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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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71 ジョージ・スミスという男


 ジョージが夜遅くまで国王の執務室に残り仕事をしていると、窓をココンッと叩く音がしたのち影の男がどこからともなく室内に現れた。

 ジョージは書類をめくる手をとめることなく男に問い掛ける。



「ご苦労さまです。して、また例の侍女に追い返されたのですか?」


「はい。動きが只者ではなかったので調べたのですが該当する人物は見つかりませんでした。

 そして今日確信しましたがあの侍女は男です。変装技術の高さや暗器の扱い方からして高位貴族所有の影であったというのは間違いないと思います」


「ふむ……。元影であった身元不明の男を側に置く男爵令嬢、ですか…。ますます興味深いですね」



 まだ若く健康そうな影が精神を病むことなく五体満足で別の仕事に就くことなど、まずあり得ない。

 本来影が仕事を辞めるのは任務を全う出来ないほどの怪我を負った時か死んだ時だけ。


 辞めると言っても世に晒せない機密案件にどっぷり首を突っ込んでいる人間が組織を抜けることなど許されるはずもなく、一生組織で飼い殺されるか、非道な雇い主のもとでは処分される未来しか残されていない。

 陽のあたる道を歩むことが出来なくなる影の仕事に就く者達は、そうせざるを得なかった者達ばかりなのでその扱いも自然と軽んじられてしまうのだ。


 王家所属の影達は人間以下の扱いを受けることもないし衣食住が保証されているホワイトな職場に満足してはいるが、それでも今までの名前や家族、友人、故郷、戸籍に至るまですべて捨ててこの世界に身を投じている。

 フローラの監視を命じられた王宮の影にしてみれば、あのふざけた侍女に扮した元影は闇の世界から逃げ出しまんまと自由を手に入れた裏切り者のようにも映った。

 


「……このままでは監視の任務に就くことが出来ません。あの男を殺す許可を頂きたいのです」


「陛下はお許しにならないでしょう。お命じになられたのはあくまでも男爵令嬢の監視のみ。

 ですがこのままでは埒が明かないのも事実…。ふむ、リアム様に揺さぶりを掛けることにしましょうかね。

 また指示を出します、それまでは元影に見つからない程度の距離で対象の監視を続けて下さい」


「……分かりました」


 男は少し不満げに返答するも、ジョージは男の気持ちを察していたので苦笑して見逃す。



「俺は任務に戻ります。…最後に一つ教えて頂きたいのですが、あの男爵令嬢はウィルソンと何か関係があるのですか?」


「…ウィルソン公爵家と? なぜです?」



 フローラがアマンダ・ウィルソン公爵令嬢に拐われたという事件は記憶に新しい。事件後にリアムが奔走していたこともあり、誘拐事件そのもがなかったことにされているが。

 そして王家の影はこの事件に関与していなかったためフローラとアマンダの関係性を知らないはずなのに、影の男が二人の繋がりを仄めかしたことにジョージは疑問を感じる。



「いえ、あの侍女になりすましている男はウィルソン所属の影だったのでは…と、ふと思いまして」



 孤立した組織である影の世界にも横の繋がりは多少あるので、服装やちょっとした癖、使われている暗号などでだいたいあれはどこどこの家の手の者だな、と推測することが出来た。

 そしてあの侍女が自分を追い払う時の暗器をなげる際の仕草は、以前見たウィルソン家の影のものと同じだったように思う。



「…ウィルソン家の影が抜けたという情報は?」


 ジョージはいつしか書類を置き真剣な表情で男に問いかける。



「その情報は入っていません。ですが一人死んだらしいです」


「死んだ?」


「はい。ウィルソンの影の中でもトップの地位にいた男が行方不明になったとか…。公爵が命じたのでしょう、最近までウィルソンの影達が血眼になって捜索にあたっていましたがどうやら見つからなかったようです」


「では、その行方不明の男が今フローラ嬢の側にいる侍女という可能性は?」


「それはありません。

 行方不明になった男は幼い頃大規模な火事に合い、顔全体がひどく焼けただれていたようなので。

 対象の側にいる侍女の顔はきれいなものでした。あれは化粧で誤魔化しているという顔ではありません」



 侍女に変装している元影は、男だと言われても簡単に信じることは出来ないほどに美しかった。化粧うんぬんの話ではなく、元の造りが良いのだろう。

 あれほどの美貌があれば影になどならなくとも他にいくらでも金を稼ぐ方法はあっただろうにと思うが。

 

 男がジョージを見やると恐いほど真剣な顔で何事かを考えているようだった。



「ジョージ様?」


「……有益な話をありがとうございます。人手を増やして構いませんので引き続きフローラ嬢の監視と、その元影の男についての情報を探って下さい」


「はっ」



 短い返事の後男の姿は執務室から消えたが、ジョージは仕事の手を再開させることなく一人思考にふける。


 フローラをリアムの婚約者とするにあたり身元調査を済ませた時には怪しい侍女の存在はなかった。

 ならばフローラとウィルソンに所属していたと思われる影の男が出会ったきっかけは、おそらくアマンダによる誘拐事件だ。



 フローラは敵であった影の男を味方に取り入れた?


 どうやって?

 


 そもそも失踪したウィルソンの影の男と、今フローラに仕えている男は別人という話だ。


 ―――顔に火傷の跡がない、という理由で。




 ジョージは自分の立てた荒唐無稽な推測に身震いした。

 普通の人間なら非常識過ぎて考えもしないだろう……フローラがウィルソンの影の男の火傷跡を治し、自分の手元に置いているだなんて。



 だが、フローラは国王を超える希少な祝福持ちであることは分かっている。


 もしその内容が『治癒』系の祝福であったならば?


 そうだとしたならばウィルソンの元影がフローラに仕えている理由の辻褄が合う。



 ただ、一つ分からないのはリアムがフローラの祝福の力を必死に隠そうとする、その理由だ。


 治癒の祝福持ちが現れるなどこの国始まって以来の慶事であり、国を挙げてフローラという存在を護りこそすれ隠す必要はないはずだ。


 ではフローラが目立ちたくないと言っているのか?


 だがそれはリアムと婚約したことでなによりも世間の注目を集めてしまっているのだから違うだろう。



 そもそもリアムがフローラの気持ちを慮っている時点でおかしいのだ。イルド王国にとって有益な力であるならば自身の婚約者にするなどという回りくどい方法で縛り付けずとも、国王に報告して王命を出せばいいだけのこと。

 そうすることでフローラの自由が制限されたとしても、自身にも他者にも厳しい男であるリアムに痛む心はないだろう。



 ならば考えられる可能性はフローラの祝福は「治癒を含めたそれ以上の力である」ということ。

 その力を恐れたリアムの対応が後手に回っているのかもしれない。

 …正直、それがどのようなものであるのかまでは想像することすら出来ないが。


 

 ―――揺さぶりをかけるならやはりリアム様だな。



 本気を出して突っついてみるかとわりと不敬なことを考えながら、そんな気分ではなくなったジョージは仕事を終えるべく机の上を片付け始めた。


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