87 魔の森での戦い
レオは瞳に恋慕の色を乗せてフローラを熱く見つめるリアムを冷めた目で一瞥する。
本当はレオだってフローラの側に駆け寄り本当に大丈夫なのか怪我をしていないか確認して、責任ある大役をこなす彼女を労ってあげたい。
だが、魔物との戦いにおいて重要な要であるフローラの祝福の力をレオの持つ守護で打ち消すわけにはいかないと、必死に自制しているのだ。
そんな人の気も知らずフローラに気安く近寄りデレデレしながら会話を交わすリアムに殺意が湧いたが、イーサンに勘付かれると面倒だったのでなんとか抑え込む。
あれは……リアムのあの顔はフローラに想いを寄せる男の顔だ。本当に忌々しい。
一体いつからなのか…やはり執務室で二人で話した時に感じた直感は正しかったということなのだろう。
まぁ、フローラという少女の存在に深く触れてしまえばその魅力に抗えるはずもないので、リアムが陥落したことに不思議はないが。
ただ、厄介なのはフローラもリアムに気を許しているということ。自分の場合は番フェロモンの助けを借りて今のポジションを得ているがリアムは違う。
純粋に一人の男として向き合った結果、フローラに認められその心を占める存在となりつつあるのだ。
レオはその事を少し羨ましいと思ってしまう。子どものような言い草かもしれないが、自分はズルをしてフローラに近い立場を手に入れたのだと引け目を感じている。この引け目にいつか足元を救われそうな気がするな…と考えたところで、今考えることではないと首を振る。
今は自分に出来ることをするだけ。フローラが自分の身を守ることを優先しろと言うのならば、リアムを守りながらいつでも退避出来る準備をしておくことだ。
あとは冷静に状況を分析することも大事で、レオにはフローラに厄災の話しを聞いてからずっと考えていたことがあった。
それはルルーシュはどこにいるのかということ。
レオにはルルーシュの役割とブラウン領の厄災には繋がりがあるように思えてならない。
レオは依り代であるくまのぬいぐるみをタウンハウスに置いてきてしまったことを今更ながら後悔した。
一度依り代として定着させてしまえばば変更することは出来ないらしく、つまりイアフスと話したければあのファンシーなくまのぬいぐるみが必要となる。
馬にぬいぐるみを括り付けて行けばリアム達にどんな目で見られるか分かったものではないと自分のプライドを優先してしまったことをレオは真剣に後悔するも、そういえばフローラはティアと夢の中で会話が出来たなと思い出す。
だが、すべてはフローラの村へと無事辿り着いてからの話しだ。
あらかた血を拭い終えたフローラの準備が整ったので今度こそ全員で森へと入ることになり、レオはより一層気を引き締めた。
***
リアム達は示された道を一列になり脇目も振らず馬を爆走させていた。
森に一歩踏み込んでみてわかったが、ここは―――異常だ。
身体にねっとりと纏わりつく何かがあって不快な気持ちになるのだが、一瞬でも気を許せばそれに取り込まれそうな…受け入れてしまいそうな抗えない力があって、きっとこれがフローラの言っていた『生き物を狂わせる何か』だ。この力を受け入れたら最後、狂った人間兵器になってしまうのかと思えば恐ろし過ぎる。
フローラの姿は見えないが一心不乱に馬を走らせている今も、前で後ろで左右で上空で、肉を切り裂く音や魔物達による耳をつんざくような断末魔、ビシャアッ!!と血の滴る音があちらこちらから聞こえた。
フローラは周囲の木々を利用して、言い方は悪いが野生の猿の如く森の中を縦横無尽に飛び回り魔物を討伐しているのだ。
実際に初めて目にしたフローラの身体能力は控えめに言っても化け物で、進行方向右側から魔物の最後の咆哮が聞こえたかと思えば、上空から黒くでかい鳥の魔物が数体ドサドサと落ちて来たり、その直後には後方に迫ってきていた二メートルはあろうかという熊?の魔物を大剣で切り裂いていたりする。
三百六十度の視野を持っているとしか思えない咄嗟の判断力、瞬発力、圧倒的強さでリアム達の周囲に魔物達を一切寄せ付けず、レオはおろか、援護にまわるように言われていたイーサンとアリアの出番すらまったくなかった。
その中でもララはイーサンが走らせる馬の後ろに乗せてもらいながら弓を引き続けている。
バシュンッ!!というあり得ない音を出しながら放たれた矢は見事鹿?のような魔物に当たった。矢の行方を確認し魔物に命中したことを見届けるとすぐさま次の矢をつがえる。森に入ってからずっとこの調子なので、威力の高い弓をひくララの指は皮が破れ血まみれだった。
イーサンもアリアも当初は弓を用いての討伐に加わっていたのだが、馬を走らせながらという理由もあるが、予測不能な動きをする魔物に矢を当てることがまったく出来ず、そうこうしているうちに風の如く現れたフローラがさっと魔物を斬りつけ去っていくので逆に危ないと判断し、今は馬を全力で走らせることとリアムの護衛だけに集中することになった。
魔物の動きを先読みし百発百中で矢を当てるララの腕前はさすがとしか言いようがなく、アリアは悔しい気持ちで魔物の特徴や動きを必死に頭に叩き込む。
十五分ほど森の中を走っていると、上空から降り立ったフローラが隊列に並走しながら話しかけてきた。
「あらかたの魔物は狩った!!そろそろボスが出てくるはずだ!!ボスが出たら一旦停止!絶対に動くな!」
走りながら端的に指示を飛ばすフローラは魔物の返り血で全身ぐしょぐしょだった。
リアム達が目視で確認出来た魔物の数は百を超える。フローラの姿が見えないところでの戦闘もあったのでその数はもっと多く、それだけの魔物を倒せば納得の染まり具合だった。
「っ、フローラ様!!お怪我は!?」
癒しの力のおかげでフローラが傷つけられることはないと分かってはいても、ララはその身を心配せずにはいられない。
「大丈夫だ!少し数が多いけど雑魚ばかりだで!でもこういう時のボスは注意したほうがいい!!」
フローラはそれだけ言うと先頭を走るイーサンの馬を抜き去り、誘導するように道の前方へと躍り出る。
あれだけの身体能力を見せられた後では馬より速く走るフローラの姿を見たところで何の疑問も浮かばない。慣れとは恐ろしい現象だ。
「…ララ殿、ボスとはなんだ?」
イーサンが後ろに乗るララに緊張が含まれた声で問い掛ける。
「ボスとは“門”が開くたびに現れる最後の魔物のことです。門の扉は中の魔物が空になるとひとまず閉まり、また魔物を生成していると考えていますが、最後の魔物はいつも異形の姿をしています。おそらく…周囲の魔物を喰らいながら自分の出番を待っているのかと」
「ぅぇ〜〜!?」
話しを聞いていたアリアはあまりの悍ましさにおもわず声を上げてしまう。
最後の魔物は異形の姿をしているというが、今まで出てきた魔物だって十分グロテスクな姿形をしていた。原型となった動物の面影を若干残してはいるが、全身真っ黒なうえ白目も黒く塗り潰されているので本当に黒い顔の化け物が襲ってきているとしか思えず、悪夢として夢に出てきそうな恐怖映像だった。
しかも口だけは赤い塗料を流し込んだかのように鮮やかな朱色をしており、その黒と赤の対比が余計に恐怖を煽ってくる。そして身体の大きさは魔物によってまちまちだったが比較的大きな個体が多かったように思う。
そんな魔物達以上に異質なボスがこれから現れると……?
リアム達にはさらなる緊張が走ったし警戒を怠ることもなかったが、たとえボスなる存在が現れようとも大丈夫という、心のどこかに絶対的な安心感があった。
そう―――フローラがあまりにも強すぎたのだ。
リアム達に被害が一切なかっただけでなく、フローラ自身もまったく危なげなく魔物を討伐する姿は余裕があるとすら思えるほど。
身の危険を感じる間もなく見えないところでフローラが魔物達をバッサバッサと斬り倒していくので、こちらとしては森の中をただ真っすぐ馬を走らせているという感覚しかなく、ギャアギャアという魔物達の不快な鳴き声が聞こえなければもうこれはただの馬の散歩だった。
そして事切れた魔物が灰となって消えてしまうのも現実感が薄れる要因の一つとなっている。魔物に殺された人は灰になってしまうとは聞いたが、魔物自体も死ぬと灰になるのかと驚いた。
空気中にサラサラと消えていく魔物を目の当たりにすると、これは本当に現実なのか?白昼に見た悪夢なのでは?と現実逃避したくなってくる。
その時、前方を走るフローラから「止まれ!!」という鋭い声がかかりリアム達は一斉に手綱をひく。
馬達はヒヒンッブルルと落ち着かない様子を見せたが、声を掛けたり首元を撫でたりしてなんとか落ち着かせる。
リアム達が前方に目を向けると、大剣を握りながら真っすぐ立つフローラの背中が三十メートルほど先に見える。
ボスが現れたのかと思い周囲を見渡すもシーンと静まり返った森に大きな生き物の気配はない。
困惑するリアム達をよそにフローラは一切動じることなくひたすら前を見据えた。
「―――来る」
フローラがそう一言呟いた後、信じられない光景が眼前に広がった。
お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!




