78 深まる謎
フローラ達はしばらく馬を走らせ、近くに川が流れているポイントで最初の休憩を取ることにした。
「お前…。馬に乗るのが初めてって本気か?」
「んだ。この前リアム様に乗せてもらったけんど一人で乗るのは今日が初めてだ。それがどうかしただ?」
「どうかしてるのはお前だろうが!!」
川べりに敷いたピクニックシートの上に座りつつ、フローラは怖い顔をしたリアムに詰め寄られていた。
ララは給仕係りとして側に控え、イーサンとトーマスとアリアは馬達に水を飲ませている。
「女性にそのような言い方をするのはどうかと思いますよ。殿下に繊細な女性の心の機微を理解しろというのは酷かもしれませんが、こういう時はフローラのことが心配なら心配だと正直に言えばいいのです。
ね、フローラは乗馬初めてなのにすごく上手に乗りこなしてたね。祝福となにか関係あるの?」
レオは初恋の女の子についつい意地悪な態度を取ってしまう幼少の男の子に優しく語りかけるかのようにリアムを諭してから、隣に座るフローラに尋ねた。
馬鹿にされていることを敏感に察知したリアムが「おい!なんでお前に上から目線で諭されなきゃならないんだ!」とぎゃあぎゃあ騒いでいたがレオはまるっと無視した。
「? 一回乗せてもらったんだから一人で乗れるのは当たり前だべ?それに姿勢や重心の置き方なんかは見れば分かるだ」
「「え」」
フローラの返答にリアムとレオは驚く。
「言霊」か「魅了」を馬にかけて操っているのかと思いきや、まさかの純粋な身体能力で乗りこなしていたとは。
本当にそんなことが可能なのか?と、二人は同時にララを見る。
「…そもそも領地に馬などおりませんし、乗馬に限らずフローラ様は身体を動かすことに関してならば初見で何事もたいていこなされますわ。
ちなみにフローラ様は馬に乗ったことはございませんが、猪ならばございます」
「い、猪……?」
「野生の?え、どういう経緯で猪に…?」
「? 誰でもそこに移動手段があれば乗ると思うけんど?」
「そうか……。まぁ、気をつけろよ…」
まったく共感することは出来なかったがそこは「フローラだしな…」で納得することにした。
野生の猪を乗りこなすぐらいなら訓練された馬に乗ることなどきっと造作もないのだろう。
初心者があれほどのスピードを出して馬を走らせれば落馬する危険があるが、フローラの姿勢にブレはまったくなく、むしろそこらへんの騎士よりも巧みに馬を扱っている。やはり心配するだけ無駄だったとリアムは若干虚しくなった。
「そうだ、フローラは試験の結果はどうだったの?」
レオがさりげなく変えた話題の内容は学園で年に三回行なわれる試験について。
イルドラン学園は名門中の名門であり、その試験は死者が出る(?)という噂がまことしやかに流れるほど過酷を極める。
結果が悪ければ権力があろうが金持ちだろうが王族だろうが関係なく退学させられるので、みんな夏期休暇前に行なわれる前期試験に向けて入学が確定したと同時に準備を始めるのが一般的だ。
「試験の結果は学年三位だっただ。思ってたよりも難しくてびっくりしたべ〜」
「えっ」
「は?」
「ふふん!!!」
試験は己との闘いというスタンスなので結果が公に貼り出されることはなく、各々に順位、そして進級か退学か書かれた紙が手渡されるのだが、成績がギリギリの生徒達には「不幸の通達」と呼ばれ大変恐れられている。
だからフローラの順位を知らなかったリアムとレオは揃って驚き、主の誇らしい成績にララがドヤ顔で鼻を鳴らす。
名門であるイルドランの試験で学年三位など、ろくに家庭教師もつけられぬような田舎の貧乏男爵家の娘が取れる順位ではない。
「レオ様とリアム様はどうだったんだべ?」
「え…私は一位だけど…」
「俺も一位…」
「二人ともすごいでねーか!わたすももっと頑張らねーとなぁ〜」
「「……」」
…こちらは幼少の頃から優秀な家庭教師を何人もつけて机に齧りついて勉強した結果なのだが?
もしかして田舎田舎だと軽んじていたフローラの領地では最先端の英才教育が施されていたりするのだろうか……。
「………ちなみに、フローラには子どもの頃から家庭教師がついてたり…したの?」
「そんな人うちの領地にいるわけねーだ。勉強は全部母様に教えてもらったべ」
「お母さんに……?」
一週間前に発表された数学の論文から問題が出題されるくらい新しい知識を求められるイルドラン学園の入学試験も超難関で、受講者には常に様々なことを学ぶ意欲と素早い理解力が必要となってくる。
そもそも情報の伝達が王都よりも遥かに遅い僻地に住むフローラが入学試験に合格したことが奇跡と言ってもいい。
知れば知るほどフローラには謎が…というか領地にもめちゃくちゃ謎がありそうだ。
フローラにまつわる謎がひとしきり深まったところでイーサンから声がかかり休息を終えた。
***
何度か休憩を挟みながら進んだ道中に大きな問題はなく、無事に本日の目的地ライズ子爵領に到着した。
予定通り夕暮れまでに辿り着いたので順調な旅路だったと言える。
そんな中、唯一予定外だったのは―――
「リアム殿下!我が領地へようこそおいで下さいました!!本日は私の屋敷で旅の疲れをごゆるりと癒していって下さい!ああ、近くに湧き出る天然温泉に浸かって頂くのもいいですな!さあさあ、すでに歓迎の宴の準備は整ってございます、まずはこちらへどうぞ!!」
「……ああ。感謝、する…」
―――やたらハイテンションなライズ子爵に見つかってしまったことだろうか。
基本的に通達がなければ自領に王族が訪れたとしてもお忍びであると察し、挨拶ぐらいはするだろうが望まれなければ大っぴらに歓待するようなことはしない。
だが王家とは無縁の子爵はそのような暗黙の了解を知らず、関所に詰める兵から王太子御一行到着の知らせを早馬で受けると、小太りの身体で坂を転がるようにして急いで馳せ参じたというわけだ。
子爵の悪気ない善意を無碍にすることも出来ず、リアム達は仕方なく子爵の屋敷へと向かうこととなった。
その際今回はお忍びの旅であること、翌朝は早く出立するので過剰な歓待は無用であること、食事と寝床だけ用意してもらいたいことを告げる。
「さようでございますか……。お急ぎでは仕方ありませんね…承知致しました!!
ですが殿下にライズ領での思い出をしかと胸に刻んで頂けるよう、短い時間ではございますが精一杯おもてなしさせて頂きます!!
妻と娘も殿下のご到着を今か今かと待ち構えておりましてな!いやはや、尊き御方をお招きしたことなどございませぬゆえ不慣れな点多々あるかと思いますが寛大な御心でお許し頂ければ幸いでございます、はい!!!」
「……急に来たのはこちらの方だ。奥方にもそこまで畏まらなくて良いと伝えてくれ」
「ははぁ!!ありがたきお言葉を頂戴致しまして恐悦至極にございます!!!」
何泊かしていってもらえると思っていた子爵は一瞬トーンダウンするも、すぐに前向きな思考に切り替えトークのギアをぐんぐん上げてきた。
今のところ言葉に嘘を感じないので悪い人物ではなさそうだが、如何せんテンションが高くて鬱陶しい。
リアムは王太子スマイルの裏で「いちいちうるせぇ男だな、これならまだ野宿の方が気が休まる」と身も蓋もないことを考えた。
「馬車で来ております。皆様がお乗りの馬はこちらでお預かりさせて頂きますので是非馬車にお乗り下さい!!」
「ああ。フローラ」
リアムに呼ばれたフローラはトコトコとやってきて差し伸べられた手をちょんと取る。
そのまま馬車までエスコートしようとするリアムに子爵は焦ったような声を出した。
「すみませんっ!!あ、いえ、恐れながらそちらの方は………?」
子爵が訝しげにフローラを見るのも無理はない。
フローラはいつもの地味顔眼鏡で生成りのシャツに麻のズボン、使い古した編み上げブーツという不審者丸出しの格好だったからだ。
乗馬服など勿論持っていないフローラは、領地で愛用していた服を着用している。
そんなダサい仕上がりのフローラを見たリアムとレオは「帰ったら絶対に服を贈ろう」と固く心に誓っている。
「俺の婚約者であるフローラ・ブラウン男爵令嬢だ。
後ろにいるのがレオ・アンダーソン公爵子息。あとは従者と護衛だからもてなしは不要だ。よろしく頼む」
「は、はぇぇ!??こんなに地味でみすぼらし…、いえっ!!、…そう、その他周囲に完璧に溶け込んだ素朴なお顔で倹約質素を重んじた服装のこの御方が殿下の婚約者様でいらっしゃいますか!!?
そ、そうとは知らず大変失礼致しました…っ!!
アンダーソン子息様にもご挨拶が遅れまして申し訳ございせん!!」
言い直したところでフローラに対する失礼な物言いはまったく取り繕えておらず、なんだこの無礼なおっさんは…と血の気の多いララはすでに戦闘態勢に入っている。
「ライズ子爵様、本日はよろしくお願い、致します」
「は、はい。よろしくお願いします…」
格好が格好なだけにカーテシーも出来ずにペコリと頭を下げる地味で野暮ったいフローラを間近で見た子爵は、心の中でムクムクと野心が膨れ上がって行くのを感じた。
―――これならばうちの娘の方が断然美しいのでは…?
子爵はどこにでもいる小太りのおっさんだが妻と娘は違う。
妻は平民出身だが大きな商会の娘で、領内で一番の美人と評判の女性だった。周囲の反対を押し切り結婚した妻との間に出来た一人娘であるソフィアは、子爵にはまったく似ていなかったが美しい妻にそっくりだったのでこれでもかと溺愛していた。
そのため、妻のマナーは完璧とはまだ言い難いがソフィアには一流の教育を施してきている。
美しい容姿に完璧なマナー。歳も十四と王太子殿下とそれほど離れているわけではない。
―――ひょっとしたらひょっとして…ソフィアが殿下に見初められる可能性だってあるのでは……??
チラチラとフローラに値踏みするような視線を送りながら、貴族らしく最低限の野心を持ち合わせている子爵は、どのようにしてうちの娘を王子に売り込もうかとこっそり思案し始めた。
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