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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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85/122

85 自分の領地の問題だから


「あのぉ、先程のフローラ様の二択ですけどぉ、フローラ様と行動を共にすれば命の危険に晒されるというのは、“鍵”であるフローラ様のお側にいると魔物に襲われるからという意味ですよねぇ?

 では、フローラ様と別行動をした私達がまぁまぁ危険な目に遭うっていうのはどういう意味ですかぁ?」



 アリアはララから領地の危険性について以前聞かされたことがあったが、まさかこれほどの…命が脅かされるレベルの危険が日常に潜んでいるとは思っておらず、主であるフローラの献身に頭が下がる思いでいっぱいになりひれ伏したくなったが、ずっとお側にいるのだと決意したからにはここで無様に狼狽えるわけにはいかない。とにかく現状把握だ、と疑問を口にする。



「魔の森には生き物を狂わせる何かがあるだ。ぱっと見た限りでは豊かな森に見えてしまうから、隣国からの不法入国者とか、盗賊かぶれの破落戸達が潜んでることが多くてな。

 でもそいつらは例外なく狂ってしまうだ。どれだけ痛めつけようとも自分が死ぬまで襲ってくる人間兵器になるだで、わたすがいなかったらそいつらに襲われるからまぁまぁ危険だって意味だど」


「「「「「……」」」」」



 もはやブラウン領は平和ボケした安全な田舎の領地などではない。イルド王国一危険な戦闘地域かつ、防衛の要である最重要地であると言える。


 周りはガヤガヤとうるさいくらいに騒がしいというのに、フローラ達のテーブルだけは針が落ちた音すら聞こえるのでは?というほど静まり返ってしまった。



「みんなどーしただ?わたすがいればなんも心配いらね、みんな必ず守るだ。そうさな、魔物の数はちょっと多いかもしんねけど、一緒に行動するほうが安全かもしれねな。よし、明日は一緒に行こう!」



 二択に答えが出て満足したのか、フローラは大きな器に盛られたシチューを美味しそうにパクパクと口に運んでいる。もはやフローラ以外のメンバーに食欲などないからどんどん食べてくれと言いたい。


 ご満悦な表情で気持ち良く食べ進めるフローラをぼんやりと見つめながら、責めるように投げつけた自身の言葉をリアムは恥じていた。



『お前の祝福があれば誰も手出し出来ないことくらい分かってるっ、でも感情は別だろう!?

 不安や恐怖、心細さを感じる心はあるはずだ。

 それに俺がフローラを心配する気持ちまで切り捨てるのはやめろ!

  お前は……、フローラは一体いつから自分に向けられた悪意にこれほど鈍感になったんだ…?』



 今の話しにあった生活が日常であるならば、フローラが不安や恐怖、心細さを感じる暇などなかったはずだ。

 迷いや恐れが領民の死に直結してしまうなら自分の心など躊躇いなく殺す決断をするのがフローラだ。

 好きで悪意に鈍感になったわけじゃない、そうせざるを得なかったから自ら捨てただけ。


 安全な王都にいて何も知らずただ守られていただけの自分が言っていい言葉ではなかったと…リアムは本当に恥ずかしく思い、それと同時に悔しいとも思った。

 過去の王家の判断を愚かだと断ずることは出来ない。政治的に重要でない領地からの真偽の怪しい要請に対する反応はそんなものだろう。

 内容が内容なだけに一応確認には向かったようだが苦労して遠い領地に赴き何も出て来ないとなれば、とんだ無駄足だったと当時の役人は怒りを露わにしたのかもしれない。ここの領主は虚言癖がある、なんて思われた可能性すらある。


 リアムはフローラという少女の規格外の強さや、ちょっと倫理観がずれているところ、だが真っすぐで嘘をつかない正直な人間性をよく知っているからこそ、こんな突拍子もない話を信じることが出来ただけだ。

 今回ブラウン領へ赴く決断をしなければいつまでもこの現実が闇に葬られたままだったわけで、そのことにリアムはとても恐ろしくなった。


 今更手を差し伸べようともすでに手遅れであり、何を都合の良いことを…!と言われてしまうかもしれないが、王家の人間として必ず過去の罪と向き合うと決意する。

 

 ふと、フローラが食事の手を止め自分を見ていることに気付いたリアムは「どうした?」と尋ねる。



「いやー、リアム様は本当に真面目だなーと思ってな。誰の責任とか誰が悪いとか、厄災はそういうのじゃねーんだ。

 たまたまうちの領地で厄災が発生してしまったから、それをみんなで力を合わせて退けた、それだけのことだ。

 自分の領地で何か問題が起きたら、きっと他の領主様だってそうするべ。だからこれはうちの領地の問題であって王家は関係ねえ。

 でも、リアム様がそう思ってくれることは嬉しいだ。ありがとう!」


「!!?!?…お前…!!!?」



 千里耳を発動していたフローラに自身の心を読まれたことに瞬時に気付いたリアムは、顔を真っ赤にしてフローラを睨みつけるもニコニコと無邪気な笑顔を見せられては怒るに怒れない。

 急な話題にイーサンだけ不思議そうな顔をしていたが、アリアなんかは分かりやすく生暖かい目をリアムに向けニヤニヤしている。



「………じゃあ明日は全員でフローラの領地に向かうとして、魔物に遭遇した時に何か気をつけることはある?」 



 レオだってフローラの抱えているものの重さに胸が締め付けられたが、「大変だったね」といくら言葉で労ったところで何の救いにもなりはしない。大事なのはフローラの領地を、魔物防衛の要をこれからどう守っていくのかということ。

 そのためにも未知なる魔物について少しでも情報を得ておきたい。



「基本的に魔物はわたすが倒すだ。領地にいた頃は討ち漏らしを父様やララにお願いしていたけんど、今回はその役目をイーサン様とララとアリアにお願いするだ。リアム様とレオ様とトーマス様は手を出さないでほしいだ」


「っ、なぜ?私だって鍛えている方だよ?トーマスも武の家系で育ったたから剣の腕前は中々だし…殿下は前に出ない方がいいという意見には大賛成だけど」


「おい」



 さりげなく剣の腕前を貶められたリアムが腹立たしげな声を上げレオを睨みつける。王宮で学んだ教科書通りのおキレイな剣術と言われればそれまでだが、お前達みたいに鍛えることしか頭にないやつらと一緒にするなと声を大にして言いたい。



「うーん、初見で魔物を退治するにはわりとセンスがいるでなぁ…。イーサン様とアリアでギリギリのラインだと思うだ。怪我したら痛いど??」


「っ、……わかった。今回は大人しく殿下の護衛に回るよ」


「おい!お前の護衛なんかいらないな!」



 暗に癒しの力で怪我を治すことは出来るけど、怪我した瞬間の痛みはあると心配されれば大人しく引き下がることしか出来ない。レオはフローラの負担になりたいわけではないのだから。リアムがまたギャアギャアと喚いているがサラッと無視する。



「イーサン様とアリアも無理はしなくていいだ。ララの援護に回るつもりでいてほしい。

 あと、魔物の血には絶対に触れちゃだめだど」


「えっ!?なんでですか!?もしかして触れたら溶けちゃう…とかですか!?もちろんそんなヘマはしませんけどぉ!魔物怖すぎません!?」



 アリアは影時代の任務中に私情を挟んだことはなかったが、幼少期に体験した火事の影響で実は火が苦手だった。

 打撲や斬られることに抵抗はなくとも絶対に火傷だけはしたくないアリアにとって、魔物の血液に肌を溶かす作用があるのかないのかは切実な問題である。



「まさか!魔物といってもちょっと見た目と大きさが違うだけのただの凶暴な生き物だ。血の色はもちろん赤いし急所を狙えば死ぬ。まぁ、なるべくって話だ」


「そうですかっ…。はぁい、分かりましたぁ〜」


「承知した」



 イーサンは最初からフローラをただの小娘だと侮ってはいない。むしろ最強の戦闘力を誇るフローラを尊敬すらしているので、援護に回るよう言われたことに素直に応じる。

 相手の力量を測り間違えることもないし必要に応じて自身のプライドを捨てることだって出来る、こういう柔軟で臨機応変な対応が取れるところもイーサンの強さの秘訣なのかもしれない。



「ふぅ、お腹いっぱいだぁ〜。あれ?みんなご飯ちゃんと食べたけ?もしかしてわたすが全部食べちゃっただ?」


「あ、ううん。そこはまったく気にしなくていいよ」


「そうけ?」



 一人だけ通常運転のフローラ以外、明日対峙するであろう魔物について様々な感情が溢れ食事どころではない。


 今にも寝てしまいそうなフローラがララに連れられ部屋に戻るのを見届けるも、残された男達はとうてい眠れる気がしなかった。本当にフローラが大物すぎる。





 ―――しかし眠れぬ夜を過ごそうが爆睡しようが、誰にとっても平等に日は昇る。



 今日、ついにフローラの領地へ向け出立する。


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― 新着の感想 ―
本当に、面白くてお気に入りの作品です。フローラのキャラが大好きです。続きが待ち遠しくて、最近は朝起きるのが楽しみです(笑) 素敵な作品をありがとうございます。
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