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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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80 破滅へのカウントダウン


 本来であればこれほどの失態を犯した相手と食事などする気も起きないのだが、子爵がどうしても…!!と泣き縋り、そしてまったくなにも気にしていないフローラが普通に快諾したこともあって、リアム、レオ、子爵、フローラの四人で晩餐を共にする運びとなった。


 しかし最初から荷物を最小限に減らし馬に乗ってフローラの領地を目指しているので、ドレスや礼服など持ち合わせていない。

 ちなみにリアムやレオ達に領民と同じ生活水準を送ってもらうわけには行かないので、ブラウン領に一番近い伯爵の領地から寝具や洋服、料理の食材などをフローラの家に運んでもらう手筈となっている。(フローラの実家は男爵とはいえ領民と変わらない生活をしているのでとてもじゃないが急な王家の訪問に対応出来なかった)



 そのため晩餐に臨んだフローラの服装は簡易な紺のワンピースで、リアムやレオもフローラに合わせてシャツにズボンというラフなスタイルになっている。

 子爵だけ「これから夜会ですか?」という上下バチバチの正装姿だ。


 どこまでも広がるリアム達と子爵の温度差に、アリアが鼻で「ふっ」と笑いララに小突かれていた。二人は座るフローラの後ろに控えている。



「あ、あの……。クラーク伯爵騎士団長様…。本当にお席のご用意はよろしいので?ご子息様も……」



 やかましいほどのハイテンションはすっかり鳴りを潜め、小太りな身体から流れ出る汗をハンカチで拭きつつ、子爵はリアムの後ろに陣取り威圧感を放出させているイーサンに恐る恐る問い掛けた。



「お気遣いなく。私はリアム様の護衛という立場でここにいる、倅も同様だ」


「さ、さようでございますか…」



 爵位が上の、しかもこの国最強の男を立たせている状況では(しかも毒見係も請け負っている)食事も喉を通らないのですが…と子爵は切実に思う。

 子爵は弾んだ会話もなく黙々と進むディナーに気まずい思いをしているのは自分ただ一人という地獄のような空間に、これなら各々の部屋で食事を取ってもらった方が良かったかもしれないと後悔した。



 それでもなんとかコース料理の中盤までやってきた頃―――事件は起きた。それはメインのステーキが厨房から運ばれきた時のこと。


 熱々に熱した溶岩石のプレートの上にステーキや野菜を載せる珍しい料理の提供方法で、リアムは「ここは石の産出量が多かったな」と思い出す。

 石のプレートが重いのだろう、給仕係りは慎重に両手で運び「大変お熱いのでお気をつけくださいませ」と一言声を掛けていく。


 そんな中フローラの給仕を担当する侍女が「あぁっ!」と声を上げ、わざとらしい手つきで熱々のプレートをフローラの顔を狙い投げつけてきた。


 この侍女はサリーが実家の商会から引き抜いてきた女で、目をかけてもらっているサリーのためならばと忠実に動く。


 サリーの目的は恥をかかされたことに対するフローラへの報復。本来であれば子爵の妻である自分も晩餐会に参加しレオとの仲を深めることが出来たのに…!というまったくの見当違いの逆恨みによるものだ。


 しかもフローラはただの男爵令嬢に過ぎない。

 子爵夫人である自分の方が立場は上なので何をしても咎められることはないと高を括っていた。

 貴族社会に疎いサリーは王太子の婚約者が準王族の身分になることなどもちろん知らない。



 しかしフローラに降り掛かる悪意を後ろに控える二人が見逃すわけもなく、アリアは投げつけられた石のプレートを難なくキャッチすると流れるように侍女の顔面に押し付けた。


「ぎゃあぁ!!熱ぅい!!!」と顔を両手で押さえ床をのたうち回る侍女に、ララは「あら?火傷は冷やさないと駄目よ」とピッチャーに入った水を頭からドバドバとかけるし、「手伝いますぅ」と言ってアリアは瓶に入ったワインを一本ずつ両手に持ちジャ〜〜と垂らす。

 


「えげつない…」 


「さすがだ…まったくもって容赦がない」


「あれはトラウマになりますね…」


「はっはっ!アリア殿はいい動きをするな!」

 


 子爵があまりの事態に顔面蒼白になる中、リアム、レオ、トーマス、イーサンは、よほど鬱憤が溜まっていたと見られるフローラの侍女二人の手腕を称賛(?)する。


 なにより子爵が恐怖したのは自分の後ろで侍女達による残虐行為が嬉々として行われているというのに、我関せずとばかりにのんびりと食事を続けているフローラの神経に、だ。

 フローラにしてみれば、やり返される覚悟もなしに人を傷つけるなと言うだけの話なのだが。


 

 野暮ったい見た目にボソボソとした大人しい喋り方、あまり前に出ない印象のフローラという人物像を、完全に見誤っていたということに子爵はようやく気づく。やはり彼女には王太子の婚約者となり得るだけの素質があるのだ。

 その証拠に、侍女の「フローラ様ぁ、こいつちょっと裏で調教……手当てしてきてもいいですかぁ?」との問い掛けに、新しく運ばれてきたステーキ肉を口にしながら平然と「どうぞ」と答えている。


 ……銀髪の侍女に胸ぐらを掴まれ引き摺られていくうちの侍女は裏で一体どうなってしまうのだろうか…? 恐くてとてもじゃないが確認出来ない。




「すぐに新しい肉が届いて良かったね、フローラ」


「がっつかずによく噛んで食べろよ」



 先程の悪夢などなかったかのようにのほほんとした会話がリアム達の間で繰り広げられているのも信じられず、王族や高位貴族と自分との間にはどうしようもないほどの隔たりがあり、やはり別世界に住む方々なんだとあらためて実感する。



 ここで子爵の「自分の娘を王太子殿下の婚約者に…」という野心は木っ端微塵に砕け散った。









***


「え?あの子失敗したの?まったく…何をやっているのかしら。使えないわね」


「もう〜!だめじゃないっ!あのダサ眼鏡のせいでソフィアは王子様に怒られたんだよー!ちゃんと痛めつけてくれないと気が収まらないんだからぁ!!」



 案の定謹慎とは名ばかりで、サリーとソフィアは同じ部屋で豪華な食事を食べつつ他の侍女に晩餐での様子を聞いていた。



「それにしてもあの女…、レオ様とどういう関係なのかしら…?」 


 サリーはイライラと爪を噛みながらフローラと親しげな様子だったレオを思い浮かべる。


 男らしくも整った顔立ちに長身の引き締まった身体、強い意思を持って輝く漆黒の瞳は上質な黒曜石のようで、今宵は是非自分だけをその瞳に映してほしい…と熱に浮かされたようにレオとの濃密な夜を夢見る。


 まだ三十前半の若く美しい自分が子デブな夫一人を相手にするのは世界の損失だと本気で思っているサリーは、これまでも子爵の目を盗み寝所に男を度々連れ込んでいる。

 レオ様だって一度私の身体を知ってもらえばあんな不細工なお子ちゃまでは二度と満足出来なくなって必ず私の虜になるはず…と妄想を膨らませてニヤニヤした。



「王子様の婚約者気取りでベタベタしちゃって、ほんと生意気ー」



 ソフィアはリアム自らフローラのことを婚約者だと紹介したことなど都合良く忘れて悪しざまに罵る。


 王都とは馬車で二日ほどの距離とはいえ、点在する主要都市と離れているここは都会のように華やかとは言い難いし、鉱山があるせいで街の至る所でハンマーを持った汗臭い男達を見かけてしまうのも最悪だ。

 

 こんな泥臭い場所、可愛いソフィアには似合わない。自分にはもっときらびやかな…そう、王子様の側でかっこいい男の子達にちやほやされる世界が似合っているんだから!



 妄想癖のある二人が出した結論はこうだ。



「あの女、邪魔ね」


「じゃま〜」


「ふふ、ちょうどいい物があるのよ。あんな小娘に使うのはもったいないけれど…まぁいいわ」



 サリーは机の引き出しから取り出した香水瓶を指で摘み、中身をちゃぷちゃぷと揺らす。



「わっ、きれいなピンク色〜!お母様、これなぁに?」


 サリーは無邪気に瓶を見つめ中身の正体を問い掛けるソフィアに、欲を孕んだ妖艶な笑みで答える。



「ソフィアにはまだ早いわ、ふふ。でも、そうね……。とっても楽しい気分になれるアイテム、とだけ言っておくわ」



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