82 後始末は適当に
リアムは目の前で繰り広げられる子爵とサリーの修羅場をよそに、昨日ララに言われた言葉を思い返していた。
『王家に?どういうことだ』
『……わたくしの口から申し上げることではありませんでした。申し訳ございません…。
わたくしだってそこにある日常を当たり前のものとして享受してきた身……、結局は同罪なのですから』
『……』
『王太子殿下がこの度フローラ様の領地を訪れること、ティア神様の思し召しなのかもしれませんね。
どうぞ、ご自身のその目で現実をご覧になって下さいませ』
「………」
ララのあの憎しみが込められた瞳は自分に何を伝えようとしていたのか。
フローラの領地に行って何が分かるというのか…。
ブラウン領で過去に隣国との戦やいざこざなどが起き、王家や騎士団が介入したという歴史はない。
人口は減少傾向にあり今現在は百名ほどの村民が暮らしている。
いまだに村では物々交換で食料や生活用品のやり取りをしているらしく、貨幣に触れる機会が少なかったフローラは王都に出てきて買い物が一番困ったという話を聞いた時は、王都からだいぶ離れているとはいえ、貴族が治める領地がそれほど貧しいなんてことがあるのかと驚愕したものだ。
ブラウン領に特筆した収入資源があるわけでもないので大した税収も期待出来ず、王家にしても領地を増やしたい貴族にしても「いらない土地」呼ばわりされている。
ではどのようにしてわずかな収入を得ているのかというと、ブラウン領は広大な森を有しているので木々の伐採・加工が盛んであり、隣町に(隣町といっても馬で半日はかかる)炭や木材を卸して生計を立てているらしい。
日々森に入って木を倒し、退屈だが穏やかで平和な毎日を送る村民達の日常のどこに王家の出番があるというのか……。
「―――リアム様?一通り尋問は終わり、夫婦仲はすでに修復不可能な状態まで追い込みましたけれどいかがなさいますか?」
トーマスに声を掛けられハッとしたリアムは目の前で繰り広げられている惨状に意識を戻す。
夫人の髪の毛や服装はボロボロで左頬が赤くなっており、どうやら逆上した子爵に胸ぐらを掴まれ叩かれたことが窺える。だが強かな夫人もまったく負けておらず、叩かれたお返しとばかりに殴られた子爵の両頬はパンパンに腫れ上がっていた。
「り、離婚だ!!こんな女だとは思っていなかった!ソフィアを連れてどこへでも行け、このアバズレ暴力女が!!」
「なんですって!?あんたがデブで身分しか魅力のないクソつまんない男だから私が欲求不満になるんでしょうが!!それにソフィアはたぶんあんたの子どもだって言ったでしょ!?」
「たぶんって何なんだよ!!おかしいだろ!!その時点でお前のことなど信用出来るか!!」
どうやら嘘がつけないようだと気付いたサリーの開き直りは潔いと感じるほどで、両者睨み合いの白熱の第二ラウンドに突入するかと思われたが、これ以上しょうもない茶番に付き合う義理もないのでリアムはトーマスに二人を引き剥がすよう指示を出す。
「離縁なり賠償請求なり殴り合いなり後で好きにやるといい。だが、未遂に終わったとはいえその罪人が昨日犯罪に手を染めた時点ではまだ子爵の妻だ。
そもそもその女は謹慎処分中ではなかったか?よって監督不行き届きの罪は子爵にある」
子爵が罪に問われると聞いてサリーはざまぁみろとほくそ笑むも、ニヤついていられたのはそこまでだった。
「おい、穢らわしい罪人。俺の最愛に手を出そうとしたこと地下の牢獄で一生後悔するんだな」
「え……牢獄!?一生!?」
子爵がすべての罪を請け負うのだと勘違いしていたサリーの顔は絶望に染まる。いつの間にか部屋に入ってきていた騎士に腕を取られ連行される間も「なんで私が!!あんな不細工な小娘一人どうなろうが別にいいじゃない!」と聞くに堪えないことを喚き散らし、騒がしいことこの上ない。
あの女は嘘がつけなくなっていたな…取り調べで馬鹿正直にフローラに媚薬を盛ろうとしました、なんて喋られてはたとえ未遂だろうと外聞が悪い。
リアムは騎士を引き止めると感情のこもらない声で命令を下す。
「その女の声を潰しておけ」
「はっ」
一番許せないあの女の処罰は済んだ。王宮の地下にある一級犯罪者のみが収容されている監獄に放り込むよう伝えているので、もう二度と会うこともないだろう。
監獄から出て陽の光が浴びられるのは死んだ時のみ。牢獄での過酷な環境を鑑みれば、平民とはいえ裕福な商会のお嬢様育ちの女がいつまでも耐えれるわけもなく、案外早く外に出れそうだなとリアムはどうでもいいことを考えた。
もう一人いる騎士に子爵の見張りと執事の脱税の証拠を探すように伝えたリアムは、もうこんな場所に用はないとばかりに部屋を出た。その後ろをイーサンとトーマスが付き従う。
フローラ達とレオには先に出立してもらっており、次の休憩ポイントで落ち合う手筈になっている。
フローラが肉体・精神共に強靭であることは十分知っているが、なるべく人間のドロドロとした部分をこれ以上見せたくないと思ってしまうのはきっとリアムの自己満足なのだろう。
結局、サリーに一番効果的な地獄を見せるためにフローラに魅了の力を貸してもらったし、そもそも事件発生を未然に防げたのもフローラが警戒し千里耳を発動していたおかげ。
リアムは「守る」という言葉がいかに口先だけのものか今回の出来事を通して痛感してしまった。
だが、ここで諦めるつもりはない。
フローラが当たり前の感情を取り戻せるようになるまで側で支え続ける。王家も何かしらの関わりがあるというのならば尚の事。
フローラのことを心配している者がたくさんいるということ、周りにもっと甘えてもいいのだと、自分を蔑ろにしないでほしいと、フローラにこれからも伝えていく。
そのためにもフローラの領地について知る必要があるようだ。早く合流地点に向かわなくては…とリアムが足を速めたところでソフィアに出くわす。
「あっ王子様〜〜!おはようございますっ。今から朝食ですか〜〜?ソフィアもご一緒しますっ!」
相変わらず幼子のようなドレスを来たソフィアは両親のあれこれを知らないようだ。
ソフィアはフローラを邪魔だと思っていたようだが犯罪行為には加担していなかったようなので見逃すことにしたのだが…母親とは一生会えず、子爵にも自分の子であるか分からないと疑われている状況でこれまでと同じような生活が送れるはずもない。
リアムにとってどうでもいい存在ではあるが、親の都合に振り回された被害者の側面もあるソフィアに対し一言だけ告げる。
「お前はちゃんと自分の考えを持って行動しているのか?母親に同調していれば楽だったかもしれないがこれからはそうもいかない。自分の発言に、行動に責任を持てる人間になれ」
「え………?」
ソフィアはポカンとした顔でリアムの話を聞いており、とても理解しているようには見えなかったがそれでもいい。
リアムの言葉を受けてどのように変わるのかそれとも変わらないのかはソフィア次第で、すでにリアムには関係のないこと。
余計なことに時間を取られ過ぎてしまったとリアム達は手早く準備を済ませ、急いでフローラ達の後を追った。
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