52 どんどんバレていく諸々
「………?」
フローラはやたら肌触りの良いふわっふわの布団にくるまった状態で目が覚めた。
寮の自室の薄っぺらい布団とは雲泥の差だ。
昨日の夜、リアムに馬に乗せられてからの記憶がまったくない。
あんなに汚れていたというのに身体はさっぱりしているし、見たこともないサラサラツルツルとした夜着を身にまとっている。
自分が今どこにいるのかさっぱり分からず半分寝ぼけた状態で布団から顔を出そうとすると―――
「やっと起きたか」
「!!!」
自分が寝ているベッドのすぐそばからリアムの声が聞こえる。
パタンと本を閉じる音もしたので、どうやら椅子に座り本を読みながらフローラの起床を待ち構えていたようだ。
え…? これは…アリ、なんだべ?
フローラの中の常識でも男女が同じ部屋で朝を迎えるなど母親に正座でお説教を三時間はくらう案件だ。
こういう常識だけはなぜかまともだった。
こんな破廉恥な行いをこの国の王子が堂々とやってのけるなんて…と、抗議の声を上げようと布団の中で上半身を起こしてから気がつく。
あれ? 眼鏡が…………ない。
「……」
フローラは大人しく布団の中に引っ込んだ。
「…おい、今はもう昼過ぎだぞ。いつまで寝てるつもりだ。それと……探し物はこの眼鏡か?」
「!!」
王子が持ってた!!
フローラは布団からそっと手だけを出してよこせのジェスチャーをする。
ちょいちょいと動くフローラの手を冷たく見下ろしながらリアムは続ける。
「王の側近にな、『物の価値が分かる祝福』持ちの男がいるんだがそいつがおかしな事を言うんだ」
「…?」
「昨夜王宮に着いても遠慮なく爆睡しているお前を仕方なく俺が客室まで運んでやってる途中で会ったその側近に言われたんだよ」
「……??」
「『フローラ嬢のかけている眼鏡の価値が分かりません』、てな」
「………!! ふ、古い、ので……」
物の価値…? 創造の力で創ったあの眼鏡の??
フローラでも分かる、それはマズイ。
「その気になれば道端に転がってる石ころの価値まで分かるらしいぞ?
つまり価値がないから分からないのではない。価値がつけられないから分からないんだ」
「………」
「それでな?不思議に思ってちょっと眼鏡を借りたんだよ」
「えぇ!!」
これ以上一人でリアムに対峙するのは無理だと、フローラは慌てて千里耳を発動させてララを探す。
すると―――なんか捕まってるっぽかった。
装備していた暗器が物騒すぎてあのムキムキの騎士に聞き取り調査をされているようだった。
……詰んだ。
ララなくしてこのピンチをいい感じに乗り切れる気がまったくしない。
「お前……本当はそんな顔をしてたんだな?」
「!!………」
「なぜ地味に見せる必要があった?」
「う……、あ……、え……」
やはりフローラの頭ではなんの言い訳も出て来ない。
「それに、この“女神の落とし物”はどこで手に入れた?」
「?? 女神の落とし物、ですか…?」
初めて聞く言葉だった。それにこの眼鏡は“女神の落とし物”ではなく“フローラの創作物”だ。
「知らないのか…? “女神の落とし物”とは、ティア神が天界から落とされた不思議な力を宿した虹色に光る神器のことを言う。数は多くはないが今までに帽子や指輪やネックレス、大きい物だとドレッサーが発見されているな」
え、ドレッサー?
夫婦喧嘩で一方的にキレ散らかしたティアがイアフスにドレッサーを一方的に投げつける光景が脳裏に浮かび、そんな場合じゃないのに笑いそうになったフローラは奥歯を噛み締め堪える。
「どの神器も不思議な力を持っていた。だが地上に落ちた神器はその力と虹色の光を徐々に失くしてしまうようで、今はどの神器も力を使えなくなっている。
例え力を失ったとしても国宝であることに変わりはないがな」
「そ、ソーデス、ネ…」
「そして“女神の落とし物”の隠匿は死罪だ」
「ひぇ〜」
完全に終わった…と、フローラは布団の中で頭を抱える。
「お前は“女神の落とし物”の存在を知らなかったようだし、この眼鏡を今すぐ王家に差し出せば死罪はなしだ。どうする?」
リアムが乗り上げてきたようで、ギシ…と音がしてベッドが軋む。
「えっと、死罪も嫌、ですけど、眼鏡も渡せない、です」
「……なぜ?」
「そ、それは………」
やっぱり無理だ。ララ、早く!!
フローラは自力で乗り切ることを早々に諦めもう面倒だし魅了かけっぺ?と考えたところで、リアムに布団の上からガシッと頭を掴まれた。
「言い忘れてたけど一つ約束しろ。俺に断りなく、というか絶対に『人を操る祝福』を使うな。
俺の様子がおかしくなれば読むように伝えた手紙を側近の一人に渡してある。そこにはお前の秘密を俺が知る限り記しておいた。
無駄に騒がれたくなければ絶対に俺のことを操ろうとするなよ!!」
「えー…。分かり、ましたぁ」
リアムは用意周到だったようで、そこまでされては迂闊に魅了は使えない。
フローラとて無駄に騒がれるのは困る、というか面倒くさい、というか両親に怒られてしまう。
それよりもお腹が空いただ…お城のご飯ってどんなものが出るんだべ?と現実逃避を始めたところで―――
バサッ
「!!」
フローラが頭から被っていた布団を無情にもリアムに剥ぎ取られた。
腕を取られそのまま仰向けにされそうになったので慌てて目をギュッと瞑り虹色の瞳を隠す。
この王子、本当に破廉恥だ!!
リアムはベッドに組み敷いたフローラを無表情で見下ろす。
口元を引き締めきつく目を閉じているがその顔はとても愛らしく、声を聞かなければあの一筆で書けそうな普段のシンプルな顔のフローラと同一人物であると認識することはもはや不可能レベルで別人だ。
昨日の騒動の後、リアム達が王宮に帰ってきたのは明け方だった。
そこでジョージに眼鏡について指摘され、フローラの素顔を見た時の衝撃はいまだ強く残っている。
***
王宮に無事帰還したリアムは疲れた身体に鞭打って、一向に起きようとしない図々しいフローラを抱き上げ客室へと向かっていた。その後ろをトーマスが続く。
騎士に任せても良かったが、フローラに流れる悪評に対抗するためのアピールと、それと…危険な目に合わせてしまったことへの贖罪の意味合いもあった。
ちなみにあの不敬な侍女は暗器を隠し持っていることがイーサンにより発覚し、王宮に着くなり騎士団の詰所に連行されて行った。
武器を所持したまま王宮に通すわけにはいかないので事情を聞くためだ。
それにしても暗器て……。主が主なら侍女も侍女だな。
「殿下、今回の件はどのように落とし前をつけましょう?」
トーマスが頭を抱えながらリアムに尋ねる。
公爵令嬢による王太子の婚約者誘拐事件―――文字にすると泥沼の匂いがプンプンする。
露呈すれば面白おかしく騒がれること間違いなしだ。
「おそらく今回の件は表に出ることはないだろう」
「えっ、なぜです?」
「アマンダのあの様子と雑な計画内容からして、ウィルソン公爵が関与していたとは考えにくい。公爵は知らぬ存ぜぬで全力で白を切り通すだろう。
それにフローラも事件が公になることを望まないはず。こいつが本気になれば……記憶操作くらい余裕でやってのけそうじゃないか?」
「た、確かに……」
リアムとトーマスは虚ろな目で同じ言葉を繰り返していたアマンダの様子を思い浮かべつつ、呑気な寝顔を晒すフローラを見下ろし顔を見合わせた。
警戒すべきフローラの祝福の力が強大過ぎて心が折れそうだ。
「リアム様、おかえりなさいませ」
リアムとトーマスが立ち止まり話し込んでいると国王の私室から出てきたジョージに声を掛けられた。
ここは王族のプライベートエリアにあたるので、他に人はいない。
フローラは一応誘拐された身。秘密裏に宮医に診せる必要があるためこちらに運んでいるのだ。
「イーサンが帯同していて何か起きるとは思っておりませんでしたが、ご無事でなにより。
して、そちらがフローラ嬢ですか…本当に地味ですな。おや…彼女はどこか怪我を?」
マントに包んで運んでいたのだが、コツコツとこちらに歩いてきた目ざといジョージにフローラの制服に広がるおびただしい血液に気づかれた。
「いや、本人に詳しい話はまだ聞けていないがすべて返り血だ」
「え。返り血ですか…?それはまた」
ジョージがふと言葉を途切れさせる。
「………リアム様、フローラ嬢のこの眼鏡はなんです?」
「眼鏡?眼鏡がどうした」
「私にこの眼鏡の価値が分からないのですが」
「……なんだと?」
ジョージの祝福は「物の価値が分かる力」だ。
目にした物の価値である値段を瞬時に知ることが出来る能力は、父親の影響で幼い頃から骨董品やら異国で作られた置物やら何に使うのか分からない古ぼけた道具やら、ありとあらゆる珍しい物を収集することを趣味としていたジョージにぴったりの祝福だった。
どんなに古ぼけた物にも価値はある―――現在における希少性や使われている材料の質、また時代によって変わる需要などを考慮した上で値段を弾き出すその力は本当に不思議な能力だ。
そんなジョージが見ても値段が分からない眼鏡…?
リアムはとても嫌な予感がした。
「少しその眼鏡をお借りしても?」
「あ、ああ。別に構わないんじゃないか?」
リアムが勝手に了承するとジョージがスッとフローラの眼鏡に手を伸ばし、そして外した。
「「!?」」
「ほう……。かなり重たいですな。度は入っていない、と。珍しい素材が使われているというわけではなさそうですな。
ん?リアム様どうなさいました?」
ジョージは眼鏡しか見ていなかったが、リアムとトーマスは違う。
フローラが眼鏡を外した瞬間の、地味顔から美少女に変わる一部始終をばっちり目撃していた。
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