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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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54 特別な乙女


「………」 


「………」



 リアムはフローラを無言でベッドに押し倒し、フローラは虹色の瞳を見られる訳にはいかないのでギュッと目を閉じている。


 傍から見れば完全にアウトな絵面だ。


 ちなみにトーマスは父親であるイーサンと今回の事件に関する口裏合わせをするために騎士団本部に向かわせているのでここにはいない。


 馬鹿正直に「フローラは誘拐されましたが無事見つかりました」と公表するわけにはいかないので。





「っ、…」


 地味なフローラ相手ならば何も思うことはなかったのだが、黙っていれば儚げな見た目をした美少女である今のフローラにこのような行いをするのは正直気が引けるも、しかしもう時間がない。


 起きたら知らせるとは言っておいたが、眼鏡のことを知りたくてしょうがないジョージがフローラの目覚めを今か今かと待ち侘びていていつ踏み込んで来てもおかしくはなかったのだ。

 



「……おい、お前がいくら起こしてもまったく起きなかったせいで時間がない。

 今すぐ俺にすべての事情を話せ。お前の祝福のことも、この眼鏡をどこで手に入れたのかも、地味顔にしてた理由も、隠してること全部だ!!」


「はぇ……?なに………?」



 フローラにしてみればまったく意味が分からなかった。 

 昨日の夜、森で出会ったリアムに馬に乗せられた後からの記憶がなく、そしてまったく知らない場所で目覚め、今はリアムに眼鏡と布団を剥ぎ取られた状態で上から見下ろされ詰問されているのだから。

 そして目を開けることが出来ないので余計に状況把握が難しい。




「っ、だからジョージにお前の祝福がバレたら面倒なことになるんだよ!お前は平穏に暮らしたいと望むんだろ!?だったら俺に全部話せ。事情を知らないと対処したくとも出来ないんだ!

 なにがあっても俺がお前を必ず守る!だから俺を信じて全部話せ!」

 

「!!………」



 リアムは勢いで言ってからハッとした。


 なんかこっ恥ずかしいことを言ってしまった気がする……と。

 

 あ〜〜…、べつに特別な意味はないのだが、あくまでジョージをうまく誤魔化す為であって、やはり事情を把握してないと難しいというか…勢いで言ってしまったというか……、いや、守ると言った言葉に嘘はないが……!



 リアムが脳内で誰に対してか分からない言い訳を必至にしていると、ふと、フローラの様子がおかしいことに気付いた。


「フローラ、お前………」


「えっ!?」


「………なんでそんなに顔が赤いんだ?」




  リアムが見下ろすフローラの顔は見たことないがないほどに―――真っ赤だった。


 



 リアムは自分に対しこういう反応を見せる女には耐性があり過ぎて普段は何とも思わないのだが、フローラは別だ。

 こいつに世間一般的な女と同様の情緒など育っているはずがないと決めつけているリアムは違う心配をした。



「急にどうした?腹でも痛いのか?」


 他の女性であれば羞恥で泣かれてもおかしくはない発言だが遠慮することなくはっきりと尋ねる。





 一方フローラは人生で初めて言われた強い気持ちのこもったその言葉に―――めちゃくちゃ動揺していた…そう、フローラに始めて世間一般的な世の女性達のような情緒が芽生えた奇跡的な瞬間だった。








 フローラはこれまで常に誰かを守ってあげる側の人間だった。



 大切な村人達や領地をありとあらゆる脅威から守り、『悪』が襲い掛かれば物理的に対処してきた。

 弱い者いじめなど絶対に許さなかったし、困っている人の声には耳を傾け全力で手を差し伸べる、せまい領地での話だがフローラは今までそうやって生きてきたのだ。


 母様や父様やララはフローラを守るといつも言ってくれているが、それは家族愛であって激情を孕んだ感情から来るものではなく、温かくて胸がポカポカするような穏やかな想いだ。


 そして今や誰よりも強いフローラは、家族に「守るよ」と言われて感謝こそすれ、何かあったとしても本当に守ってもらうつもりなんてなかった。




 でも、先ほどのリアムの言葉には―――様々な想いがぐちゃぐちゃと混ざり合って痛いくらいの強い感情が込められていて、ひどくフローラの心を揺さぶった。



 王太子としての責任感やフローラの意志を出来るだけ尊重したいと思いやる気持ち、未知の祝福の力に対する警戒心や恐怖心、なぜ自分にもっと頼らないのかと苛つきつつも本当に自分に対処出来るのかと葛藤する心。

 でもリアムの根っこにあるのは絶対的自信、何があっても乗り越えてみせるという鋼の精神だ。

 


 これらの想いが複雑に絡み合って出た「フローラを守る」という言葉。

 あまりにも強い想いで発せられたその言葉に、フローラは初めて他人に「この人になら本当に守ってもらえるかもしれない」という感想を抱いた。


 フローラは自分でも気づいていなかったが、本当は誰かを守ることに不安や心細さを抱えていた、らしい。一人じゃない、頼れる人がいると思えるだけでこれほど心が安定するのかと驚いた。




 フローラは千里耳を発動したままだったのでリアムの秘めた想いとその後の言い訳もばっちり聞いていたのだ。



「リアム様………」


 よく分からない感情に突き動かされたフローラは頬を赤らめたままゆっくりと目を開けた。










「………………………はあ!??!?」



 




 俺は今はナニを押し倒してるんだ………?





 リアムは絶賛混乱中だ。







 頬を赤らめ若干涙目の……虹色瞳を持つ女神がリアムをじっと見上げている。



 涙に濡れてより一層キラキラと輝く虹色の瞳は恐ろしいと感じるほどに神秘的で、その人ならざる瞳を見つめているとそのまま吸い込まれて一生囚われてしまいそうになる………。





 いろいろと限界を迎えたリアムはバッと身体を起こすとフローラに背を向けベッドの端に腰掛けた。







「おま……なんっってものを隠してんだよ…………………」



 フローラがあの“女神の落とし物”である眼鏡で何を隠そうとしていたのかは、今、分かり過ぎるほど理解した。

  虹色の瞳を持っていては外を歩くことすら難しかったことだろう。 





 というか、瞳が虹色ってなんだ?



 ……………。



 フローラに守ると言ったが………これは俺が一人で抱えていい問題なの、か?


 


 ティア神と同じ瞳を持つ少女の存在をリアムの一存で隠したとして、もしフローラの身に何かあれば王太子の命一つ程度で取れる責任はない。

 それほどにフローラの……虹色の瞳を持つ乙女の価値は、重い。





 ここは国を挙げてフローラを保護すべきでは?


 ティア神と同じ瞳を持つフローラの存在は国民の心の拠り所になることだろう。


 フローラだってわざわざ不細工に見える眼鏡をかけてまで虹色の瞳を隠さなくとも、王家の手厚い庇護の元、イルド王国の象徴として安全に暮らす方が―――





 ここまで考えてリアムは気付く。




 フローラはそんなことを一つも望まなかったから、今まで瞳の秘密を隠し続けてきたのだ。


 もし、今考えたことをフローラに強要すればどうなるのか―――



「リアム様」


 フローラにポンッと肩を叩かれビクッとしたリアムは慌てて振り向く。



「ちょっ、おま!!手!!?」


「大丈夫、です。今は精神的に落ち着い、てるので。

 だって、リアム様が、私が何を仕出かしたとしても、必ずフォローして、すべての悪意から、わたくしを守ってくれるのですから、ね?」


「……………」



 精神的に落ち着いていないと何も触れない手を肩に置かれリアムはとても複雑な気持ちになった。今すぐその手をどけろと言いたい。

 そして先ほどの「守る」という言葉を都合良く過大解釈され過ぎてて尋常じゃないプレッシャーを感じる。




「やっぱり俺には無理かも……。正直その目は見なかったことにしたい…………」 


「は?」


 リアムが本気で現実逃避していることを知ったフローラは一瞬でスンッとなった。

 そして奇跡的に芽生えた感情は跡形も無く霧散した。



「もう、言質は取ってます、ので!」


 珍しくフローラはイライラとしながら言い返す。

 なぜ自分が苛ついているのかは分からなかったが。


 

 プンプンしながらそっぽを向く眼鏡なしのフローラの素顔は文句なしで愛らしく、すべてを差し出して許しを請いたい謎の気持ちに襲われたが、どんなに見た目が変わろうとも中身はサイコパス戦闘ゴリラだと首を振り、リアムは正気に戻れ自分、と冷静に自身を戒めた。





 すると、コンコンと寝室側の扉を叩く音がする。


「リアム様、フローラ嬢はお目覚めですか?」




 ジョージだ…………。


 フローラからまだ一切の事情を聞いておらず対策も打てていないこの状態で、あの眼鏡に取り憑かれたジョージに対峙しろ、と………?





 次々と襲い来る試練にリアムは気が遠くなった。


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