64 リアムとレオ
三年生ともなると将来を見据えてのカリキュラムが組まれるのでそれを利用して今日は学園を休み、レオは宰相である父、アンダーソン公爵の仕事を手伝うため王宮へとやって来ていた。
アンダーソン家は代々宰相を務めてきた家系で、このままいけばレオも将来は宰相となり国王を補佐していくことになるのだろう。
もちろん将来の国王とはリアムのことだ。
フローラの一件でもはやリアムに対し忠誠心など欠片も持ち合わせていないレオは、宰相などならずにフローラと領地でのんびり過ごすのもいいなと想像しながら王宮の廊下歩いていると、リアムと数名の大臣が会議室から出てくるのが見えた。
レオは扉の前でしばらく談笑していたリアムが一人になったタイミングを見計らい声を掛ける。
「リアム殿下、おはようございます。本日も学園を休まれ公務ですか?お疲れ様でございますね」
「…。レオか」
大臣達とはにこやかに会話をしていたというのにレオに対しては無表情の塩対応。
レオはリアムの二面性をすでに知っているので何とも思わないが、初見で王太子にこの態度を取られたら大抵の者はビビるだろう。
「はぁ…。お前とはしばらく会いたくなかったんだがな。まぁいい、少し顔を貸せ」
「構いませんよ。どこにでもお供致しましょう」
「………?」
リアムはレオの態度に一瞬違和感を覚えるもその正体が分からず、内心で首をかしげながらも自身の執務室へ向かうべく歩き出す。
レオはリアムが一瞬見せた怪訝そうな表情に思い当たる節があり、すぐ後ろに付き従いながら口元に笑みを浮かべる。
レオは公表されている貴族全員分、誰がどの祝福を得たのか記憶していた。
自分の呪いに影響を受け、それを勘付かれるような人物には触れないよう、近くで話さないようにするためだ。
何百人といる貴族一人一人の顔と祝福を紐付け記憶するなど常人には成し得ないことだが、レオの場合命がかかっていると言っても過言ではなかったので必至になって覚えた。
その成果もあり、レオの呪いの噂が今日まで払拭されることこそなかったが再燃することもなかった。
ただ、リアムに関しては祝福が秘匿されているため、王宮でよく顔を合わせる間柄だというのに今まで何の対策も打てていなかった。
常時発動系の祝福だと呪いの存在に気づかれてしまう可能性があるので、今までレオはリアムと至近距離で話すことはなるべく避けてきたという経緯がある。
それが今日はリアムのすぐ後ろを歩き会話までしている―――これはレオのイアフスによる守護の影響を受け、リアムの祝福が発動しない距離、接し方だ。
レオはこの力が呪いではなくイアフスの守護であると知った時から己の力を隠すことをやめた。
知らなかったとはいえ守護を呪いだと思っていたなんてイアフスに申し訳ない話だし、他の人々が自身の祝福を誇りに思うようにレオも与えられた守護を周りの人々に自慢したいほど誇っている。
その余裕や自信が顔つきや態度に現れているかのように、ここ最近のレオは同性から見てもより男らしく魅力的に映ったし、女性陣にしてみれば言わずもがな、垂涎ものの極上の男だろう。
最近フローラと懇意にしていることもあり、「呪いなんて所詮でまかせだったのでは?」「あの女でいけるなら私だって…!」と目をギラつかせレオににじり寄る女が増えてきていたが、もちろんフローラ以外の人間に何の興味もない。
リアムはリアムで微笑みを絶やさない魅惑の王子として絶対的人気を誇っているのでそんな二人が揃って王宮を歩いていると、働く侍女や王宮を訪れていた貴族達の注目を大いに集めることとなった。
「……おい、もう少し離れて歩けよ。俺がチビに見えるだろ」
「私の身長が高すぎるあまり殿下にご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。
ですが気になさることはありませんよ、殿下の身長は世の一般男性のちょうど平均くらいはありますから」
「はっ。それがお前の素ってわけか?虫も殺さねぇような顔して俺を馬鹿にするなんていい度胸してるな?」
「滅相も御座いません。私の素の状態など殿下の裏の顔の足元にも及びませんよ。
私ももっと殿下のように爽やかな笑顔で毒を吐く技術を習得すべく精進せねばなりませんね」
遠目から見た二人は口元に笑みを浮かべ和やかに談笑しながら歩いているように見えていることだろう。
その内実がこれほどギスギスしているとは誰も思うまい。
それからも貴族らしい寒々とした言葉の応酬は続いたが、リアムの執務室と思われる部屋に辿り着いたことでようやく終わりを迎える。
「お帰りなさいませリアム様……と、レオ様ですか。
なんというか、珍しい組み合わせですね。お茶をお入れします、どうぞおかけください」
「久しぶりだね、トーマス。ありがとう」
トーマスが隣の部屋に入っていくのを見届けたレオはリアムに声を掛ける。
「この部屋にはトーマスだけですか?王太子殿下の側近が一人なんてあまりにも少なすぎるのでは?」
「仕方がないだろう。信用出来る奴が少なすぎる」
レオに雑な返事をしながら大きなデスクと対になった執務用の椅子に腰掛けたリアムは、途中であることに気付いた。
そういえばレオの言葉に違和感を感じないな……。
リアムの祝福は常時開放型だ。
そのため見栄っ張りで嘘つきな生き物である貴族達と二言三言話せば、嘘を違和感として感じてしまう。
先ほどのあのギスギスとした会話の中で、レオが心にも思っていないことを口にしたタイミングは何度もあったはず…それなのにリアムが違和感を、嘘を捉えることは一度もなかった。
「……」
以前から根強く残ってきた、レオが周囲の祝福の力を打ち消すという呪いの噂は本当だったということか?
そもそもどうして俺は今日そのことに、呪いの存在に気づけた?
それはどこか吹っ切れた様子で自信を漲らせているレオ自身に変化があったからこそだ……そしてそれは明らかにここ最近のこと―――
「っはぁーーー………。フローラか?」
疲れた様子でため息をつきつつリアムが呟いた言葉にレオは心から驚く。
一つ一つは些細な変化・事柄を繋ぎ合わせ意味を持たせる…言葉にすれば簡単なように聞こえるが、常に周囲を観察して少ない情報で正解に辿り着ける者はきっと少数だろう。
さすが聡明な王子様だ、とレオは口元にうっすら笑みを浮かべる。
「そうですよ。フローラは私の女神です」
「……」
女神という単語を持ち出したことでレオは少なくともフローラの虹色の瞳について知っている、とリアムは確信する。
「……そこまで言うのなら分かっているだろう。あいつは一公爵子息の手に負える女ではない。
王家の守護の元フローラには最大限の自由を与えるつもりだ。お前は手を引け」
「なぜです?フローラは祝福の力をひけらかすことも悪用することもしません。今まで通り眼鏡をかけて祝福を隠して生きて行くのならば王家の守護など必要ないでしょう。
公爵家の田舎の領地でのびのびと暮らす方がフローラの幸せだと思いますよ」
「お前はすべてを知らないんだな?だからそのような呑気なことが言えるんだ。
すべてはフローラの気持ち一つなんだぞ!?いつ変質するのかも分からないそんな曖昧な存在を放置して国を危険に晒すことは出来ない!!」
「心配はいりません。フローラが私の側にいる限りは。
………殿下は私の力にお気付きになられたのでしょう?これが何を意味するか分かりますか?
私はずっと考えてきました…なぜ神は私にこのような試練をお与えになるのか、と。
その長年の謎に答えを与えてくれたのがフローラでした。
なぜ私が選ばれたのかは分かりませんが、その理由がもしも私の推測と同じであるならば―――今までの苦しみにも意味があったのだと思うことが出来る」
「………?」
レオが何を言いたいのか分からない部分も多いが、呪いと言われるような異質な力を与えられた苦しみは、きっと想像で語ることすら憚られる壮絶なものだったのだろう。
リアムが押し黙ってしまったのでレオは静かに席を立つ。
「殿下はフローラに流れる悪評をなんとかするために私と話をしようとなさったんですよね?
ですがお断りします。私はフローラを諦めることは致しません」
「俺を……王家を敵にまわすというのか?」
「私にとってのフローラはそれだけの価値がある。
彼女を手に入れるためならば何を失っても惜しくはない。
結局のところ、フローラに選ばれた者が勝者になるのですよ。私達は選ぶ立場にはないということ…殿下もそこを履き違えないことですね」
それだけ言うと一礼したレオは退室して行った。
「殿下ぁ……レオ様、本気じゃないですか……」
茶器を載せたワゴンを押しながらトーマスが執務室に戻ってくる。張りつめた空気をいち早く察知したトーマスは息を殺し隣室に待機していた。
リアムはトーマスの問い掛けにはなにも答えず、レオが出て行った扉をじっと見つめる。
レオ・アンダーソンとまともに話したのは今日が初めてだったが、相手の意図を読む力と機転が利く発想力、権力者に立ち向かうだけの度胸もある得難い男であるということは、少し話しただけでも分かった。
「はぁーーー。あいつが味方であったならば呪われててもいいから側近にしたかった…」
レオがリアムと対峙することを決めてしまった今となっては決して叶わない未来だが。
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