76 とりあえずの結末
「………先ほどの物体が治癒の力を秘めた本物のエリクサーだったということは認めましょう。
ですがそれを入手した経緯についてはまだ議論の余地があります。本当にアンプリスで手に入れたと証明することは出来ないのですから」
「むしろ治癒の祝福を持つ者が存在するというあり得ない妄想をするよりもアンプリスの神秘を信じる方がよほど現実的だと思うが?
なぜそこまでフローラに特別な力があると信じたいんだ?」
「ちょーーっと待ったぁ!!そんなことを言い合う前にもっと話し合うことがあるでしょ!!リアム君!!!」
「はい?」
腰に手を当て怒ったアピールをするいい歳をした父の仕草にそこはかとないうざさを感じたが、珍しく真剣な顔をしていたのでリアムはとりあえず話を聞くことにする。
「なんでリアム君は躊躇いなく自分の身を傷つけちゃうの?!エリクサーが本物だったから良かったものの、確認する術はなかったんだから偽物の可能性もあったはずだ。それなのにあんな危険なことをするなんて……っ、リアム君はもっと王太子としての自覚を持つべきだよ!」
父の言うことは十分理解出来る。
フローラに創造の力で万能薬を創ってくれと頼んで出来上がったものがあの一粒のぷるぷるだったわけで、その効果を事前に確認したわけではなく、万能薬を創ったというフローラの言葉に嘘はなかったものの、本人の意図せず失敗作が出来上がってしまったという可能性も十分あった。
色々と考慮せねばならないことがあったにも関わらず、リアムはフローラのことを信じて万能薬ありきで己の手を傷つけた。
疑り深く慎重ないつものリアムならば絶対にしない行動だ。
「確かに…言われてみればそうですね。今思えば盲目的に彼女の言葉を信じた自分を少し恐ろしく感じます。
それにしても恋とはここまで人を変えてしまうのですね。なんだか一周回って面白くなってきました」
「「えっ」」
リアムの口から初めて飛び出た「恋」という単語に、「コイってなんのことだっけ?鯉?」としょうもないことを考えてしまうほど国王とジョージは驚いた。
ほぼ百パーセントの確率でリアムとフローラの婚約はなんらかの意図があっての偽装だろうと踏んでいたのだが、うっすらと頬を赤らめ今までに見たこともないようなとろける笑みを浮かべフローラについて語るリアムは、どこからどうみても―――恋する男だ。
「リ、リアム君…。まさかとは思うけど……本当にフローラちゃんのことが好きだったり…する??」
「当たり前でしょう。好きですよ」
「え!」
「ゴフッ」
自分で聞いたのにまさかそんな素直な返事が返ってくると思わなかった国王は驚きの表情のまま固まり、ジョージは驚愕のあまり激しく噎せた。
以前にも「フローラのどこに惹かれたのか」と尋ねたことがあったが、どこか嘘くさかったあの時と今では明らかに込められた想いの熱量が違う。
―――これは大き過ぎる誤算だ。
リアムが身を挺してでもフローラのことを守り通すと決めたならばその攻略には少々骨が折れる。
ジョージの考えはまだ変わっていない。
国王の祝福を弾くほど異質な祝福が、はたして「自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る祝福」程度なのだろうか。
十分すごい祝福なのだが、国王の祝福を越える力だとはどうしても思えない。それほどまでに国王の祝福の力は凄まじいものがある。
ならばフローラの祝福は国王の上をゆくもっと特殊で強力な力ではないかと考えるのが妥当だ。
仮に「治癒」の祝福ではなかったとしても、少なくとも国王を秘密を知り得る能力を保持しているのはリアムの様子からしても間違いない。
そのため「鑑定」や「予知」、「人の心を読む」なんて夢のような祝福の可能性だってあり得る。
とにかくイルド王国始まって以来の“ティア神に愛された祝福”持ちが誕生しているかもしれないというのに…リアムがそれを隠す意味が本当に分からない。
ティア神がお与えになったものはその御心のままイルド王国の繁栄のために還元すべきではないかとジョージは常々思っているのだが、しかしどうやら…国王の考えは少し違うようだ。
「………わかった。リアム君がそこまで言うのならフローラちゃんのことはリアム君に任せるよ」
「っ!」
「陛下…!それは如何なものかと」
あっさりと引き下がった国王にリアムはわずかに喜色を浮かべ、ジョージはすぐさま異を唱える。
「陛下はフローラ嬢を監視もつけずに放置なさるおつもりですか?希少な祝福であればあるほどフローラ嬢がよからぬ輩に狙われる可能性が高まりますし、それに……自身の力に溺れ、堕落する人間を私は何人も見てきました」
ジョージは「フローラが自身の力を振りかざしイルド王国に混乱をもたらす存在になり得ないか?」と言外に示唆したが、その質問にリアムは自信を持って否と答えることが出来る。
「フローラに限ってはそんな心配はいらない。彼女は自分の考えをしっかりもった芯のある女性だ。
こうと決めたら一直線に行動する大胆かつ危うい一面もあるが、同時に周囲に及ぼす影響力も考えることが出来る思慮深さも持っている。
それに、フローラの正直で誠実な人柄は俺が保証しよう」
「リアム様…」
「ただし敵と認識した者に躊躇なく攻撃する苛烈さはどうしたものかと思うがな。まぁ、こちらが余計な手出しをしなければ基本穏やかな性格をしている」
瞳に愛しさをのせて饒舌に想い人について語るリアムは生き生きとしており、初めて見るそんな息子の姿は国王の目にとても眩しく見えた。
「人をみる目のあるリアム君がそう言うのならばフローラちゃんはとてもいい子なんだろうね。
僕は、フローラちゃんを認めたリアム君の判断を信じるよ」
「…ありがとうございます、父上」
「ただし、一度でも問題を起こせば王家預かりとするよ、異論は認めない」
「分かりました」
女嫌いなリアムが、これほど意思を尊重し守りたいと思える女性に出会えた奇跡に、国王は父として水を差したくないと思った。
国を統べる者としては甘い考えかもしれないが身内可愛さだけの判断ではないので、まぁ、許してほしいところだ。
「ところでリアム君は僕の祝福が『植物を上手に育てることが出来る』祝福だと本当に思ってるの?」
「!?……なにを、意味の分からないことを…。
もちろんそれ以外にないでしょう」
「あはは、リアム君嘘ついてる〜」
「!!っ、まさか…」
そう。国王はリアムの怪我を心配し駆け寄ったどさくさに紛れてその身に触れていた。
重傷を負った息子を前にして、わずかなタイミングも見逃さない冷静さはさすが国王といったところか。
「ちなみにリアム君の祝福は今までに何回か模倣させてもらってるよ。違和感を捉える時は不快に感じるけれどとても便利な祝福だよね〜。ありがとう」
「っ……」
にこにこと無邪気に話す国王はいつも通りに見えて実はまったく違う。得体の知れない何かを相手取っているような…底知れない不気味な感覚にリアムはおもわず身構える。
「リアム君は僕の本当の祝福を知っているんだね。そしてそれを教えたのはフローラちゃんだ。
僕の力より遥か上位に位置する祝福だからなのか、模倣どころか祝福の内容ついてすらなにも知ることは出来なかったけれど……でも僕の祝福を見破ったからには『鑑定』かなぁと予想してるんだ。どう?合ってる??」
「……」
「ジョージの話では『完全治癒』、なんて御伽話の世界に出てくる祝福の可能性もあるらしいね。これは正解?」
「……」
「そうそう、アンプリスで眼鏡やエリクサーを発見したのだからそれなりの身体能力は必要だよね。『瞬間移動』とか、もしくは『空を飛ぶ』祝福??
アンプリスでそれら発見したという話がまるっと嘘の可能性もあるか〜。
その場合フローラちゃんが眼鏡やエリクサーを生み出した…とか?『創造』なんて祝福ももしかしたらあるのかも、ね?」
「っ、……」
「ははは!沈黙は肯定と見做すよ?
…なぁんてね、フローラちゃんの祝福は『自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る』祝福だよね、分かってるよ!」
急に緊迫した空気が途切れ、リアムは知らず知らずの内に詰めていた息を大きく吐く。これでは精神的に追い込まれていたと相手にバレバレだが取り繕う余裕はない。
「……リアム君が危惧していることもなんとなく分かるよ。その決断が正しいのか間違っているのかはまだ分からないけれど、自分が信じた道を行けるところまで進んでみればいい。
取り返しのつかないことが起こる前に僕が助けてあげるから大船に乗ったつもりでやってみなよ!なぁんてね〜!!」
「は…、ありがとう、ございます…」
暗に「お前達の行動はしっかりと注視しているぞ」と仄めかされ、リアムは返答に詰まるもなんとかお礼を口にする。
「フローラちゃんに表立って影をつけるのは中止するよ。番犬くんが側にいるなら危険な目に遭うこともないだろうしね。躾がちゃんとなっているのかだけは心配だけどっ」
「躾に関しては…おそらく問題ないかと」
番犬アリアの躾問題はフローラとララによってばっちり調教済みだと聞いている。
「ジョージもとりあえずそれでいいね?」
「…は。陛下の御心のままに」
ジョージは渋々といった様子ながらも国王の意見を尊重した。
今回は見逃してくれるようだ………。リアムは今度こそ安堵の息を吐く。
だが何か一つでも事を起こせば、フローラの祝福を白日の元に晒すまで追求の手を弱めることはないだろう。
そうなれば王家とフローラの、こちら側に全くもって勝ち目のない争いに突入してしまう。
最悪の事態を避けるためにも、絶対にフローラに問題行動を起こさせないようこれまで以上に目を光らせる…!とリアムは心に誓った。
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