53 眼鏡の価値
眼鏡を外すとフローラの顔が美少女に変わるという意味の分からない現象が起きた―――。
こんなの絶対祝福絡みだ!と瞬時に察知したリアムは、フローラにフードを被せ自身の胸に押し付けるようにしてその顔を隠す。
「ん?リアム様、どうなさいました?」
眼鏡に夢中になっていたジョージがリアムの挙動不審な動きにようやく気付く。
「いや!?なんでもないが!!?」
「? そうですか?あの、フローラ嬢が目覚めるまでこの眼鏡をお借りしててもいいですかな?」
「絶対に駄目だ!!」
ジョージにフローラの祝福を怪しまれることだけはなんとしても阻止しなければ!と、リアムは眼鏡の奪還を試みる。
「もういいだろう?眼鏡を返せ」
「あと少しだけ…、というかリアム様のその慌てよう…怪しいですね。この眼鏡について何か知っているのでは?」
「…。…知らない」
「ではもう少しだけいいでしょう?客間は青薔薇の間を使われますか?後ほど届けに参りますね」
「「………。」」
眼鏡を手にしたまま意気揚々とその場を後にするジョージを、リアムとトーマスは黙って見送ることしか出来ない。
「なんて眼鏡を掛けてるんだこいつは…………」
「えっと…私は今ものすごく混乱してますが、これは、一体どういうことでしょうか………。
フローラ嬢はあの眼鏡で姿を偽っていた…ということ?え、地味なほうに…??
フローラ嬢の規格外の祝福と何か関係があるとして、そもそもあの眼鏡は一体何なのです!?」
「はぁ〜〜〜!!何も分かんねぇ。とりあえずジョージに余計なことを探られる前になんとかしてあの眼鏡を」
「リアム様ぁぁあーーー!!!!!」
トーマスとたった今目の前で起きた事柄について議論していたリアムは、ジョージがダッシュで戻ってくるのが見えてギョッとする。
冷静沈着なジョージの走る姿など初めて見たリアムは驚きで一瞬固まるが、まさかもう眼鏡について何かバレたのか!?と身構えた。
「ど、どうしたジョージ…」
「っ、失礼!!」
「あっ!おい!!」
走って戻ってきたジョージがリアムの前に立ったかと思えば、徐ろにフローラのフードを外した。
フローラの顔のビフォーアフターを見られては困るリアムとトーマスは慌てるも―――
ジョージが持って行ったはずの眼鏡が………何事もなかったかのようにフローラの顔に掛かっていた。
「はぁ!?」
「えぇ!!!?」
「こ、これはっ………!」
どうやってジョージから取り返そうかと悩んでいた眼鏡がなぜかフローラの顔面にある。
そしてフローラの顔もちゃんと地味顔に戻っている。
……意味が分からないのだが!!?
リアムとトーマスは混乱の極みだ。
すると、なにやら思案していたジョージが話し出した。
「その眼鏡………もしや“女神の落とし物”、では?」
「なっ、“女神の落とし物”だと!?あり得ない!
…いや、不思議な力を持つという伝承には当てはまるがっ……、この眼鏡は虹色に輝いてはいない」
「それに“女神の落とし物”が最後に見つかったのは百年も前の話ですよ!?こんな…っ、急にポンッと現れる代物ではないのでは!?」
ジョージの推測にリアムとトーマスが反論するも、ジョージは手を挙げて二人を黙らせる。
「この眼鏡……途中で私の手の中から消えたのです」
「………消えた?」
「はい。どこにいったのかと周辺を探したのですが見つからず、もしやと思い急いで戻って参りました」
「………」
「おそらく、この眼鏡は一定の距離を離れると自動的に持ち主の元へ戻るのだと思われます」
「そ、そんなわけ………」
実はそんなわけがあった。
フローラが調子に乗って盛りに盛った眼鏡の機能の中の一つに盗難防止機能があったのだ。
盗難防止というか紛失防止のための機能で「あれ〜?眼鏡どこ置いたっけ〜?」を無くす目的で付けたものだった。
ある一定の距離を離れると眼鏡が瞬間移動して勝手にフローラの手元へと帰ってきてくれるという寸法だ。
調子に乗ったあの時の自分の行いが、後にこれほどの騒ぎを引き起こすなんて…と、フローラが目覚めたら眼鏡に余計な機能をつけたことを後悔するはめになるだろう。
「……この“女神の落とし物”がフローラ嬢の元に戻ってしまう以上、フローラ嬢ごと保護する必要がありますね」
ジョージが据わった目でそんなことを言い出したのでリアムは本当に嫌な予感がした。
「青薔薇の間では警備が心もとないのでフローラ嬢は一旦リアム様の寝室に運んで下さい。そこであれば影がべったりと張り付いているので安心です」
「はぁ!?嫌に決まってるだろ!プライベートエリアにある時点で青薔薇の間でも安全性は十分だろうが!」
「リアム様?フローラ嬢を鍵を厳重に幾重にも掛けた地下の宝物庫に仕舞うかリアム様の私室に運ぶかどちらかに決めて下さいそれ以外の場所は私が安心出来ないので絶対に認めませんからね!!はぁ、はぁ!!」
「お、落ち着けジョージ……」
ジョージの目がイッてて怖すぎる。あと興奮し過ぎだ。
ジョージの長年の夢は生きた“女神の落とし物”を自分の目で見てその価値を知ることだった。
だが、それは簡単なことではない。
虹色に輝き不思議な力を宿す“女神の落とし物”はすでに伝説の存在となっていて、一番最近でも“女神の落とし物”が発見されたのは百年以上も前のことなので、宿っていた力も虹色の輝きも失った状態で王宮の宝物庫の特殊ケースの中に鎮座している。
ティア神が天界から落とされた持ち物であるというだけで例え力を失っていたとしても大変貴重な物だが、そうではないのだ。
ジョージは不思議な力を宿した状態の“女神の落とし物”をどうしても見てみたかった。
それが今、そんな貴重な宝である“女神の落とし物”が―――見て、触れて、観察しまくれる場所(フローラの顔面)にあるのだ!!!
ジョージが据わった目で自国の王太子に詰め寄るのも致し方ないことだろう。
「リアム様……?宝物庫の扉を開けるための三つの鍵を持ち出す許可を取るにはややこしい申請書と膨大な時間が必要なのですよ………?宝物庫かリアム様の私室、どちらにフローラ嬢を放り込むのか決断は迅速にお願いしますね………?」
「…………し、私室、で……」
リアムはジョージからの耐え難い圧に屈した。
「さぁ、こうしてはいられません!!!私は王妃様に信頼出来る侍女を二、三人お借りして来ます。
リアム様の部屋に向かわせますのでフローラ嬢のお世話をさせて下さい。その時にくれぐれも眼鏡には触るなと厳重に伝えておきますのでご安心を!!!
ああ、陛下にも“女神の落とし物”発見のご報告をしなくては……!リアム様はフローラ嬢が起きるまで寝ずの番を頼みますからね!!では、解散!!!」
ジョージはパンパンと手を打ち鳴らすと王妃の私室へと足早に去って行った。
と、とんでもないことになってしまった………。
婚約者候補の女を王太子である自分の寝室に運ぶ?
これが露呈すればフローラに今流れている悪評を越える醜聞となるだろう。
とてもあの全方位に気を配り無駄な敵を作らない思慮深いジョージが言い出したとは思えないぶっ飛んだ行動だ。
「“女神の落とし物”にはあそこまで人を豹変させてしまう力があるんだな……おそろしい………」
「殿下、呆けている場合ではありませんよっ!こうなってしまってはフローラ嬢をリアム様の寝室へ運ぶしかありません。誰の目にもつかぬよう!迅速に!!」
「…!、そうだな」
それにフローラを抱き上げている腕もそろそろヤバい。
フローラの身体は全体的に引き締まっているがその分筋肉量が多く、そして一般女性達の平均より背がだいぶ高いので、いい加減リアムの腕がプルプルしてきていた。
こうして、ひと目を気にしながらも何かに急き立てられるようにして、眠っているフローラをリアムの寝室へとこっそり運び込む次第となった。
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