83 むずかしい気持ち
フローラはどこかぼんやりした様子で川べりに座りながら水をちゃぷちゃぷとさせ、昨日リアムに言われたことを考えていた。
出来ることを自分でして何が悪いのか。
むしろ手を煩わせることなく一人で処理してえらいぞと褒められる場面なのでは?
領地では何かあれば皆フローラにあれこれ言ってくる。頼られることは嫌いではないし、フローラが対処しなければ被害が大きくなるのだからやるしかない。
そこに誰かに相談する、とか意見を聞く、だとか余計なやり取りを挟む余地はなかった。
でも―――
『俺がフローラを心配する気持ちまで切り捨てるのはやめろ!』
この言葉を吐いたリアムの心の中はもうぐちゃぐちゃだった。強い怒りやフローラに対する不信感、いっそのこと嫌いになれたらラクなのにという心の声まで聞こえてきて、これ以上勝手に聞いてはいけない気がしたフローラが千里耳を切ろうとした時、リアムの一番根っこにある想いに気づく。
それはフローラを守りたいと願う偽りのない気持ち、大事なことを話してくれなかったことへの寂しさ、頼ってもらえない自分を不甲斐ないと責める感情まであり、なぜかこちらの胸までひどく締めつけられた。
わたすが間違っていたのだろうか…。とりあえず相談すれば良かった?でもそういうことじゃない気もするだ……とフローラは一人悩む。
「フローラ」
「…レオ様」
実はレオはつい先程、子爵邸での未遂事件を聞いたばかり。リアム達を屋敷に残して自分達だけ先に出発するなど何かあったに違いないと、休憩ポイントに着くやいなやララを問い詰め話しを聞いたのだ。
正直、悔しい気持ちはある。
ララに促されたからとはいえフローラは自分には何も教えてくれず、リアムにだけ相談していたのだから。
ララ曰く「くそばば、夫人に狙われているアンダーソン様に不快な思いをさせたくないというフローラ様のお心遣いゆえ」とのことだったが、好きな女の子に守られている事を知らずにグーグーと寝ていた自分が情けない。
だが、今は昨日の自分を後悔するよりも目の前で落ち込んだ様子を見せるフローラを労ることのほうが大事だ。レオはフローラの隣に腰掛け優しく話し掛ける。
「ララに聞いたよ。殿下に言われたことを気にしてるんだって?」
「んだ…。レオ様もわたすに失望しただ?」
「まさか。私はフローラの決断を尊重するよ。フローラが話す必要がないと判断したならばそれはきっと正しいのだろう」
「リアム様とまったく正反対なことを言うんだべな…」
リアムは些細なことでも共有し自分に頼れと言うし、レオはフローラのやることを信頼しすべて任せると言う。これでは何が正しいのか余計に分からない。
「難しく考える必要はないよ。殿下も私も根底にある感情は同じなのだから」
「同じ?」
「そう、殿下も私もフローラのことを大切に想っているということは変わらない。
殿下はフローラを傷つける可能性のあるものを近づけさせたくなくて、つい過干渉気味になってしまうんだろうね。時には感情的になって強い言葉で詰め寄ることがあるかもしれない。
でもそれはフローラを守りたいという強い気持ちから来ているもので、決してフローラに失望したとかじゃないから安心して」
「……」
「私の場合はね、フローラを心から信頼しているという理由もあるけれど、フローラがこれまでに培ってきた生き方を否定したくないから一人で悪意に立ち向かおうとするフローラの意思ごと受け入れたいんだ。もちろん頼ってもらえるのならば全力で応えるだけの甲斐性はあると自負しているよ」
いたずらっぽく笑うレオには大人の余裕というか、とてつもない包容力があり、迸る男らしい魅力にまたしてもアリアが被弾した。
胸を押さえてうずくまるアリアにララは汚物を見るかのような冷たい視線を向ける。
残念ながらフローラに大人の魅力とやらはいまいち伝わらなかったようだが、レオの話を聞いているうちにフローラはどこか吹っ切れた気持ちになってきた。
「わたすにはリアム様に心配してもらえて嬉しい気持ちと、レオ様に信頼してもらえて誇らしい気持ち、両方あるだ。どちらも大切にしたい気持ちだ。
だからわたすがこれからどうしたいかはゆっくり考えることにするだ!」
「それでいいと思う。急いで答えを出す必要はないよ」
フローラとレオが穏やかに笑い合っていると数頭の馬が駆ける音が聞こえてきた。どうやらリアム達が到着したようだ。
「っ、フローラ!」
「リアム様!」
馬をイーサンに預けたリアムが川べりまで駆けてくるのを見たフローラも立ち上がる。
「っ、フローラ…、昨日は…一方的に怒って悪かった。責めるような言い方をしてしまったのに結局魅了の力を借りたし……これじゃあフローラが俺に頼る気が起きないのも当然だ」
「それは違うべ!リアム様に頼りたいことはちゃんとお願いしたし、ただ…わたすのことまで頼っていいのか分からなかっただけなんだべ。
本当にそんな発想すらなくて、でも、リアム様に心配だって言われて胸がポカポカしてあったかい気持ちになっただ。
わたす、本当は誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれないって、ちょっと思っただ…」
「フローラ…」
「わたす、人に頼るってこと、本当の意味では分かってねのかもしれねけど、わたすのことを大事に想ってくれている人がいるってことは忘れないようにするだ」
「そうだな…。そうしてくれると助かる」
そう言ってほっと笑ったリアムはフローラの手を取ろうとするもレオに阻止されたりと、それからはいつものわちゃわちゃとした空気に戻った。
ララは憂いなく笑うフローラの笑顔を見て安堵しつつも、どうしても湧き上がってくる寂しさを隠せない。そんなララの異変にすぐ気付いたのはアリアだ。
「ララ先輩どうしたんですかぁ?親離れする子を見送る母親のような目でフローラ様をじーっと見ちゃって」
「あんたねぇ…!」
心境としてはとても近いものがあるが、主を子ども扱いするとはまだまだ侍女としての心構えが出来ていない。指導的調教の態勢に入ったララを見たアリアは慌てて取り繕う。
「冗談ですよぉ!!ただ、なんか寂しそうだな〜って気になっちゃって」
「…」
「フローラ様に自分以外に頼れる人が出来るなんて嫌だ〜〜ってところですか?」
「……違うわ。私は頼られたことなんて、ないもの…」
「え。あれほどララ先輩に付きっきりでお世話してもらってて、それを頼ってないって言うのは無理がありません?」
「本当に違うのよ…。フローラ様は私が側にいる意味を与えて下さってるだけ」
ララがフローラの家で侍女見習いとして暮らし始めた頃はなんとかお役に立とうと必至だった。ここにいてもいいんだという理由が欲しくて、追い出されたくなくて、毎日アンナやフローラの周りをうろちょろしては率先して仕事をこなした。
今思えば、フローラ達は自分を追い出すような人達ではないと分かっていたにも関わらずなぜあんなにも必死だったのか不思議で仕方ない。
たぶん、理屈じゃなかったのだ。
唯一の肉親であった祖母を亡くし、(母親の存在はすでにララの中から存在を抹消されている)フローラ達しか頼れる者はないという不安定な立場で縋るべき確固たる地位が欲しかった。
フローラはそんなララの不安に気づいてくれた。アンナも、ダンも。
ある日を境にフローラはララに甘えるようになったし、そんなフローラをアンナは「仕方ないわね〜」と言いながら黙認した。
ララもフローラには自分がいないとだめなんだと思えることで徐々に落ち着くことが出来た。
今もフローラは私生活や学園で自分を頼ってくれてはいるが、それはきっとララのためだ。一人でやろうと思えばなんだって出来る御方なのだから。
こういう生活が長年続いているのでフローラももう無意識にやっている節があるが、結局二人の関係はララの一方的な依存という言葉で片付く。
「だから、本当は……去っていく母親を未練がましくいつまでも見つめ続ける子ども、が正しいのよ」
「ララ先輩…」
フローラに真に頼れる人間が出来たとしたならば、依存するだけの自分の存在は邪魔になるだけだろう。
近い将来自分から手を離すべき時が来るのでは…そんなことを考えて、フローラに大切な人が出来ることを素直に喜べない自分は侍女失格だ。
ララがアリアに複雑な気持ちを吐露すると、あっけらかんとした返事が返ってきた。
「えー、フローラ様に大切な人が出来ようが結婚しようが関係ないですけどぉ?だって私ペットですしぃ?お相手の男性に嫌がられたとしても関係なく嫁ぎ先までくっついて行きますよぉ〜!」
「はぁ!?」
「だってぇ、フローラ様は私のことだって大切に思って下さってますもの、どこに着いて行っても邪険にされない自信があります!!
新入りの私がこれほどフローラ様に愛されていると実感しているのに、ずっとお側にいた先輩がフローラ様の愛を信じないんですかぁ?」
「っ、」
「フローラ様のためにぃ〜とかご迷惑になるかもぉ〜とかそんなちっちゃいことうじうじ悩む必要がないほどフローラ様はララ先輩のこと大好きだと思いますよ。周りから見たらただのバカップルですからねぇ?ララ先輩はどしんと腰を据えてフローラ様の一番近くのポジションを死守してればいいんですっ」
アリアは清々しいほどに自分勝手だったが、ララの心にこれほど突き刺さる言葉はなかった。
そっか…例え今の関係性が私の依存で成り立っているとしても別に構わないんだわ。
だって―――疾うの昔にこんな私をフローラ様は受け入れて下さったのだから。
「そうね……私が遠慮する必要なんてなかったんだわ…。フローラ様と私の間に入り込もうとする奴なんか蹴散らしてやればいいのよ!!」
「えー」
ララが元気を取り戻してくれたことは良かったのだが、アリアはフローラの恋愛を邪魔するつもりは一切なかったので、とりあえずリアムとレオに対し心の中でご愁傷さまでーすと謝罪(?)しておいた。
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