8 疑惑
フローラが話終わると母・アンナはガタガタと震えていたし、父・ダンは「人一人殺してきました」と言われても納得するほど険しい顔をして考え込んでいた。
「う〜ん……」
やっと、気絶していたララが目覚めたようだ。
フローラは膝の上ララを見下ろす。
「ララ、大丈夫け?」
「フローラ様!っ、その瞳は……!!やっぱり夢じゃなかったとですね……ひぃぃっ殺人鬼!!!?」
目覚めてすぐフローラの身に起きた異変に気づく忠義者のララであっても、起き抜けに見る凶悪なダンの顔は刺激が強すぎたようだ。
「ララ、あれは父様だべ」
「あ…、よく見れば旦那様だったっぺ」
このやり取りはわりとよく繰り返されている。
ちょっと悲しんでいる父親を他所に、気絶して何も聞いていなかったララにも同じ話を繰り返す。
ララは二年前からフローラに仕えてくれている、家族同然の大切な人で今後の事を話し合うのに欠かせない存在だ。
「………つまり、話をまとめっと、フローラ様は女神すら魅了するすんごい御方なんだから、それなりの祝福を授かるのは必然だった、ということだべ??」
「違うべ。全然違うんだべ、ララ」
ララには常に「フローラは最高の主フィルター」がかかっている為、これほどあり得ない事態にも「フローラ様なら当然か…」と当たり前のように受け入れ始めていた。
「……瞳のことは分かった。次は、八つ授けて頂いたという祝福について教えてくれ」
ララは喋り出したダンに驚愕の目を向ける。
おしゃべりな奥様が沈黙し、おはようからおやすみの間に三言しゃべれば多い方な旦那様が場の進行役を務めるなど異常な事態。
そのことにやっと気付いたララは背筋をピッと伸ばし気を引き締めた。
フローラはみんなの顔を順番に見て、ごくりと喉を一つ鳴らしてから話し出した。
「授かった祝福の内容は………――――――」
***
「「「……………………………………」」」
八つの祝福の内容を聞いた三人はしばらく沈黙した。
フローラが話したことでなければこんな荒唐無稽な話は信じていなかっただろう。
なぜなら、これは『祝福』と呼ぶにはあまりにも―――
「……引っ越そう」
「………え?」
「あるかないか分からん爵位など返上してどっかの僻地に移住して家族だけで自給自足して住む。そうすれば祝福など関係ないだろう」
「これ以上の僻地け!?」
「ないわよそんな場所!ここが最果てよ!」
「わたすは賛成ですっ旦那様!誰にも邪魔されずフローラ様と過ごせるなんて最高でねーか!!」
冷静なようでいてまったく冷静でない父と、ショックから復活した母と、フローラ命のララがわちゃわちゃと話しているが、フローラは申し訳なさすぎてどんどん落ち込む。
「みんな…すまねだ。こんなことなってみんなに迷惑かけて…ほんとに申し訳ねーだ…」
「「「フローラ」」様ぁぁ!!!」
三人が一斉にフローラに三方向から抱きつき、各々慰めの言葉を口にする。
「フローラのせいではない」
「そうよ!ティア神様に直接加護を賜るなんて褒められこそすれ謝るようなことではないの!そうよ、これは名誉なことなんだわ!フローラがフローラらしく生きて行けるように、みんなでどうすればいいのか考えましょう!!」
「フローラ様っ、なにがあってもわたすがお守り致ししますだ!……でも、もしぃ、なにかあってぇ、人目を忍んで二人で逃避行っていうのもいいなぁ……むふふ」
ララだけは自分の幸せを追求していた。
「みんな……。ありがとな」
フローラは身動ぎもせずに涙ぐむ。
「「「………」」」
家族は考える。
そういえば、フローラは家についてからなにも触ろうとしない…。
本来ならここは家族を抱きしめ返す場面だろう。
フローラもそうしたいのは山々だったが、そう出来ない切実な理由があった。