79 子爵邸の悲劇 〜序章〜
「ようこそおいで下さいました」
リアム達はライズ子爵の屋敷に到着するなり頭を下げた子爵の妻と娘、ずらりと並んだ使用人達による出迎えを受けた。
子爵はうんうんと満足そうに頷きながら妻の肩を抱き寄せリアムに紹介する。
「殿下、私の妻のサリーと娘のソフィアです。ささ、お前達もご挨拶なさい!」
「お初にお目にかかります、ライズ子爵の妻のサリーです。王太子殿下にお会いすることが出来るなんて…とても光栄ですわ!」
「ライズ子爵が娘ソフィアと申しますっ。よろしくお願いしまぁす!…きゃあっ王子様って本当にかっこいいんですねっ、ソフィア感動〜!」
「…」
旦那がすぐ真横にいるというのにリアムにねっとりとした視線を送る化粧の濃い女と、頭の悪そうな話し方をする五歳児までしか許されないブリブリのドレスを着た娘を前に、リアムの機嫌はどんどんと急降下する。
二人の隣で「自慢の妻と娘なんですよ!!」と宣う子爵の気がしれない。
いつもの上辺だけスマイルすら出てこない様子のリアムをみかねたレオが前に進み出て挨拶をする。
「レオ・アンダーソンです。急な訪問にも関わらず手厚い歓迎感謝します」
「ま、まぁ!!!あ、アンダーソン様とおっしゃるの?御用のお申し付けは遠慮なく仰って下さいませね!ご不便がないようわたくしがすべて整えさせて頂きますわ!!」
「わぁ〜〜!こっちの方もかっこいい〜〜!タイプの違う美形が二人もなんてソフィア困っちゃう〜」
レオの身体を舐めるように下から上にと忙しなく視線を走らせる夫人は完全に自分を性の対象として見ており、ぞわりと鳥肌の立ったレオは思わずフローラの側に近寄る。するとすでにリアムが退避していた。
癖のある女達を前にするとフローラの清涼さがより一層際立つ。
挨拶もそこそこに自分の背中に隠れるように後ろに下がってきたリアムとレオを不思議に思いながらフローラも挨拶をする。
「フローラ・ブラウンと申し、ます。よろしくお願い、致します」
「え……別に馬引きの方の挨拶は結構ですわ」
「ちょっと邪魔〜!リアム様とレオ様のお顔が見えないじゃないっ」
「お、おい…」
フローラに対する失礼な態度を子爵が嗜めるも、うちの娘どうですか?と言わんばかりにチラチラとリアムの様子を窺っている節がある。
この態度にぶち切れたのがリアムだ。
「彼女は俺の婚約者だ、失礼な態度を取ることは許さない。それと子爵の娘、お前に名を呼ぶ許可は与えていない。今回は見逃すが次は不敬罪で捕らえる」
ぐいっとフローラの肩を抱き寄せたリアムがその頭に唇を寄せつつソフィアに最後通告をする。
「殿下!フローラはまだ婚約者候補ですよ、過剰な接触はお控え下さい。本当に。
フローラも嫌ならはっきり触るなと言っていいんだからね?」
レオがすかさずフローラの腕を引き、その身をポスンと自分の胸元に受け入れつつソフィアに釘を刺す。
「あと、私も君に名を呼ぶ許可は与えていない。とても不愉快だ」
リアムにはいつものうさんくさいキラキラスマイルがないし、温厚なレオにしては珍しくはっきりとした拒絶の言葉を口にするし、そんな常にない態度の二人に挟まれたフローラは「一体どうしたんだべ?」と目を丸くするばかりだ。
「え、え?どういうこと……?ソフィア、いま、怒られたの……?なんでぇ……??うぇ〜〜ん!!!」
「え…こんな地味で不細工で変な服着た女が王太子殿下の婚約者…?嘘でしょ?」
幼児の如く泣き出すソフィアと、思わずといった風に零れた言葉が失礼すぎるサリーに冷たい視線を向けたあと、リアムは子爵を睨みつける。
「子爵。俺の婚約者に対するお前の身内の無礼…どうするつもりだ?」
学生の身とはいえ諸外国の貴族との会談や議会参加などの公務をこなすリアムの威圧が込められた本気の睨みに、子爵は成すすべなく震え上がる。
「ひぃっ…!も、もうしわけ、申し訳ございません!!!こら!お前達も謝罪しなさい!!」
「っ、大変、失礼致しました…」
「うぇ〜〜〜ん!ごめんなさぁ〜い!!」
超絶好みの男であるレオの前で恥をかかされたとブスッと不貞腐れた顔でとりあえずの謝罪を口にするサリーと、すべてにおいて論外なソフィア。
その横でペコペコと頭を下げる子爵はこれで本当に許されると思っているのだろうか。
「…これがお前の言う謝罪ならばまったく話にならないな。俺の婚約者に害のある人間を寄せ付けたくはない、本日の歓待は辞退する」
「そ、そんな……っ!!」
王族であるリアムを屋敷まで招いたにも関わらず宿に泊まられたなんてことになれば、どのような噂が流れるか分かったものではない。
子爵は王族とはいえ遥か年下相手に…とか、妻や子ども使用人達に見られている…というプライドなんぞかなぐり捨て、リアムの前に躍り出ると綺麗なスライディング土下座を披露した。
「リアム殿下!この度は誠に申し訳ございませんでした!!サリーとソフィアは謹慎処分とし、殿下滞在中はお目汚しにならぬよう絶対に部屋から出しません!!ですからなにとぞ…なにとぞ御慈悲をっ…!!」
「………はぁー…」
リアムもお忍びの旅の途中で騒動を起こすなんて目立つことはしたくはない。それに失礼な態度を取られた張本人であるフローラは一連の流れをポケーッとした顔で眺めており、まったく気にもとめていないことが分かる。
「……次はない」
「っ!!承知致しました!!ありがとうございます!!」
その後使用人達に引きずられるようにしてサリーとソフィアは退場して行った。
二人の身の安全のためにもこの場からいなくなって正確だったかもしれない……忠誠心の厚いララとアリアが「どうします?ヤります??」「今はだめよ、怪しまれるじゃない。あんた明日引き返してこっそりヤりなさいよ」などとコソコソと物騒な話し合いをしていたのだから。
周囲に控える使用人達は「どうかこれ以上何事も起こりませんように…!」と祈ることしか出来ない。
子爵本人は手に負えないほど傲慢というわけではないが、とことんたちが悪いのはサリーとソフィアだ。
平民出身の奥様と我儘放題に育てられたお嬢様が織りなす理不尽な日々に、まともな使用人達は疲れ切っていた。
昨日と言っていることが違うのは当たり前、急なスケジュール変更やサリーによる新入り侍女いびり、ソフィアお得意の「今日はこれが食べたい気分なの!買ってきて!」攻撃と、仕える者達にとって気の休まる時などまったくない。
サリーの実家の商会が潤っているので給料はまぁまぁ良いが、そうでなければ一斉退職していただろう。
ただ、今日の騒動をみた使用人達は確信する。ライズ子爵家はもう終わりかもしれない、と……。
だって子爵に謹慎を言い渡されたとしてあの母娘が大人しくしているはずがないのだ。
特にあの極上の獲物を舌なめずりして狙う雌ヒョウのような目をしたサリーと言ったらもう……。
美しくも男らしい肉体を持つレオを前に、以前から夫である子爵の目を盗んでは奔放で爛れた生活をしているサリーの悪い癖が発動してしまったようだ。
ソフィアも恋に恋するお年頃というか頭の中がお花畑というか…白馬に乗った王子様が本当に実在すると信じている節があり、その夢見がちな思考で周囲とトラブルを起こすことが度々あった。
そして今日、リアル王子様が目の前に現れたのだから何を仕出かすが分かったものではない。
子爵に注意されたことなど今頃二人は都合良く忘れているのだろう。
これまではトラブルの相手が格下ばかりだったのでなんとか揉み消すことが出来ていたが今回は王族と高位貴族が相手だ。サリーのあの様子ではアンダーソンが公爵家であることも知らないはず…。
本当に……本当に無事に明日の朝を迎えることが出来ますように…!と使用人達は強く願ったが―――しかし無情にもその願いが天に聞き入れられることはなかった。
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