81 容赦のない報復
翌朝、子爵は狼狽えた執事によって叩き起こされた。
「旦那様…!た、大変です!!」
「んむ…?なんだ朝っぱらから……」
昨夜は地獄の晩餐を終えた後もリアムが滞在する屋敷で何かあってはいけないと警備にも気を抜けず、子爵自ら周辺の見回りをしたりと遅くまで活動していたため就寝したのは明け方だった。
それでもリアム達が出立するまでまだ少し時間があったはず…と思いながら眠い目を擦りつつ執事の報告を聞いた子爵は、一瞬で覚めるを通り越して気を失いそうになった。
***
子爵が転がり込むようにダイニングルームに入室すると、リアムが新聞を読みながら一人優雅にティーカップを傾けているところだった。その後ろにはイーサンが控えている。
いわゆる誕生日席に座るリアムは寛いだ姿が様になっており、この屋敷の本当の主人よりもよっぽど貫禄があった。そして畳んだ新聞をパサリとテーブルに置くと徐ろに話し出す。
「さて…。子爵は昨夜何があったのか把握しているか?」
「い、いえ…!先程軽く報告を受け急いで参った次第でして…!なにやらうちの妻が大変なご迷惑をおかけした、とか……?」
「ふっ、ご迷惑ねぇ?」
リアムは馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お前の妻がフローラに怪しげな薬を、いわゆる媚薬を飲ませて酩酊したところを下男に襲わせようと計画したこと、果たして迷惑なんて言葉で片付けられるかな?」
「は………、!?」
理解不能な言葉を吐かれさすがの子爵も顔を歪める。
そのように卑劣な行為がこの屋敷で行われようとしていたこと、そしてそれを妻が主導したなど…とうてい信じられない話しだ。
割と常識人な子爵は、フローラと同じ年頃の娘を持つ母としてサリーがそのような卑劣な犯行に及ぶはずがないと思ったし、それに媚薬だなどというどこで手に入るのかも分からない、いかがわしい薬品を貞淑な妻が持っているわけがないとも思った。
ならば考えられる可能性はリアムの勘違い―――もしくはフローラの妄言。
「恐れながら!!私の妻は貞淑な女性であり、自分の娘と変わらぬ年頃の女の子にそのようなおぞましい犯罪行為を行うなどありえません!!
サリーが犯行に及んだという証拠はあるのですか!?」
後から冷静になって考えてみれば王太子殿下の物申すことにきつく異を唱えるなど自殺行為に等しかったが、この時の子爵は愛する妻が嵌められたという怒りで頭に血が上っておりそのようなことを考える余裕はなかった。
「証拠か。いいだろう」
子爵とは対称的に余裕の態度のリアムがスッと右手を上げると、イーサンが素早く動いてダイニングから調理場へと続く扉を開ける。
するとそこには手を後ろに縛られ猿轡を噛まされた状態のサリーがトーマスに身柄を拘束され立っていた。
「サリー!!?」
子爵が慌てて駆け寄るもトーマスに制止されてしまい、愛しい妻を助けることが出来ない。
「殿下!!どういうおつもりですか!?確固たる証拠もないというのにこの扱いはあまりにも非道です!!」
旦那が自分のため勇敢にも王族に立ち向かってくれているというのに、声を出せぬサリーの表情はどんどん青ざめ強張っていく。
「さて、その女の話しを聞いた後も同じことが言えるかな?」
リアムの言葉を受けたトーマスがサリーの猿轡を乱暴に外す。
「あっ、あなた!違うの、違うのっ!!」
「夫人、質問に正直にお答え下さい。あなたは昨夜フローラ・ブラウン嬢に媚薬を盛り、男達に襲わせようと画策しましたか?」
「はい、しました。…っ!!!いえ、これは、そのっ!!」
「ブラウン嬢を陥れた後、あなたは何をするつもりでしたか?」
「レオ様の寝室に行って大人の女性の魅力を教えて差し上げようと思っていました。…!?〜〜っ!!」
「は!?サリー!?」
「随分と手慣れているのですね?」
「これまでも旦那様の目を盗んで気に入った町の男達と逢瀬を楽しんで来ましたから。………………っ!」
「え………」
トーマスの質問にスラスラと答えた後、自分が口走ってしまった内容に信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべるサリー。そして話しの内容にショックを受ける子爵。
「これが貞淑とは笑わせる。あのソフィアとかいう娘も本当に子爵の子どもか怪しいもんだな」
「ソフィアはタイミング的に旦那様の子で間違いはないはずです、たぶん。っ!!あなた!違うの、これは、………!」
お察しの通りサリーはフローラに魅了をかけられ済みで、その暗示内容は「今後一切嘘をついてはいけない」というもの。
サリーは無意識の内に聞かれたことに真実だけを話し、後で我に返り慌てふためくというえげつない仕上がりとなっている。
フローラは侍女による鉄板焼き投げつけの件を受け、子爵邸を敵地と判断するや否や千里耳を発動し敵の炙り出しを開始した。
するとまぁ、出るわ出るわ……子爵のちっちゃい野望やら、サリーのレオに抱かれたい願望やら、ソフィアの恥ずかしい妄想癖やら―――ついでに執事の脱税から侍女達による窃盗まで発覚した。
このことをリアムに伝えるとスンッとした顔をして一瞬押し黙る。
自分が全身白タイツにかぼちゃパンツのアホみたいな王子様スタイルで白馬に乗った姿をソフィアに妄想されていると知ればこんな顔にもなるのだろう。
フローラは晩餐の後ララを伴いリアムの部屋を訪れ、千里耳で仕入れたこれらの情報を伝えていた。
イーサンはフローラの祝福を知らないので申し訳ないが部屋の外で待機してもらっている。
「……レオよりも俺を頼って話してくれた、のか?」
リアムはどこか期待するような眼差しで、わざわざ自分に報告しに来てくれたフローラを熱く見つめる。
「? ララが面倒なことは全部リアム様に丸投げしましょうって言うからお話ししに来ただけだべ?」
「…………だよな。分かってる」
リアムは落胆した表情を見せるも、この程度で一々浮き沈みしていてはフローラの相手は務まらないと気丈にも持ち直す。
「…でも、リアム様なら絶対なんとかしてくれるって思ってるだ。だから安心して任せることが出来るだ」
「…!」
好きな女にこのように頼られて奮い立たない男がいるだろうか。リアムは違法に王太子権力を振りかざしたとしても問題解決を図ろうと決意する。
「あー、なんだ…とりあえずレオの貞操を守るのと執事の脱税の証拠を掴めばいいんだな。十分で片付ける」
「ありがとうございますリアム様!」
滅多に出ないフローラからの感謝の言葉にリアムはやっぱり五分だなと、やる気を漲らせトーマスを呼ぼうとする。するとララがおずおずと話し出した。
「恐れながら王太子殿下に申し上げます。フローラ様はご自分で対処なされるおつもりでいますが、真に狙われているのはフローラ様なのです…!」
「…どういうことだ?」
「ララ?そのことは別に構わねって言ったべ??」
フローラはのほほんとしているが、リアムは一瞬で厳しい顔付きとなりララに話を促す。
「くそば、サリー夫人はフローラ様に媚薬を盛り下男達に襲わせようと計画しています。寝る前に飲むとよく眠れますよ、と一言添えられたお茶が今頃フローラ様の部屋に届けられている頃かと。
侍女の私達には睡眠薬を盛るつもりのようです」
「…………。わかった、よく話してくれた」
依然として厳しい表情を崩すことのないまま、リアムはフローラへと向き直る。
「………なぜこのように大事なことを黙っていた?」
「? 自分に降り掛かる粉くらい自分で払えるだ。でもレオ様のことは万が一何かあっちゃいけねーし、それに執事の脱税だってきちんと対処しねーと困るのは領民だから、ちゃんとリアム様に任せ…」
「そうじゃないだろう!!」
あまりにも自分に無頓着なフローラに対しリアムは本気で怒鳴りつける。
「レオのことなんかどうでもいい!!あいつなら子どもだろうが女だろうが人妻だろうが関係なく、自分の意に沿わないことを仕掛けてくるやつに対してなんか遠慮なく腕の一、二本折って退ける!!
そもそも執事の脱税なんか手荒く尋問すれば秒で吐くんだから後回しでいい!!」
「?、??」
「お前の祝福を持ってすれば誰も手出し出来ないことくらい分かってるっ、でも感情は別だろう!?お前にだって不安や恐怖、心細さを感じる心はあるはずだ。
それに……、俺がフローラを心配する気持ちまで切り捨てるのはやめろ!
お前は……、フローラは一体いつから自分に向けられた悪意にこれほど鈍感になったんだ…?」
「……いつ、から…??」
憤りを見せるリアムに対し曖昧な表情を浮かべることしか出来ないフローラを見たララが、泣きそうな顔で二人の間に割って入る。
「フローラ様を責めるのはお止め下さい!!
私達の力不足ゆえこれまでフローラ様にすべてを頼って参りました!だからフローラ様は人に頼るということを知らないのです…っ。
それに……フローラ様をこのようにしてしまった罪は王家にもあるのですよ……!?」
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