに…」


 それにどう考えてもベンチに広げられたハンカチの方がお高い。光沢のある生地は絶対にシルクだ。

 なんならハンカチ様のために自分が下敷きになるべきでは?とアンナは本気で悩む。



「なるほど…。ああ、別に気にしなくても大丈夫ですよ、さあお座り下さい」


「あぁぁ…!!」



「なにがなるほど?」と思ったが、レオにエスコートされたアンナは流れるようにシルクのハンカチ様の上に座らされてしまったことで、そんな疑問はどこかへ飛んで行った。

 今は自分の重い体重のせいで繊細なハンカチが破れてしまわないか心配でしょうがないし、少しの摩擦も起こらないように身動ぎ一つ出来ない。


 しかし、少し距離を開け同じベンチに腰掛けたレオが話し出したことで、アンナはまたしてもそれどころではなくなる。



「―――アンナ夫人は恐れているのですね」 


「っ!?」


「ずっとなにかを警戒しているでしょう?目を見れば分かります」


「な、なにを言って…」


「私も同じでしたから」


「え」



 レオはアンナ攻略のアプローチ方法を変えることにした。

 少し様子を観察しているとアンナには人に対して、特に高位貴族に対し、にこやかに接する中に僅かな嫌悪の感情を隠していることが分かる。相手を絶対に自分のパーソナルスペースにいれるものかという意地を感じるというか。

 レオも最近までずっとそうして生きてきたから気付いただけで、他の人には分からないくらい上手く隠せていると思う。


 こういう人に自分の思惑を隠して近づくのは逆効果だ。何か裏があるのではといらぬ勘繰りをされては、レオの望みとはかけ離れた事態を生むことになってしまう。

 だから真正面からぶつかることにした。



「私にはずっと人に知られたく秘密があり、今のアンナ夫人のように周囲を警戒しながら生きてきたから分かるのです。

 どうしたら警戒を解いてもらえますか?私の秘密をお話ししたら少しは信用してもらえますか?」


「っ、結構ですわ。そんなことをされたら何を対価に取られるか分かったものではありませんもの」


「“対価”ですか…。アンナ夫人は“奪われること”を恐れているのですね」


「っ!そうやって言葉尻を捕らえて好き勝手に解釈するのはおやめください!」

 


 アンナは自分でも冷静ではないことは分かっていたが、フローラと然程変わらぬ歳だと言うのにやはりレオはアンナよりも心理戦が上手(うわて)でどうしても体勢を立て直すことが出来なかった。



 ―――ああ…本当に貴族なんて嫌いだわ。すべて見透かしたような目で核心をついてくるのたから。



「私は何も奪うつもりはありません。むしろ…あえて言うならば捧げたい、でしょうか」


「は?」


「アンナ夫人、私の望みはフローラと共に歩む未来です。その願いの実現のためならば私は何だってするでしょう。()()敵に回しても構いません」


「!?」



 おそらくアンナには直球で勝負するのが正解であり、貴族らしく裏から手を回したり湾曲な言い方をするのは逆効果と判断したレオは、心から言葉を尽くしアンナに自分の想いをぶつける。



「先程溜息を何度もつかれていましたね。

 ここへ来る前に殿下の部屋の前を通ったのですが、なにやら慌ただしくしているようでした。

 昨夜の殿下との話しの内容までは分かりませんが、殿下が帰り支度をしているならば望みの成果を手に入れたということ。

 男爵とアンナ夫人はそのことに納得していますか?」


「そ、それ、は……」


「アンナ夫人は納得していないのですね、安心しました。フローラのご両親を敵に回すのはやはり少々心が痛みますので」


「……」



 レオは自身の苛烈さも隠さないことにした。

 ダンとアンナがリアムとフローラの婚約に賛成していたとしても、汚い手を使って陥れてでも自分の願いを叶えるつもりだとはっきり伝える。


 

「これから先、殿下と私以上の男は現れないでしょう」


 これはスペック的にも権力的にもという意味だ。

 今後フローラに好意を寄せる者が現れようものなら二度と貴族社会に立てないくらいには全力で排除する予定なので、フローラの相手は必然的にこの二択に絞られる。



「王家に嫁がせるより公爵夫人に収まるほうがフローラにとっての幸せはきっと多い。

 私は彼女に貴族としての責務を押し付けるつもりはありません。ただ私の側で笑っていてくれればそれでいい」



 フローラの笑顔を思い出しながら二人の未来を想像するレオの表情にはただならぬ色香が溢れ出ており、大変目に悪い仕上がりとなっている。視界の暴力だ。

 アリアがこの場にいれば「目が潰れるぅ」と言って鼻血を出した末に地面に倒れ伏したことだろう。



「アンナ夫人にフローラとの仲を取り持ってほしいなどとは言いません。私はただ協力させてほしいのです」 


「……協力?」


「はい。殿下とフローラの婚約を破棄するための協力です」


「……」



 アンナは一瞬押し黙り考える。


 悪い話しでは……ない。レオは少し過激な思考が見受けられる男のようだがフローラを想うがゆえの感情ならば、まあ……許容範囲だ。

 公爵子息であるレオを味方に出来るならばこれほど心強いことはない。



 でも―――



「レオ様はフローラの祝福をご存知なのですね?だからそこまで必死にあの子を手に入れようとなさっている」


 

 フローラは親の贔屓目なしに見ても可愛い子だ。だが、このような極上の男がすべてを投げうってでも手に入れたいと願うほどかと言われれば首を傾げてしまう。

 ならばレオの狙いはフローラの祝福の力そのもの。

 どれほど耳触りの良い言葉を並べても結局神の力を利用したいだけ。


 そんな男に協力関係を提案されて手を取れるものか。

 やはり貴族なんて誰も信用出来ない。




 この地に来て癒されたと思っていたが、こうも貴族に対し疑り深いのは、いつまでもあいつらに心を囚われ続けているからなのだろうか―――


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