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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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94 初代の手記

説明回は短くしたい…と思いつつ長いですよね?

すみません(*´∀`)


 『貴族家の乗っ取り』―――いまだかつてそのような極悪かつ無謀な犯罪に手を染めた者はいない。……いや、いなかった。


 貴族家の当主が他の者に、しかも平民に取って代わられるなど貴族社会の根底を覆しかねない事態だ。

 そのようなことがまかり通ってしまえばどれほどの混乱がイルド王国に齎されるのか。


 そもそも乗っ取りなど本来であれば不可能であるはずなのだ。

 貴族とは縦にも横にも、広く浅く太く細く繋がっており、当主の成り代わりなど当たり前に一発でバレる。


 不可能を可能としたのは、ブラウン領が「忘れ去られた地」としてもう何十年も孤立していることが功を奏したからか。


 本来であれば年に一度貴族は必ず王宮へと参賀に訪れなければならないのだが、ブラウン領は辺境という土地柄、一応その義務は免除されていて、それをいいことに代々のブラウン男爵は決して領地から出て来ることはなかった。

 友好国と接していない、本当に危険な地に領地を持つ辺境伯ですら二年に一回は王宮へと赴くか、自身の息子を名代として送り出しているというのに、だ。


 そしてそのことを把握していながら王宮側からも要請を出すことなどしていない。どうでもよい土地に住む男爵など、来ようが来まいがどうでもよかったからだ。



「っ、」


 これは…王家の怠惰による失態でもある。まさかこれほどの闇が平和ボケしていると信じ込んでいた地に巣食っていたとは誰も思うまい。


 ―――それでは本物のブラウン男爵を最後に王宮で確認したのはいつなんだ?


 リアムの優秀な頭脳が読み込んだブラウン領に関する資料の内容を高速で弾き出す。

 

 ブラウン領の毎年の収支報告書…は書類だけ届く。代替わりに関し、王の承認を求める書類も同様だ。

 二十年ほど前の話しだと南部地域に冷害による飢饉が訪れた際、ブラウン領から支援要請がなかったことを不思議に思いこちらから問い合わせると支援不要との返事が返ってきていた。

 ジョージが一度ブラウン領について調査したのはこの件についてだった。


 ブラウン男爵とのやり取りは基本的に手紙を介してのやり取りのみ。



 もしかして―――二百年前にブラウン領で起きた厄災に対し、救援を求め男爵自ら王宮に赴いたとされるその日が本物のブラウン男爵を確認した最後だったのでは?



「!」


 リアムは導き出した一つの考えに戦慄する。

 

 もしかして男爵は―――




 本来リアムがすべきことはイーサンを呼びダンを捕らえ、王を欺いた大罪人として処罰することだ。

 しかし今回の「ブラウン家乗っ取り」の裏には間違いなく厄災が絡んでいる。


「…男爵、全部話せ。これはきっと我ら王家にも咎のある話しなのだろう」


「………。こんなところまで流れてくる噂に信憑性はないと思っておりましたが。殿下が聡明でいらっしゃるという噂は真実だったのですね。

 分かりました。すべてお話しします。その上で私の処分をお決め下さい」



 すぐに捕らえられることはないと安堵したのか…アンナの細く息を吐く、ハ…という音が微かに聞こえた。


 

 リアム達はボロく狭い部屋に設置するにはあまりにも場違いな高級感あるソファに移動し、落ち着いて話し合うことにした。視覚的にはまったく落ち着かないが致し方ない。



「―――殿下は二百年からこの地で続く“厄災”について、どこまでご存知ですか?」


「詳しくは知らない。魔物という存在に触れたのも今日が初めてだ。

 あれは一体何なんだ?元は動物が変異したモノだと聞いたが…それにしてはあまりにも禍々しい」


「魔物の生態については我々もいまだ憶測の域を出ません。 戦いの場において悠長に魔物の調査などしていてはこちらが殺られてしまいます。それに倒した魔物は時を置かずして灰へと変わり何も残らない。

『ペット化出来そうな魔物ランキング』を作って戦いの最中に調教を試みるなどフローラ以外にはとうてい成し得ないのです」


「そ、そうだろうな…」


 あいつ、あんな恐ろしい魔物相手にペット化を目論んでいたのか…とリアムは遠い目をする。

 魔物をペットにされるくらいなら人間(アリア)をペットにするほうが断然平和だ。



「……なぜこの地だけに魔物が現れるのか、厄災が起こるのか、その謎は今だ解明されておりません。

 厄災について書かれた門外不出の書物によると、二百年前この地を治めていた『本物のブラウン』は二回目の厄災で命に関わる大怪我を負いましたが、それでも苦しみながら六十歳まで生き、魔物に関するデータを文字通り身を削りながら集めたそうです。

 領民のために献身的に働いた男爵の死後も、領民の中から指名された次の『ブラウン』はすでに表舞台で活躍していたので、大きな混乱はなかったと記されています」


「次のブラウンを指名する…!?男爵の世継ぎや親族はどうした?」


 養子にしたわけでもない親族以外の人間を御家存続のために次期当主に指名するなど、一男爵が勝手にやっていいことではない。



「突如発生した厄災ですべて亡くしたのです。……妻も子どもも弟夫婦の家族も。

 残されたのは領主であるブラウン男爵ただ一人」


「……」


「男爵の苦悩を綴った手記も遺されていたそうですが、何代目かのブラウンを名乗る人物が燃やしてしまいました。

 『この呪われた書物は未来へと引き継ぐべきではない』という理由で」


「っ、」


「ですがブラウンの名を引き継ぐ者にだけ口頭でその内容は脈々と受け継がれてきました。

 今から殿下にそれをお話し致しましょう。ブラウン男爵の、呪われたと言われる手記の内容について―――」








***

 ○○○年○月○日。何の前触れもなく、突如として異形のモノが我が領地を襲った。これから幾度も見舞われることとなるこの悪夢を“厄災”と呼ぶ。




 厄災は一領主が対応出来る禍ではない。


 国に対し救援を求めたかったが、この当時は運悪く国内で病が流行しどこも混乱を極めており、救援要請の手紙を出したところですんなり届くとも思えなかった。

 そのため私は、あまりにも多くの犠牲を出してしまったがすべての異形を殺し終えた後、信頼出来る部下達にあとを任せ、自ら馬を駆り王都を目指すことにした。


 異形につけられた傷が癒えぬ領地を長期間離れることに不安はあったが、これは私にしか出来ぬことと必死に己を奮い立たせたこと、今でもよく覚えている。

 命懸けで王宮まで出向くもとんだ無駄足に終わってしまったことも。



『厄災などというありもしない事柄を騒ぎ立て、ただでさえ各地で流行する病で混乱している王宮にいらぬ波紋を広げようとする妄想癖のある田舎の男爵』



 役人達の私を見下す冷たい視線がそのように雄弁に物語っていたのだ。

 

 それでも私は必死だった。


 異形がもう現れないという保証はどこにもないのだから、せめて騎士達の駐留を認めてもらわなくては。

 もう誰にも、何も奪わせないために。


 その一心で何度も何度も何度も役人に食らいつき、陛下に御目通りをと願い続けた。



 領民は私の家族だった。



 私が至らなかったばかりに大勢の家族を死なせてしまったという後悔は今も胸に重くのし掛かり、底なしの絶望という名の沼に沈んでしまいそうになる。


 私がもっと早く、もっとたくさん、憎きあいつらを根絶やしにしていれば……助かる命もあっただろう。



 最愛の妻、息子、娘、弟家族も……みんな、助かっていただろうか。



 どれだけ打ちひしがれようとも、愛する者達の後を追いたくとも、いっそ正気を失えたらと自棄になっても―――それでも王都まで馬で駆けつけたのは残された領民達を守るためだ。


 必ず、必ず領地の安全を確保しなければならない。




 何度馬鹿にされて何度追い返されたか覚えてもいないが、私は国王陛下への謁見許可と騎士団派遣の申請を出し続けた。

 

 無駄な時間が刻々と流れ苛立ちが募る中、ついに一人の役人が「自分がブラウン領まで行って一応現状を確認してくる」と言い出した。

 

 私が王都に着いてから実に一月後のことだった。


 そしてそこからさらに一月かけブラウン領に役人を連れ帰ってみれば―――そこにはなにもなかった。




 異形の死骸も、異形に殺された領民達の遺体も。




 異形が村で暴れた際、人間しか狙わなかったせいか家屋もさほど倒壊しておらず、言うなれば厄災が起こったとは思えない光景しか広がっていなかった。


 これに怒り狂った役人が「この大嘘つき野郎!」と私を罵り、迷惑料だと言ってあるだけの金品を奪い取り去って行ったが、もうそれを止めるだけの気力すらない。


 そして―――


 領に起きた悲劇を悲しむ暇もなく、死者を満足に弔うことも出来ぬ間に、またしても次の厄災が起きてしまった。




 ○○○年○月○日。一度目の厄災が起きてから半年後、異形が発生したと思われる森へ調査のため部下を何人か連れて赴いた時のことだった。


 耳障りな金属音がしたので振り返ると、目の前の空間が割れてそこからブラウン領の悪夢の象徴である異形がわらわらと這い出て来たのだ。


 私は剣を抜き戦ったが、異形に怯え動けなくなった部下を庇い、胸に異形の爪による傷を負う。


 それでも力を合わせ懸命に戦い、すべての異形を倒すことが出来たが、私は熱に侵され長い間生死の淵を彷徨うこととなる。



 私はこのまま死ぬのだろうか。


 私にはもうこの名を継ぐべき親族がいない。自分が死ねばこの地は王家預かりとなるだろう。



 何もしてくれなかった………あの王家に?


 この大切な地を、渡す……?




 ここには私の大切な大切な者達が、家族達が眠っている。


 その神聖な地をあの無能な王家に任せられるとでも?





 ………無理だ。そんなこと絶対にさせない。決して許さない。



 あいつらにこの地を渡すくらいならば、例え歴史に名を残す犯罪者になったとしても構わない。


 喜んで私の共犯者となってくれる人間は、この地で厄災に見舞われた者ならばいくらでもいるだろう。



 みんな異形を、そして我々を見捨てた王家を恨んでいる。



 その中でも特に異形に対する憎しみが深く、また剣の腕が恐ろしく立つ男。きっと彼が適任だ。


 

 厄災で婚約者を喪ってしまった彼は、平民だがよく働く真面目な青年で重宝していた。何より本当に強く、二回目の厄災で私が瀕死の重傷を負った際、ほとんどの異形を屠ってくれたのが彼だった。




 ブラウンの名を引き継いで欲しいと持ちかければ案の定、彼は迷うことなく快諾してくれた。



 彼は貴族の身分が欲しかったわけではない。



 役に立たない王家に干渉されることなく異形を切り刻み続けたかったからだ。





 ○○○年○月○日。異形につけられた傷のせいで身体を満足に動かせない不自由な身となってしまったが、こんな私でも出来ることはまだある。


 異形をすべて葬り去るまで心を折ることは決してしない。


 魔物にすべてを奪われた恨み、悔しさ、気が狂いそうなほどの後悔を胸に、死ぬその瞬間まで魔物について調べ続けると亡くなった家族達に誓った。



○○○年○月○日。最初の厄災から三十年後の今日。私の命の灯火がついに燃え尽きようかという時になって、私はひときわ異質な一つの事実に気付いてしまった。



 これは―――死ぬ間際に女神が与えて下さった御慈悲なのか、それとも私の魂を地獄へと引きずり下ろすための悪魔の囁きなのだろうか。



お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!

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