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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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93/122

93 ブラウン


 ココナ村に着いた時点ですでに日は沈んでおり、ブラウン家の居間で一息つけばもうフローラの就寝時間が迫ってきていた。


「ふわゎ…」


「―――フローラ?」


「っ!!」


 アンナに凄みのある目で睨まれたフローラは慌てて欠伸を飲み込む。


 あ、危ない……王族や高位貴族のいる場で欠伸などしようものなら、マナーにうるさい母による朝まで淑女教育おさらいコースが発動してしまう…っ!


 上目遣いでヘラリ…と母親の顔色を窺うフローラは先程まで森でバッサバッサと魔物を薙ぎ倒していた時と同一人物とは思えない弱々しさだ。それほどまでにキレた時のアンナは恐ろしいということか。



「フローラも疲れたの?実は私も少し疲れているんだ。もしよかったら先に休ませてもらってもいいかな?」


「っ!レオ様!」


 フローラが眠そうなことに気付いたレオは、公爵子息である自分が部屋に下がることでフローラも休めるようになるだろうと思い提案する。


「今日は本当にお疲れ様。明日も朝からフローラに会えるなんて幸せだな。良い夢を」



「どんな美女でも三日でほぼ見慣れる」と言うが、蜂蜜をとろりと溶かしたような甘い瞳でフローラを見つめるレオの極上の笑みに慣れる日など来るのだろうか。


「……無理ぃ!!私には無理ぃ〜!!カッコよすぎてしんどい!」


 顔を両手で押さえて首を振るアリアにはそんな日は一生来なさそうだったが、ずば抜けた鈍感力を持つフローラにそもそもレオの魔性は通じていないので「これで眠れるだ!」と色気も何もない全力のお礼を伝える。


「レオ様!ありがとう!!わたすも明日レオ様に会えるのを楽しみにしてるだ、良い夢を!!」



 リアムやイーサン達にペコペコと頭を下げながらララに付き添われ自室に戻って行くフローラを、アンナは溜息をつきながら見送る。



「まったく…あの子に教えた知識はどこに行ってしまったのかしら…。皆様、無作法な娘で申し訳ございません」


「ブラウン夫人、フローラは旅の間ずっと気を張りながら私達をここまで連れて来てくれました。

 やっと安心出来る場所に帰ってきたことで気が緩んでしまったのでしょう。どうか怒らないであげて下さい」


「まぁ…!そのように仰って頂けて光栄ですわ。ありがとう存じます、レオ様」



 一見和やかに見える二人のやり取りも、実はアンナにはまったく隙がない。


 レオは自分の持てるすべてを使いアンナを攻略すべく色んな角度からアプローチしているのだが、これと言った手応えを感じられずにいた。


 フローラとの親密さを演出してもアンナの反応はいまいちで、本来であれば王太子殿下と婚約の話しが出ている娘がなぜ公爵子息と親しくしているのか?と訝しく思ってもおかしくはないはずなのだが。

 

 これは中々手強そうだ、とレオは苦笑する。




「皆様お腹は空いていらっしゃいませんか?すぐお召し上がり頂けるよう食事の準備は済んでおりますが…」


「いや、今日は特に食欲が……あー、食事、より休みたい」


「あ、私も…」


「さようでございますか?もし夜遅くに小腹が空きましたら遠慮なく仰ってくださいませね!」



 今日は最後の休憩地点で軽食を食べたのみだったが、わりとグロテスクなスプラッタ魔物殺戮現場を見てしまったせいか驚くほど食欲がわかない。イーサンですら辞退しているところを見るに、あの光景はかなり凄惨な部類に入るのだろう。

 

 フローラの就寝準備を終えたララが戻って来たので手分けして客人を部屋へと案内していく。

 ブラウン家に客室など存在するはずもなく、ダンの部屋をリアムに、アンナの部屋をレオに、ララの部屋をイーサンとトーマスに使ってもらうことにした。

 もちろん家具や寝具、枕・シーツに至るまですべてホーキンス伯爵が手配した高級品に総入れ替えされている。狭い部屋に王族基準のでかいベッド、サイドテーブル、チェスト、ソファを置けば足の踏み場もなくなった。比喩でもなんでもなく本当に。


 ちなみにダンとアンナとララとアリアは居間で雑魚寝が決定している。





「奥様…」


 リアム達を客室(!)へと案内し彼らの就寝の準備も整え、いざ自分達も休もう!となった頃、ララは居間から出て行こうとするアンナとダンを「旦那様、奥様」と呼び止め、不安そうなその声に振り返ったアンナはララに向けてにっこりと笑いかける。


「大丈夫よ。フローラのことで少し殿下にお伝えしたいことがあるだけ。あなた達は先に寝ていなさい」


「はい…」


「分かりましたぁ」


 そう言われては、ララとアリアは大人しく二人を見送るしかない。


 もう一度軽く微笑んだ後、前に向き直ったアンナの顔にすでに笑顔はなく、その顔は般若を背負ってフローラを叱る時以上に険しい。



 ―――あの子達は何も知らないのだから、無駄に不安にさせる必要はないでしょう。


 これは私達が背負うべき罪過であり、これから先も子ども達に伝えるつもりはない。


 まあ、それもすべてはこの国の王子様次第ね…。


 私達を生かすも殺すも、その御心一つで決まるのだから―――


 






 フローラの領地ではランプに使用する油を無駄に使いたくないので、日が暮れてからは早々に就寝する村民が多い。そのため、王都ではこれから夜会が盛り上がろうかという時間だというのに外は静寂の闇に包まれている。



「はぁ…」


 ここへたどり着くまでの間に自分の常識を覆すような出来事ばかり起き、さすがのリアムも疲れ果てていたがまだ気を抜くわけにはいかない。


 これからフローラの両親であるダンとアンナと対面し、なんとしても婚約を認めてもらわなければならないのだから。


 イーサンは隣の部屋で待機させており、何かあれば気配で分かると豪語しているので側におらずとも警備面で心配はないし、そもそもフローラがいる家で何か起こるとも思えない。



 ―――コンコン


「リアム殿下、夜分遅くに失礼致します。ダンとアンナにございます」


「入れ」


「ありがとうございます」


 ゆっくりとドアが開くとまずアンナが入室し、その後ろからにゅっ…とダンが顔を覗かせる。



 フローラの父であるダンは大きくがっしりとした体つきをしており、なによりその厳つい顔にまず目がいってしまう。

 鋭い目つきに頑なに沈黙を貫く態度、もちろん笑顔など一切なく、それゆえ相手が思う第一印象は「なにか怒っているのだろうか?」だ。


 失礼な話だが人を何人も殺めてきましたと過去の罪を自白されてもすんなり信じてしまえる強面な風貌のせいで近寄り難さが倍増している。

 奥方や娘や侍女にその存在を無視され後ろにポツンと佇む姿を見てしまえば、ただの超絶口下手な男なのだな…と分かるが。


 そんなダンがいきなり流暢に話しだしたことで「お前が話すのか!?」と不覚にもリアムはビクッとした。


「…殿下。まずはお疲れのところ貴重なお時間を頂戴し、感謝申し上げます」


「っ!?、あ、ああ。構わない」


「まず、はっきりと申し上げますが殿下とフローラの婚約を親として認める訳には参りません」


「っ!」



 睨んでいるつもりはないのだろうが睨んでいるとしか思えないダンの鋭い眼差しは「交渉の余地なし」と言わんばかりで完全にリアムを拒絶している。



「……なぜだ?…フローラの祝福の力を懸念しているのか?」


「やはり殿下はフローラの祝福をご存知でしたか。

 尊い御方である貴方様と、男爵令嬢に過ぎない私どもの娘。これほど身分が違い過ぎる婚約など本来であればあり得ないことですからね」


「っ、確かに俺はフローラの祝福についてほぼ把握している。だがその力目当てに婚約を望んだわけではないということは信じてほしい。

 フローラは俺が初めて唯一と望んだ女性であり、彼女の意思を出来うる限り尊重すると約束する。

 だからどうか彼女との婚約を認めてもらえないだろうか」



 王族であるリアムがただの男爵に過ぎない相手にこれほど下手に出るなど異常な事態だ。

 だがリアムはすでに不義理な行いをしてしまった身。一人の男として出来ることは、立場やプライドなど遥か彼方に捨て去り、婚約を望む女性の両親にひらすら許しを請うのみ。



「…貴方様にそこまで仰って頂けるなど、フローラは本当に果報者です」


「…、では……」


「ですが、先ほども申し上げたとおり、婚約だけは何があっても認めるわけには参りません」


「……。理由を教えてもらえないか?」



 どこまでも頑なに婚約を認めないと言い張るダンの様子に、身分や祝福といったことだけが理由ではない必死さを感じる。

 アンナが先ほどまでの賑やかさと打って変わって青褪めた顔でダンの後ろで息を殺しているのを見るに、リアムの予感は当たっていそうだ。



 リアムの問いかけの後しばらく続いた沈黙が―――ついに破られる。




「……まさか王家の御方に罪人の娘を嫁がせるわけには参りませんでしょう」



 ポツリと呟かれたダンの言葉にリアムの目は大きく見開かれる。




「私は貴族であるブラウンの血などひいていません。

 この国での身分偽装は重罪。いえ、脈々と続いていた『ブラウン』の名を強奪した乗っ取り行為と言っても過言ではございません」


「…!」


「私は―――私の一族は赦されざる大罪人なのです」

 

 

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