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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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89 イーサンに(もちろん)バレた?


「……ララ先輩のせいでもあると思いまぁす」


「………はぁ"?あんたいきなり何言ってるのよ」


 フローラの無事を喜び、涙で顔をぐしょぐしょに濡らしていたララは、聞き捨てならないアリアの言葉にピクリとしたあと低い声で応じる。



「だってだって!フローラ様激ツヨじゃないですか!!危なげがあった場面なんかひとっつもなかったし、散々溜めに溜めて出てきたボスを瞬殺って!逆にちょっと同情しちゃいましたよ!!

 考えてみればララ先輩がちょいちょい不安を煽るようなこと言ってくるから無駄に心配になったんですぅ、こっちは!!」


「はぁ!?無駄って何よ!!フローラ様がいくらお強いからと言っても心配なものは心配でしょーが!!」


「だからその心配、絶対いらないですってぇ〜〜!」



 リアム達はアリアの言い分に妙に納得してしまった。

 ララの忠義は本物で心からフローラの身を案じていることはよく分かるのだが………ちょくちょくお怪我はありませんか!?と確認したり、フローラが癒しの力を手放したことであれほど取り乱したりと、なんというか……すべて終わった今だから思えることなのだが―――大袈裟なのだ。


 ララはこれまでもフローラと共に魔物の討伐にあたっていた訳で、その強さは重々承知しているだろうにあの狼狽えよう…ちょっと過保護すぎないだろうか。 

 まあ、リアム達がこう思ってしまうのもフローラの異常な強さあってのこと。

 王都で厄災が起きようものならどれほど甚大な被害が出るか分からない悪夢のような惨状であることは間違いないのだから、ララの心配する気持ちももちろん理解出来る。



「こんなにお強いんだから、私ならお願いしまぁす!って頭下げてフローラ様の後ろに安心して隠れるけどなぁ〜」


「ちっ、この駄犬が…」


 調教が足りていないようだとララは懐に手を入れかけるも、返り血塗れのフローラに「早く森を抜けよう」と言われ、とりあえずアリアの調教は後回しにした。


 ちなみに皆に譲渡していた「癒しの護り」はすでにフローラへと戻っている。本来はフローラのための力なのでどうやら長時間分け与えることは出来ないようだ。



「フローラ……本当に無事で良かった…。私にまで癒しの力を掛けてくれてありがとう。無理しなかった?」


 レオはフローラへと近づくと自身が羽織っていたジャケットをそっと肩へと掛ける。そのあまりの細さに、この華奢な身体のどこにあの大剣を振りまわす力があるのかと本当に不思議に思う。



「レオ様!レオ様こそ怪我してないべ?領地に誘っておいてこんな危険な旅路になって申し訳なかっただ。

 それにわたすが癒しの力をコントロール出来たのはレオ様の守護の力のおかげだで、ありがとう!」


 全身を真っ赤に染めてニコニコとお礼を言われては、ただ守られていただけの身としては立つ瀬がないのだが、フローラの祝福の力のコントロールの手助けを少しでも出来ているのならばこれ以上嬉しいことはない。


 二人でこそこそと小声で話し合うフローラとレオの様子を見たリアムはムッとして一歩踏み出すも、それより先に声を上げた者がいた。



「…フローラ嬢。これはどういうことか教えてもらいたい」


 真剣な顔でフローラに詰め寄るイーサンに、場の空気はシンと静まり返る。

 そういえばイーサン様の前で癒しも創造も使ってしまってたなと、うっかりしているところのあるフローラは今更気づく。



「……誰も驚いていないところを見るに、私以外の者はフローラ嬢の力を知っていたということだな。

 トーマス、お前は殿下にお仕えしておきながら一体なにをやっていた?」


「っ、父上、…」



 父親であるイーサンにギロリと睨みつけられたトーマスは、その本気の威圧に冷や汗が止まらない。

 普段は陽気な性格で身体を鍛えることしか考えていない重度の脳筋だが、ひと度騎士団総長としての仮面を被れば国王陛下への揺るぎない忠誠心を胸に、国に仇なす者をバッサバッサと薙ぎ倒すイルド王国最強の男へと変貌する。


「何もないところから盾や階段が出現したフローラ嬢のあの力はなんだ?それに突如として不思議な力が身体を覆ったかと思えば、魔物の黒い液体を弾いてしまった…。祝福の力という言葉で片付けるには余りにも無理がある!!」


「……っ、」


「フローラ嬢がこれほどの力を有していると、陛下はご存知ではない!!ジョージもそうだ!お前はなぜ我々に報告しなかった?

 殿下だって時に判断を見誤る事があるだろう。そういう時にお諌めするのが側近の仕事だ。それを殿下の意に流され追随するなど…このクラーク家の恥さらしがぁ!!!」


 実の息子に向けて放ったとは思えない本気の殺気にビリビリと空気が震える。



「………剣を抜け、トーマス。お前の腐った根性を叩き直してやる。いや……それだけでは息子の仕出かした不祥事に対する責任を取ったとは言えないな。

 よし、お前ごと叩き斬ってやる。来い!!」


「っ!」


「イーサン落ち着け!トーマスには俺が黙っておくよう命令したんだ!理由もある!フローラの力を間近で見た今なら俺の考えも分かるだろう!?」


「殿下、例えどんな理由があったとしても愚息が陛下を欺いたということに変わりはないのです!!

 トーマス!!剣を抜いて掛かってこい!!!」



 こうなってしまったイーサンはトーマスと剣を交えるまで誰にも止められないだろう。この怒り具合ならば本当に息子を真っ二つにしてしまいかねない。


 トーマスが震えながらも目をギラつかせ、ゆっくりと自身の剣を抜いたことで場には一瞬で緊張が走る。


 トーマスだってリアムに対する忠誠心をボロカスに言われて燃えるような怒りを感じていた。

 意に流されというがリアムの意思や考えを汲み取り一度自分の中で消化させた上で、フローラの秘密を陛下には話さないと決断したのだ。

 それを適当に側近の仕事をこなしていると言われるのは心外だったし、なんでも剣で解決しようとする父親の頭が悪い行動心理にも反吐が出る。

 勝算は低いが自分もクラークの一員であり、それなりの剣の腕前だと自負している。

 必ず一太刀は浴びせてやる!と闘志を燃やしたトーマスと、余裕の構えを見せるイーサンが向かい合ったことで惨劇が始まる―――かと思われたのだが。




「ちょっとそれ後にしてもらっていいけ?全身ベトベトだから早く水浴びがしたいだ」



 親子二人の間に流れる緊張感をぶった斬るようにトコトコとイーサンの前にやってきたフローラはおもむろに眼鏡を外す。

 魅了の力を用いてイーサンの記憶を消す算段をつけたフローラにとって、自身の祝福を巡る言い争いはもはや他人事の会話だった。



「あ!ちょっと待て!」


 フローラがイーサンに魅了を掛けるつもりだと察したリアムが制止の声を上げるも、フローラはすでに虹色の瞳を輝かせてイーサンとひたと見つめている。

「よし、やるか」と魅了の力を発動させようとした時―――目の前からいきなりイーサンが消えた。



「?」


 フローラが目をパチパチとさせて視線を下げると、そこには片膝をつき額が地面につくほど頭を下げたイーサンが。


「??」


「フローラ様がティア神様の御使いであられたとは存じ上げず、失礼な態度を取ってしまい誠に申し訳ございませんでした!!」


「???」


「虹色のそのお瞳はティア神様に連なる神聖な存在であらせられる証し。かように貴き御方であるならば先程の御力も納得の一言にございます」



 あまりのイーサンの急変ぶりに周囲は困惑するも、リアムとトーマスはそういえばイーサンは熱心なティア神信奉者だったなと思い出しげんなりする。


 イーサンの信仰心は本物で、国王陛下に忠誠を誓う際「もしもティア神様がこの地に降り立たれたならば私の心、身体、命はティア神様に捧げます」と、つまり陛下は二番手ですと堂々と言ってのけたほどだ。


 イーサンのこの態度にいち早く反応したのはララとアリアだ。



「イーサン様、フローラ様はご自身が特別な存在であらせられると広く公表するおつもりはございません」


「そうですよぉ、我が主は大変奥ゆかしくいらっしゃるので女神由来の御力を周囲にひけらかすおつもりはないのですぅ」


「なんと…、フローラ様の御意志でしたか…!」


「イーサン様はフローラ様のお気持ちを無視して国王陛下に密告なさったりは…致しませんよね?」


「勿論ですとも!!このイーサン、フローラ様の御意志を尊重しここで知り得たことは墓場まで持って参る所存です!!

 トーマス、お前はリアム様のみならずフローラ様にもお仕えしていたのだな!!よくやったぞ!!さすがクラークの男だ!!

 これからもフローラ様の御声に耳を傾けてよくお仕えするようにな!!わっはっはっ!!」




 優秀な侍女達のおかげでフローラは一言も発することなく、なんかいい感じに話がまとまった。


 

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>「勿論ですとも!!このイーサン、フローラ様の御意志を尊重しここで知り得たことは墓場まで持って参る所存です!! > イーサン、お前はリアム様のみならずフローラ様にもお仕えしていたのだな!!よくやったぞ…
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