72 願いよ届け
フローラがその日の授業を終え寮へと向かって歩いていると、息を切らせた様子のリアムに呼び止められた。
「っ、フローラ」
「リアム様!なんかお久しぶりな気がするだ。王宮以来だべ?」
周りに人がいなかったのでフローラは遠慮なく訛らせてもらう。
「久しぶり、じゃねーよ。なんで毎回毎回俺が会いに行かないとならないんだ。たまにはお前から会いに来い」
久しぶりに会ったリアムはなぜかブスッとしていてご機嫌斜めだったが、その理由が分からずフローラは首を傾げる。
「? リアム様はわたすが会いに行かねから機嫌が悪いべ?」
「なっ、ちが……、俺はお前に用があったから探していただけで別に会いたかったとか言ってない!」
「?? わたすもそんなこと言ってないだ?」
どこか噛み合わない会話にフローラは首を反対側に傾け、そんな二人をどこか微笑ましい表情でトーマスとアリアが、ララは安定の敵意剥き出しで見守る。
ぼそりと呟かれた「王太子殿下って雲の上の御方だと思ってましたけど案外普通の男の子なんですねぇ〜」というアリアの言葉は、幸いにもリアムの耳に届かなかった。
「…まぁいい、お前に話がある。ちょっと付き合え」
「いいけんど…どこまで行くだ?」
「王宮まで来てもらう。馬車を待たせてあるから着いて来い」
「え〜、また王宮け?」
王宮は面倒くさいところだとしっかり刷り込まれたフローラは行き渋る。
「えー、じゃない。王太子妃教育が始まれば毎日通うことになるんだからな」
「あ、そう言えばわたすはいつまでリアム様の婚約者でいればいいんだべ?」
「は? いつま、で?」
思ってもいなかった言葉を言われたリアムは一瞬固まり、そしてそんな自分にひどく驚いた。
そうだ、最初はフローラの祝福の全容が分かるまで側で監視するという名目で婚約したのだ。
フローラの祝福の全容をほぼ把握した今となってはとてもその力を王家でコントロール出来るとは思えないし、ましてや監禁するなど以ての外、ならば「祝福の力を他者に漏らさない」という契約を結び領地の田舎に一生引っ込んでてもらうのが一番現実的な良案だろう。
だが、リアムはなぜかそれを言い出すことが出来ずにぐっと押し黙る。
すると出来る秘書の眼鏡はフローラがリアムの煮え切らない態度を不思議に思う前にサクッと鑑定を終え、リアムの複雑な男心を余すことなくフローラにチクった。
「この男!本心ではフローラ様にお側にいてほしいと思っているのにそのことを自覚してもいないし、たとえ自覚しても決して口には出せない面倒くせータイプの男ですぜぇ!!
女嫌いのせいか好きになった女は逆にめちゃくちゃ溺愛するタイプっすね、どうやら監禁思考も持ち合わせてるみたいなのでおすすめは出来ません!!」
フローラを領地の田舎に閉じ込めるというリアムの考えも眼鏡の鑑定にかかれば「歪んだ性癖の監禁思考を持つ男」に早変わりする。人の精神鑑定の部分においてだけ絶妙なポンコツ具合を発揮する眼鏡だった。
「……」
「な、なんだ?」
眼鏡の鑑定結果を聞いたフローラがじっとリアム見つめるが、勝手に恥ずかしい鑑定をされたことなど知らないリアムは困惑する。
この時フローラはリアムの溺愛とは一体どのようなものなのかと考えていた。
いつもツンツンぷりぷりしているリアムがデレデレと鼻を伸ばしている姿は想像することすら難しい。
少し見てみたいとも思ったし、でも、なぜが…知らない女の人相手にデレデレしているリアムを見たくない、とも思った。
「フローラ様!どうなさいますか?」
嫌な予感を察知したララは、フローラの思考をぶった切るように声を掛ける。
またあの眼鏡が余計な鑑定をしたのだろう…フローラがリアムを見つめる視線にわずかだが恋慕を含んだ切なさが混じったこと、ララは見逃さなかった。
誰でも許せないのだが、特にリアムだけはフローラのお相手として相応しくないと常々思っているララとしては、出来るだけ主を色恋から遠ざけたいと必死だ。
「ん?そだな、課題もないし行くけ」
「なんで断る選択肢があるんだよ…。王族に呼ばれて迷うっておかしいだろ」
呆れつつもフローラを促し馬車止めに向かおうとしたリアムは、ララの隣に立つアリアの存在に気づく。
「誰だお前」
「お初にお目にかかります。フローラ様の侍女としてお仕えすることとなりましたアリアと申しますぅ」
「急だな。どういう経緯だ?」
「はい…。実はぁ学園で他のお嬢様にお仕えしていましたところ〜、お恥ずかしながら暇を出されてしまいましてぇ。途方に暮れていたところをフローラ様に拾って頂きましたぁ」
アリアは以前フローラに指摘されたことをすぐに修正しどこからどう見ても侍女への擬態は完璧だと思っているので、怪しまれるとも男だとバレるとも思っておらず自信満々に嘘の設定をペラペラと話す。
「こいつ怪し過ぎるだろ。フローラ、あまり変な奴を拾うな。身元を洗うまで王宮には連れて行けないから今日は置いて行け」
「ぅえぇーーー!??」
アリアはなぜ自分が怪しいと断定されたのかまったく分からずに、動揺からお淑やか設定の侍女の仮面がすぐに剥がれ落ちる。
嘘しかないアリアの言葉にリアムの祝福が違和感を捉えただけなのだがそんなこと知る由もない。
残念ながらお留守番となりしょんぼりしたアリアを学園に置いて、フローラとララはリアム達と共に王宮へと向かった。
***
学園から王宮はとても近く、二十分ほど馬車に揺られればすぐに辿り着く。むしろ王宮についてからリアムの私室に行くまでの間に、荷物検査やら学生証の提示やら簡単な質疑応答があったりでかなりの時間を要した気がする。
「リアム様の部屋に遊びに行くだけだってのに一苦労すっぺな〜」
「遊びにとか言うな、気軽過ぎるだろ。俺は唯一の王子だからある程度の不自由さは仕方がない」
「ふーん。こんなまどろっこしいことしなくても罠を仕掛ければいいだけでねーか」
「罠…、ですか?」
頭の悪そうなフローラの言葉に、意味が分からないという怪訝な顔をしたトーマスが聞き返す。王宮に罠って…絶対に駄目なやつだ。
「んだ。リアム様や他の王族の方々に敵意があるのかないのか鑑定すればいいだけだ。わたすみたいに眼鏡の形にしてもいいし、悪意ある人間が通り抜けた時に音が鳴る仕組みとかもいいべな!よかったら創るべ?」
「やめろ!!お前力を隠す気があるのか!?」
リアムはポンと国宝級の代物を創ろうとするフローラの安直さに目を剥き、トーマスは祝福の力の汎用性の高さに目から鱗状態だ。
「? わたすの力は大切な人を守るためにあるだで、リアム様のために使うのなら別に構わないだ」
「!?、っ…」
なんの思惑も嘘もないフローラの言葉に、リアムはボッと顔を赤らめ狼狽えた。
王族であるリアムは自分を懐柔しようと試みる耳障りの良い言葉など幼少の頃から腐るほど聞いてきたというのに、なぜフローラの言葉にはこれほど動揺し無様に狼狽えてしまうのか…と冷静に自己を分析にかける。
なぜかフローラの言葉には自分が自分でいられなくなりそうな、心を揺さぶり落ち着かなくさせてしまう力があった。
だがそれは決して嫌な感情ではなく、むしろもっと聞いていたい、ずっと側にいてほしいと願うような…自分でもよく分からない不思議な感情だ。
フローラはリアムに嘘をつかない。この事実が大きく関係している気がする。
以前「木登りがうまくなる祝福を授かった」と嘘と言っていいのか分からないほどくだらない内容の嘘をついたが、それ以外の言葉に虚言を混ぜたことは一度もなく、そのためリアムはフローラという人物を無意識の内に正直で誠実な人間だと認識していたようだ。
リアムの祝福内容を知っているため敢えて嘘をつかないようにしているとも考えられるが、フローラは野生の本能で生きているタイプなのでおそらく何も考えていないだろう。
無条件で信頼出来る人間などほとんどいないリアムにとって、フローラが発する言葉は、その存在は、いつの間にかこれほど重く、大きくなっていたのだ。
「………お前は、…フローラはなぜ俺に嘘をつかない?
普通は自分を良く見せたいと思うだろう?王太子である俺に擦り寄り権力にあやかりたいとは思わないのか?」
孤独を宿した瞳を不安げに揺らすリアムは迷子の幼子のようにも見え、そんな主の様子にトーマスはハッとして、そしてどこか期待するような眼差しをフローラへと向ける。
トーマスは幼い頃からリアムに仕えているので、彼の抱える孤独や人間不信気味である理由をよく理解していた。
ただでさえ王太子という高貴な身分に生まれたというのに、誰もが見惚れる絶世の美貌まで持ち合わせていたリアムの周囲には、様々な人間が様々な思惑を胸に抱き群がって来ていた。
幼い頃から聡明であったリアムはその思惑に気づけぬような愚か者ではない。人の嘘を感じ取る祝福を授かってからはさらに人々の悪意や醜い一面に触れるようになった。
表面ではいつも笑顔でさらりと受け流しているが、本当はリアムが「嘘が分かってしまう自分」に疲れていることをトーマスは知っている。
だから今、リアムがフローラにした質問の重大さに気付いた。
リアムはフローラのことを心から信頼したいのだ。
お前は本当に心を寄せていい相手なのかと、嘘偽りのない言葉で聞きたいと願っている。
リアムにそこまで思わせるのだからフローラは嘘のない人間なのだろう。
そしてリアムがそれ以上を求めたということは―――きっとそういうことだ。
トーマスは、どうか孤独な主に同じ想いを返してあげてほしい…と祈りながらフローラの返事を待つ。
『フローラはなぜ俺に嘘をつかない?』
フローラはララを含めた三人に凝視されていることを不思議に思いながらも、馬鹿正直にリアムのその問いに答えた。
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