62 アンダーソンの苛烈な血筋
一見和やかに思える昼食会、その内実はブリザードが吹き荒れる極寒仕様と成り果てていた。
「そう……。ウィルソン嬢に誘拐されて、そこでアリアを連れ帰って、リアム殿下に祝福を知られることになり、国王と晩餐を共にした、と………」
「んだ!」
「「………」」
鈍感な主はまったく気づいていないが、フローラの話を聞くにつれレオの背後には静かなる鬼が降臨し場の空気を氷点下へと変え、あまりの恐ろしさにララとアリアは俯いて空気に徹することしか出来なかった。
人間が発しているとは思えない殺気を撒き散らすレオは視線だけで人を殺せそうな勢いで、こんな空気の中もりもりとご飯を食べれるフローラの気がしれない。
「ねぇ、フローラ……。不可抗力だったかもしれないけれど殿下の部屋に泊まったのは良くないよ。
特に殿下は腹黒く信用出来ないから私以外の男には心を許さない方がいい」
レオはちゃっかりリアムの評価を地に落とし自分の安全性をアピールする。
「それに……リアム殿下とトーマスがフローラの秘密をすべて知っているなんて寂しいな。
私達は親友なんだよね?私にもフローラの秘密を共有させてほしい。もちろん秘密は必ず守るから。
…それとも私のことは信用出来ない?」
レオの悲しそうな顔を見たフローラは大切な親友になんて顔をさせてしまったんだと罪悪感を抱く。
「レオ様が信用ならねぇなんてことはねぇだ!むしろ頼りにしてるしこれからもフォローしてもらえると助かるだ!!」
「え、フローラ様チョロすぎない…?」
「はぁ…」
アリアはレオのあざとい策略とそれに簡単に引っかかるフローラの単純さに驚き、ララは結局こうなってしまうのか…とため息をつく。
このお昼休憩の間に話せる内容ではないので、次の週末レオの家に遊びに行きそこでゆっくり話をすることを決めた。
「フローラ、週末楽しみにしてる」
レオはフローラの手を取りそっと口付ける。
美男子による上目遣い付きの最強仕草に心臓を撃ち抜かれた者が約一名―――アリアだ。
え……なにあの色気……。俺みたいに女装してるわけでもないのに男が見惚れる色気って本物じゃん…。
あれほどのイケメンに至近距離からえぐいアピールされてまったく動じてない主って逆に女としてまずいんじゃ……?
アリアに女としての狩猟本能の欠如を心配されていることなど知らないフローラは呑気に答える。
「わたすも楽しみだ!王都に来てからお友達のお家に遊びに行くなんて初めてだでワクワクするだ。
手土産に喜びそうな獣さ仕留めて行くから楽しみにしててけろ!」
「ううん、手ぶらで、手ぶらで大丈夫だよ。学生の間は過度に気を使う必要はないから本当に」
手土産に獣、すごいパワーワードだ。
レオは必至の説得の末、フローラに獣持参をなんとか諦めさせることが出来たのだった。
***
「フローラ様ってぇ、アンダーソン様の前では普通に自分でご飯を召し上がったり喋ったりなさるんですねぇ?」
「??」
「…言われてみればそうね?なぜだかそれが自然な気がして今まで気にしたことがなかったけれど……フローラ様は最初からアンダーソン様には気を許していましたし、怪力の制御も出来ていましたし、言霊の力を恐れることなく会話されてましたよね?」
寝る準備も済ませた寮の一室、フローラが寝るまであと少し時間があったので女三人(?)でホットミルクを飲みながらおしゃべりをしていた。
アリアはフローラに制御出来ない祝福があるためララを伴い学園に通っているという話を聞いていたし、実際学園でのフローラは誰とも不用意な会話はせず何も触れようとはしないところを見ている。
そんなフローラが祝福の暴走を恐れずレオとは自然体で接していることに疑問を覚えたのだ。
「なんでか知らねけどレオ様の側は安心出来るっぺ、気を抜いてるのかもしんねーだ。それにレオ様は―――」
ここでふと、フローラは千里耳を解放した時のティアの意味深な呟きを思い出す。
『この力を使えばどこに逃げようが隠れようが関係ない、誰であろうと必ずフローラたんのもとに隠された真実をさらけ出すことになるのよ。勿論、このわたくしも、ね♪』
あれは一体どういう意味だったのか…。
フローラは何気なしにティアの事を考えながら千里耳の力を解放した。
「フローラ様?」
「何かありました?」
何かを言いかけ急に黙りこんだ主を心配した侍女二人が両側から顔をのぞき込む。すると急に「えーーーーー!!!?」と絶叫しながらフローラが立ち上がったのでララとアリアは一瞬にして厳戒態勢に入った。
「っ、フローラ様どうなさいました!?」
「賊!?気配はしねぇけど!?」
ララとアリアはフローラを背に庇い周囲を警戒し尋ねるも返事がないので振り向いて様子を確認すると、目を丸くして口をパクパクとさせ驚いた表情を見せている。
フローラは驚いた表情のままゆっくりララとアリアに視線を向け、何か話すかと思いきや―――
「すまね、眠くなってきただ…明日話すっぺ。おやすみ」
そう言うとベッドに潜り込み、一瞬で眠りについてしまった。
「えー……。めちゃくちゃ気になるぅ…」
「もう八時だわ。明日まで待ちましょう」
少し開いたカーテンの隙間からは夜空に輝く大きな月が見える。
ララはカーテンをきっちりと閉めランプを消した。
美しい満月がその姿を完全に雲にかくれたのを見届けると、レオはバルコニーから室内へと戻った。
その手には数枚の書類が握られている。
「すべての元凶はアマンダ・ウィルソンか…。父親の公爵は隣国の第五王子に娘を嫁がせようとしているようだが…そのような生ぬるいこと誰がさせるものか」
レオはテーブルに書類を放り投げるとソファにドカッと座る。
フローラがアリアを拾うはめになったのも、リアム達に祝福の秘密がバレてしまったのも、国王との面会を済ませ婚約者としての地盤固めを着実に進めてしまったのも、すべてはアマンダがフローラに嫉妬し陥れようと画策したせい―――この罪は、非常に重い。
「フローラと比べることすら烏滸がましい醜悪な存在で……よくも身の程知らずなことをしてくれたな」
フローラにいつも見せている温厚なレオはいない。
あるのは鋭い冷たさを孕んだ漆黒の瞳を残酷に細め、獲物をどのように甚振るか思案する圧倒的強者。
鬼畜伯爵が後妻を探していたな…前妻二人が不審死を遂げたことで嫁探しは難航しているようだが。
そこに宛てがっても構わないがすぐに死なれては気が晴れない―――長く太く鮮明に続く地獄で苦しむアマンダが見たいのだから。
ならば海を越えた先にある砂漠の国のハレムに堕とすのがいいかもしれない。あそこの王は残虐で物に対する執着心が強いと聞く。一度気に入った物は捨てずに修理して何度も使うらしい。
レオには良く分からない美的感覚だが、他国でも美しいと評判のアマンダならばきっと死ぬまで大事にしてもらえることだろう。
フローラに何をしようとした?
男達に襲わせるつもりだった?
それとも一生消えない傷を負わせようとした?
そもそもフローラでなければ男に誘拐されたという事実だけで令嬢生命は死んでしまっていた。
それだけのことを仕出かしておきながら父親からの叱責だけで終わらせるはずがないだろう。
フローラ本人はまったく気にしていなかったが、レオの怒りはアマンダに地獄を見せるまで収まらない。
報復の手を一切緩めるつもりのないこの苛烈さは間違いなく両親譲りだった。
「ウィルソン公爵を潰せば自動的にあの女も落ちるか。最近の公爵は後ろ暗い噂をよく耳にする。あんな男と同格だと思われるのはいい加減心外だったし……消えてもらおうか」
何の感情も込められていないその言葉はレオ以外誰もいない空間に静かに溶けていった。
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