95 悪魔の囁き
「―――初代男爵が気付いた事実とはなんだ?」
リアムは黙ってダンが諳んじる初代ブラウン男爵の手記の内容に耳を傾けていたが、魔物を恨み復讐に執念を燃やした男が三十年かけて発見した事実とは何なのかとても気になった。…少し知るのが恐い気もするが。
「それは……厄災を経験した子ども達が授かる祝福の力が、魔物を殺すことに特化した能力になっているという事実です」
「!?」
「特に……家族を魔物に殺された子どもはその傾向が強いと記されていました」
ティア神様が祝福を我々にお授けになられる際、その者が必要になるであろう力を与えて下さると言われています。魔物に復讐心を燃やす子ども達の純粋すぎるほどの負の願いを、お優しいティア様は受け入れて下さったのでしょう…と静かに続けられたダンの言葉に、リアムは戦慄を覚える。
確かに……ティア神は個々に相応しい祝福を与えて下さる傾向が多い。
幼い頃から骨董品集めが好きだったジョージが「物の価値が分かる祝福」を授かったように。
王太子であるリアムが「嘘を見抜く祝福」を授かったように。
“魔物を強く憎む想いが魔物を倒すための祝福を生む ”
その知り得た事実を初代男爵はどうしたのだろうか?
―――『悪魔の囁き』
思いついた自身の考えをそう断じてしまうほど許されざる行いに……禁断の果実に手を伸ばしてしまったのか。
「……初代ブラウンは死ぬ間際、怨嗟のこもった遺言を遺しました」
『王家など二度と信用するな。
あいつらは我々に何も齎さない。
ここでの暮らしを、民を、仲間を、愛する者を守りたければ自らの手で成し遂げるしかない。
そして必ず復讐するのだ…!
我らを見捨てた王家と王都でのうのうと暮らす連中に同じ苦しみを味あわせてやる………!
心からの願いが、苦しみが、憎しみが、殺意が、消えることのない怒りが!!!!
いつかティア神様に届いた時―――我らの復讐は始まるだろう。
どうかその時まで、ブラウンの名を絶やさないでほしい』
「―――ブラウンの名を継いだ者達は彼の遺言に従い、魔物を殺すことに特化した祝福を授かる子ども達を増やすことにしました」
「なっ…!そんなことをどうやって……」
「…祝福を授かる前の子ども達を魔物との戦いの場に送り出すのです。魔物のせいで親を亡くし身寄りのない子ども達を集め、ブラウンが望む祝福を得るための実験を繰り返しました。
魔物に襲われる子ども、殺される子ども、そしてそんな仲間たちを間近で見た子どもの中から―――魔物を殺すことに特化した強い祝福を授かる者が出てくる。そういう実験です」
「!!」
家族を亡くし心を痛めている子ども達に魔物を憎む気持ちをさらに無理やり植え付け、意図的に対魔物に特化した祝福を授かるよう画策する。
いくら領地を守るためだとしても未来ある子ども達を利用するこのようなやり方、これはあまりにも―――
「王家の人間である俺が言っていいことではないかもしれないが…これはあまりにも非人道的な行いではないか?」
「仰る通りです。
魔物に親を殺され自ら魔物討伐に志願した子もいれば、何も知らずにいきなり森へ連れて行かれた子もいたと記してありました。
こんなのは人体実験となんら変わらない、忌避すべき行為です。
百年ほど前のブラウンがこのようなやり方で領地を守るべきではないと強く主張し、初代の手記や実験結果を燃やして悪魔の実験を廃止したことで子ども達の犠牲はなくなりました」
初代やそれ以降のブラウン達は強い復讐心に取り憑かれ、魔物を屠るためならば手段を選ばない執念を見せたが、何度も代替わりを行ううちにその執念は徐々に薄れて行ったようだ。
「それにしても、ブラウンの名を継承する者の入れ替わりはそれほどに激しかったのか?」
話しを聞いているとわずか二百年の間に何人ものブラウンが代替わりしその役目を果たしてきたかのような印象を受ける。
「二百年前から百年前の間の百年で、少なくとも十数人のブラウンが誕生しています。
ブラウンの役割は魔物を討伐し領地を守ること。
過酷な任務に就く彼らの寿命は極めて短く、二代目のブラウンはその名を継いでからわずか五年ほどで亡くなったそうです」
「……っ」
百年の間に十数人。普通の貴族家の代替わりで考えるとその頻度は異常だ。平均しても七、八年でブラウン当主は入れ替わっていることになる。
それほどまでにブラウン当主の座は危険で過酷な立場だったということ。
命をかけて民を守った彼らの非道な行いをただの悪として断罪するのはどうしても違う気がする。
こう思ってしまうのはリアムも少数より多数を選ばなければならない立場にいるからなのか。
「そして今からおよそ百年前、ブラウンの名を引き継いだのが私の曽祖父です」
「! では、今の男爵は親からブラウンを世襲しているのか?」
「はい。曽祖父は結婚して子どもを作り、その子どもに『ブラウン』を引き継がせることで安定した討伐態勢を築こうと尽力しました。この試みが上手く機能し始めたことで、初代様ほどではありませんが、曽祖父も領民達からとても慕われていたそうです」
「男爵の曽祖父も平民だったのだろう?」
「はい。貴族のしきたりや義務や作法など何も知りませんでした。ですが自分の一族で長くブラウンを受け継ぐと決めた以上なんとかするしかありません。
初代ブラウンの屋敷を漁り貴族として生きていくための知識を必死に身につけたそうです」
すごい男だと率直に思う。男爵とはいえ、本来であれば貴族と平民との間には決して越えられない壁がある。
その壁を独学で乗り越えたとは畏れ入る。
ましてや私利私欲のためではなく、領民を守るためだと言うのだから頭の下がる思いだ。
「曽祖父の代では安定した魔物討伐が行えていたそうです。その仕組みというのが一族の中から戦闘に適した者を極限まで鍛え上げ最強の『戦士』を作りあげるというもの。
祖父も子どもの頃から鍛えに鍛えられて毎日血反吐を吐きながら鍛錬に励んでいたそうですが、祝福操作の人体実験よりもよほど健全です。
強い男が当主となり領地を守る。今のブラウンの在り方がこれなのです」
「オーブ辺境伯のところも確かそのような考えで当主を決め、次男であった今の辺境伯が当主になっていたな」
無理に対魔物の祝福を授かろうとするのではなく、一番強い者が鍛え上げた己の力で魔物を倒す。脳筋よりの考えだが確かに幼い子ども達を巻き込むより遥かに健全だ。
「“鍵”の仕組みを作ったのも曽祖父の時代からです」
「“鍵”…」
「ある時、特定の者がいる時だけ魔物が現れる確率が高いことに気付いた、曽祖父の一代前のブラウンが原因を調べたところ、その者は勇敢にも毎回先頭に立ち魔物を切り捨ててはその血を全身に浴びていたようなのです。まあ、これは私の曽祖父のことなのですが」
「貴方の曽祖父が初めて“鍵”になったということか。今の代はフローラが“鍵”なんだな」
「ええ。少し訳がありまして…フローラに“鍵”の立場を奪われました。親としてなんとも情けない話しですが」
ある日ダンが“鍵”としての役目を果たすために森へと入って行くのを、何も知らない当時五歳のフローラが見つけて後を追って行ってしまったのだ。
そして魔物と対峙する父親の姿を見たフローラは「父様になにするだ!!」と木の陰から子猿の如く飛び出し、ダンが止める間もなくあっさりと魔物を殲滅、そして“鍵”の立場が入れ替わってしまったという経緯があった。
「今では“鍵”と“門”という呼び方をしていますが、曽祖父の時代は“生贄”や“地獄の扉”なんて呼び方をしていましたね。
フローラは自身を“エサ”、門を“アニマルゲート”と名付けていたのでやめさせましたが」
「身も蓋もないな」
「“鍵”が定期的に森に入ることで“門”の開閉をこちらでコントロール出来るようになると、魔物による被害はぐっと減りました。祖父の代からは魔物による領民の被害はゼロです。その代わり当主にはそれ相応の強さが求められますが」
「そうだろうな。領民への被害がないのは当主が魔物をすべて討伐しているということで、それがどれほど大変なことなのかは今日、森でのフローラの戦いを見て少しは理解したつもりだ」
「今回はフローラが長期間領地を離れ、鍵としての役割を果たせていななかったことで魔物の量は爆発的に増えていたと思われます。普段はまめに討伐することで量を抑えているのでそれほどでもありません」
「…村人達が魔物について語らないのはなぜだ?よそ者である俺達がいたからか?
あれだけ森が騒がしければ魔物との戦いを知らない、なんてことはないのだろう?」
「私の祖父の統治では領民を魔物討伐に関わらせることを禁止しました。領民の数が減っていたこともありますが、この頃には領主一人で魔物に対処することが出来ていたので。
ですので今村にいる若い者達は魔物を見たことすらないと思います。
ただ、村には年齢不詳の婆が三人ほどおりますので、村には村の情報網はあるはずで、彼らなりに『ブラウン』の名を守るために行動してくれたのかもしれません。
彼らが何を思っているのか、本当のところは分かりませんが今日まで献身的に私達を支えてくれていることは間違いありません」
領民の中にはダンが貴族の血を引いていないと知っている者達もいるだろう。だがそんなことおくびにも出さず当主として戴き続けてきてくれた。
「私はただの平民でありながらブラウンを名乗り貴族として王家の皆様方を欺いて参りました。父も亡くなった今、一族の罪を償えるのは私しかおりません。
いかような罰も受けるつもりでおります。
しかし、妻とフローラの連座だけはお赦し頂けないでしょうか?
妻は私が無理やり王都から連れ去りこの地に縛り付けたのです。フローラに至っては自分が貴族でないことすら知りません。ですのでなにとぞ、なにとぞお願い致します」
そう告げるとダンは平民がするように地面に額を擦り付けリアムに対し懇願した。
「あなた…!何を馬鹿なこと言ってるの!!たまに長く喋ったと思えばこれなんだから…!
殿下、私も同罪ですわ!!すべて知った上でこの人の手を取ったのです!!」
今までずっと黙っていたアンナは瞳に強い決意を宿しダンの隣に並び跪く。
こうして―――『ブラウン』を名乗ったダンの一族に対する処遇はリアムに委ねられた。
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