69 フローラがいては出来ない難しい話
公爵夫人の襲来と陥落、イアフスのぬいぐるみ憑依、レオの人間をやめている真の力が判明したりと、いろいろと濃い時間を過ごしたアンダーソン家訪問だったが、門限の時間が迫ってきたため話したいことや聞きたいことは山程残っていたがフローラ達は寮へと帰ることとなった。
レオはくまのぬいぐるみに憑依したイアフスを腕に抱きながらフローラとララが乗る馬車が停まる玄関先までやってきており、使用人達はそんなレオを、え……お優しいが硬派なレオ様がファンシーなぬいぐるみを抱っこしている…!?と二度見した。
「レオ様、本日はお招き頂き、ありがとう、ございました」
周囲にお見送りに出て来てくれた使用人達が大勢いるのでフローラは貴族バージョン(?)の挨拶を述べる。
「こちらこそ来てくれてありがとう。続きはまた学園で話そうね」
「はい。失礼致し、ます」
フローラ達が乗った馬車を手を振り見送ったレオは、ぬいぐるみを恭しく抱っこしながら颯爽と自室までの廊下を歩き、順応力の高い公爵家の使用人達は目にした光景をすでに現実として受け止めにこやかに頭を下げる。こういった雰囲気はレオが十歳の頃から使用人達と築き上げてきた信頼関係があってこそだ。
レオは自室に戻るとソファに座り、自身の膝の上にイアフスを優しく乗せた。
「さて、イアフス様。先ほどは聞けなかったことを教えて頂きたいのです」
「なにかな?」
「イアフス様が望まれた未来と現在ではどれほどの齟齬が生じているのですか?」
レオの真剣な目とイアフスの円らな瞳がぶつかる。
「そもそもイアフス様が視た未来とは誰に守護を与えるか決まっていない状態で視たものなので、私に守護を与えたことですでに未来は大きく変わっていると考えるべきです」
「そのとおりだ。レオの懸念はただしい…わたしはこのさきにある未来をしらない。
だが、人の感情をかんがみればおおきな変化といえるような事柄も、神の目からみればどの事象もほんの些細なものだから影響はまったくない、ともいえる」
「…? どういう意味でしょうか」
「たとえばレオに守護をあたえなかった未来とあたえた未来、神の感覚からすればこの二つの未来の辿りつくさきはおおきく違わないということだよ」
「……」
確かに…ティアから祝福を授からなかったと思い悩む日々や、周囲から呪われていると遠巻きにされた時に感じた辛さや恐怖などという心に起因する感情を無視すれば、祝福を授からなくとも守護を与えられようとも、レオは今日まで変わらず公爵子息として存在し順風満帆な道を歩んでいる、と言えるのかもしれない。
人の気持ちをまるで考えない神の思考に共感することは出来ないが、言いたいことは少し分かる。
つまり傲慢な少年だったレオが祝福を得てそのまま成長したとしても、純粋なフローラに出会い絆され恋に落ちたということなのだろう。
「…私がフローラの夫となり彼女の力を生涯抑え、ルルーシュ様からその存在を隠し切れる未来の可能性は高いまま、ですか?」
「そのはずだよ。こまかい違いはあれど君とフローラがむすばれ世界は崩壊をまぬがれる、というわたしがえらんだ未来の道を順調にあゆんでいるようにみえる」
それを聞いたレオはほっと胸を撫で下ろす。
それにしてもなんというありがたい神のお言葉なのだろうか。この道を間違えることなく進むことが出来ればフローラと結ばれる未来が約束されていると言うのならば、全力を出して歩む以外の選択肢はない。
「ただ…ひとつ気になっていることがある」
「なんです?」
「フローラの力はレオのそばにいる時にはちゃんと抑えられているとはおもう。
その証拠に『怪力』や『言霊』の力をレオのまえではきちんとコントロール出来ていた。
フローラも本能でそのことを悟っているからレオには気をゆるしているのだろうね。ただ、その効果が少しよわい」
「効果が、弱い…」
「わたしの力は相手が心をゆるせばゆるすほど安定しその力を増す。
つまりフローラの気持ちがレオにあるのならばもっと祝福の力を抑え込むことが出来ているはずなんだ」
レオは話を聞いているうちに段々とぬいぐるみを掴む手に力が入っていたようで「レオ、くるしいよ」というイアフスの声ではっと我に返る。
レオがフローラと結ばれる未来を目指す上で邪魔な存在となるのはきっと―――リアムだ。
レオは執務室でリアムと話した時から少し嫌な予感がしていたのだ。
リアムがレオにフローラのことを諦めるように迫ったのは、強大なフローラの祝福の力を王家で管理したいという理由だけではないように感じたから。
リアムの目が、一人の男としてフローラを手元に置きたいのだと訴えているように見えたのだ。…本人に自覚があるのかまでは知らないが。
たとえフローラの気持ちが今はレオになかったとしても、リアムがフローラを好いていたとしても、レオがすべきことはただ一つ、望む未来にたどり着けるようフローラに愛を乞う努力を惜しまないことだ。
そのついでに世界の崩壊も防がなくてはいけないので、鈍感なフローラへのアプローチ方法をレオが真剣に思案していると、膝の上に鎮座するイアフスのふわふわボディがピクリと強張った。
「イアフス様?」
「……、レオ。予定よりすこしはやいがルルーシュが目覚めたようだ」
「、!?」
イアフスはぬいぐるみに憑依しなければこの世に顕現することすら出来ない情けない状態ではあったが、この世界の守護獣であるルルーシュが目覚めたことでむせ返るほどの神力が大気中に溢れ出たことくらいは察知出来る。
イアフスの予想では目覚めるまでもう少し猶予があると思っていたのだが、精神体となり天界を彷徨っている間ルルーシュの様子を確認出来なくなっていたことで予測が外れてしまったようだ。
「……イアフス様にはルルーシュ様の目覚めが分かるのですね…。私は今フローラの側にいませんが、この状態はまずいのでは?」
「いや、目覚めたばかりのルルーシュは世界が潤滑にまわっているか確認することにまず神力をついやすから、すぐに勘付かれることはおそらくないはずだ。
フローラの存在にきづかれるとしたらそのあとかな」
「どうするのです?私がフローラに四六時中張り付く、というのも現実的な案とは言えませんよ?」
あと数年ルルーシュの目覚めが遅ければ、フローラと結婚してレオがずっと側にいてもおかしくはない環境を作れたかもしれないが、二人とも学生である今の状況では無理な話だ。
「フローラにはレオに力をおさえてもらいつつ、自らその力をコントロール出来るようになってもらわなくてはならない。
いまはティアに与えられた力を身体からたれ流している状態なんだ。これをコントロールしておさえられるようになるだけでもルルーシュに見つかる可能性はぐっとへるだろう」
ルルーシュが目覚めてしまった今、レオの手を借りつつフローラに祝福の力をコントロール出来るようになってもらうことが最優先事項となるようだ。
「まぁ、ルルーシュも目覚めてすぐはうごけなかったり寝ぼけていたりするから、それほどあわてる必要はないよ。確実にひとつひとつこなしていこう」
「はい。……あの、ずっと気になっていたことがあるのですが………フローラから花の蜜を煮詰めたような甘い匂いがするのです。これもイアフス様に守護を授かったこととなにか関係がありますか?」
レオがフローラに初めて出会った時に感じた強く甘い魅惑的な匂いは、今もずっと変わらずにローラから漂っていた。
どこか懐かしくもありその匂いを嗅いでいると心から安心出来るのに、匂いがしなくなると途端に不安に駆られる、そんな依存性のある危険な香り。
今まで何度も不思議に思ったがフローラからその香りがするのは当然だともなぜか思ってしまい、深く考えることはして来なかったのだが…これはどう考えてもおかしいだろう。
「ああ、それは番フェロモンだよ。
神同士が正規の手続きをふんで結婚すると魂までもがむすびつき互いを番だと認定するのだけど、そのときに相手が好むにおいを発するようになるんだ。
フローラにはティアの、レオにはわたしの力がおおく流れているから番フェロモンも受け継いでしまったのかもしれないね」
「相手が好む匂いを発する…」
つまりフローラも自分から番フェロモンを感じ取っているということか…とレオは考え込む。
番同士で惹かれ合うという神の放つフェロモンに抗える人間などいるのだろうか……。
フローラとはフェロモンのおかげで惹かれ合うように仕組まれたということでは?
―――はたしてこれは本物の恋と言えるのだろうか?
レオは心からフローラが好きだと、フェロモンに惑わされた想いではないのだとはっきりと言える自信がある。
出会いのきっかけは匂いだったかもしれないが、レオがフローラに惹かれた理由は裏表のない素直な性格と飾ることのない人柄にだった。
だが、フローラの場合はどうだろう。
出会った当初から気を許してくれていたのは番フェロモンのせいだったとするならば、今の二人の関係性は純粋に自分達だけで築いたものだと言えるのだろうか。
神々にしてみればこのように考えてしまうレオの気持ちなど取るに足らないものかもしれないが、番フェロモンのおかげなどではなくフローラにはレオ自身を深く知って、いつか好きになってもらえる未来に辿り着きたいと強く願った。
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