63 夢とティアと現実?
その夜、フローラはどこかで見たような白い空間に一人佇む夢をみていた。ここはどこだ?とキョロキョロと辺りを見回していると―――
「フローラたぁん!!さっきはいきなり千里耳切っちゃうなんてひどぉい〜〜。やぁーーーっとお話出来ると思ったのにぃ〜〜!!」
聞き覚えのあるハイテンションな声で話し掛けてくる人物が、一人いた。
「…………………やっぱりこれは夢だべ、ティア様と簡単にお話出来るわけねぇだ」
「そう、これは夢よ。でもさっきのもほんと♪」
「!?」
眠りに就く前、フローラは試しに千里耳でティアにアプローチしてみたのだ。
もちろん本気でティアに繋がるとは思っておらず、「あの意味深な言葉は何だったべ〜〜?」という軽い問い掛けをしただけ。
するとすぐにティアの心の声が聞こえた。
「やったわぁぁぁあ〜〜〜!!!ついに、ついにフローラたんと繋がったぁ!これは私から干渉したわけではありませんから!!あくまで愛し子からの呼びかけであって、私はなんの秩序も乱しておりませんからぁ!!」
誰かに何かの言い訳をするティア神の声にフローラは口をパクパクさせ固まったが、すぐに気のせいかと思い直し就寝した。
ティアは天界に住まう女神であり、この世界の創造主だ。
千里耳の力であったとしても簡単にそのような至高の存在とコンタクトが取れるはずもない。
そう自分に言い聞かせ眠りについたのだが―――
「ふふ、たぶんセーフね…!!
フローラたぁん、まったくどれだけ焦らせば気が済むのぉぉ!!フローラたんからの交信を待ち侘びて待ち侘びて、待ち切れなくて地上に降り立とうかと本気で考えたくらいよ!
千里耳で細く繋がった精神をしめ縄並に太く繋げたからこれからは夢の中で毎日でも会えるわ!!!
はぁ〜〜〜楽しいぃぃ最高ぉぉ〜!!女神やってて良かったぁぁぁ!!!」
「…!?、?」
終始ハイテンションなティアにフローラはまったくついていけてないが、一つだけ分かったのはこれは夢だけど夢ではないということ。
「あ…その……うぇぇ??」
「なぁに!?フローラたんっ!!!何でも言って!可愛いらしい声を聞かせて!!私がフローラたんの願いを何でも叶えてあげる!!はぁ!はぁ!」
女神が何でも叶えるなんて言うと洒落にならないし、興奮し過ぎて鼻息が荒いのもどうかと思う。
夢の中のフローラは眼鏡を掛けておらずティアとお揃いの虹色の瞳が晒されている。
自身とお揃いのティアの虹色の瞳を見ていると大変恐れ多いのだが、もし自分に姉がいたらこんな感じなのかなと考えてしまう謎の親近感に襲われ、それが段々可笑しくなってきたフローラは弾けるように笑い出す。
「ふふ、あははっ!!ティア様お久しぶりだべ〜〜!またお会い出来て嬉しいだ〜!」
「ぐっ、う!!?………これほどの力を手にしておきながら五年前と変わらぬ輝くほどの無垢な笑顔……っ!!!たまらない……たまらないわフローラたん!!貴女は最高です産まれてきてくれてどうもありがとう!!!」
ティアはフローラの太陽のような笑顔を浴び床に崩折れたかと思えば、大声で感謝の言葉を叫び目頭を指で抑えた。
しばらくはぁはぁしていたティアの発作(?)が収まるのを待ち、フローラは疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「えっと、『千里耳』はどれほど遠く離れた場所にいても対象の声や心の声までも聞くことの出来る力だで、それが天界にいるティア様まで届いたということけ?」
「そうよ。神は創った世界に必要以上に干渉してはならないという縛りがあるからこちらから働きかけることが出来なかったけれど………そのせいで一体何夜悔し涙を流したことか……っ!
でもね、自分の愛し子からの交信には応えていいの!どこの神も気に入りの子を見つけては愛し子認定しててね、その愛し子を通じて世界に干渉したりしてるのよ。まぁ、抜け道みたいなやり方よね〜」
「?わたすが今までティア様と繋がらなかったからティア様はこの世界に干渉出来なかったっぺ?
何かやりたいことがあったっぺ??」
「いいえ、フローラたんを通じて世界に干渉したいと思ったことは一度もないわ。そもそも私が愛し子と認めた子は貴女だけ。干渉したいならとっくの昔にそうしていた」
『神にただ愛されるだけでいいのか? 与えられた力には役割が、なにか使命があるんじゃないか?』
リアムに以前そう言われたことが少し気になっていたフローラはやはり使命はなさそうだとほっと胸を撫で下ろす。
「私はね、天界からフローラたんの日々の営みをねっとりじっくり観察出来ればそれでよかったの。
………そう思ってたんだけどぉぉお!!やっぱり見てるだけじゃ満足出来なくなっちゃってぇぇぇ!!つい千里耳の力に思念を混ぜ込ませちゃったっえへ☆」
尋常ではない色香を漂わせた美しい人かと思えば、少女のように可愛いらしい一面を持ち合わせていたり、ある分野に非常に詳しく特定の趣味に非常に没頭している人のことを指す“オタク”と呼ばれる人種に急変したりと、ティアの印象は短いサイクルでコロコロと変わる。
これは旦那様のイアフス様は大変だべな〜と思ったところでティアに聞きたいことがまだあったと思い出す。
「ティア様!一つ教えて欲しいことがあるだ」
「なぁに?なんでも聞いて?私のスリーサイズ?貯金残高?それとも嫁姑の確執の有無かしら??」
「なんか生々しいべ。そうじゃなくてイアフス様についてだ」
「ふふ、冗談よっ。それでイアフスがどうかした?」
フローラはレオがティアの祝福を授からなかったこと、その理由はイアフスの強力な守護を授かっているためであり、しかしなぜイアフスが守護を与えたのかまでは分からなかったことをティアに話した。
最初はにこやかにフローラの話を聞いていたティアだったが、話が進むにつれどんどんと険しい顔つきになり、最終的には般若を背負った。ゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうな雰囲気だ。
「他の神の世界に手を出すなんてご法度もいいところだわ…………ちょっと絞めてくる……」
「えっ、えっ!?」
初めて聞く低ぅい声でそう告げるとティアは一瞬で姿を消し、それと同時に白い世界もホロホロと崩壊していき、フローラの夢の中の意識もそこで途切れた。
フローラが目を開けるといつものようにララが「おはようございます!」とニコニコの笑顔でホットタオルを手に持ち挨拶してくれた。
「ララ、おはよう」
「はぅん…。このお役目だけは死んでもあいつには渡さん!」
なにやらアリアと一悶着あったようだが深く触れないことにして、フローラがタオルで軽く顔を拭いていると、コンコンと扉を叩く音がしてアリアが入室してきた。
「フローラ様、おはようござ…、ぅえ!?女神バージョン!?あまりの神々しさに朝から目が潰れそうですぅっ……!!」
自身の目を覆いよろけるアリアはまだ眼鏡なしのフローラへの耐性が低かった。
「ちょっと!フローラ様の身支度がまだ済んでいないのだから勝手に入って来ないでちょうだい!」
「え〜だってぇ、昨日のフローラ様のご様子が気になっちゃってぇ〜」
ララに咎められてもアリアはどこ吹く風だ。そしてそこはララも気になっていたので二人はフローラへと視線を送る。
「実は昨日、千里耳の力でティア様と繋がることが出来てびっくりしてしまったんだべ〜」
「「…………」」
「夢の中にもティア様が出てきて下さって、これからも夢でお話出来るようになっただ」
「「…………」」
「祝福ってこんなことも出来るんだべなぁ〜、驚いたっぺぇ〜〜〜」
「いやいやいや!驚いたっぺぇ〜〜〜じゃないですよ!!!ティ、ティ、ティア様って女神ティアのことですよね!?女神と会話出来るって、貴女は天使ですか!?妖精ですか!?天女ですか!!?」
創造主である女神ティアと繋がったという主を、アリアはもう人間だとは思えない。
「アリア落ち着きなさい!!
と言いたいところだけど……やはりフローラ様は至高の御方…、既存の存在では語れないわ…!ここは…そう、『フローラ神』とお呼びするのが正しいわね!!」
「それだ!」
「二人とも何を言ってるだ?落ち着いてけれ」
フローラは訳の分からないことを口走る侍女二人に言い聞かせるように昨夜あったことを順序立てて説明した。
……キラキラと目を輝かせて拝み倒さんとするララとアリアがどこまで理解してくれたのかは謎だったが。




