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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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50 祝福その六


 フローラは昔から自分に忠実なペットが欲しいと常々思っていた。



 狩りのお供にするのもいいし、芸をたくさん仕込むのもいい、あとは心の癒しにもなってくれて日常に幸せと彩りをもたらしてくれるとも聞いた。



 でも領地ではペットなど飼えない…なぜなら生き物をペットにするくらいなら食料にしてしまうからだ。


 厳しい環境のフローラの領地では一匹とはいえ無駄に食い扶持を増やすことは推奨されていなかった。



 だがどうしても諦めきれないフローラは山で弱っている野生動物を見つけてこっそり家に持ち帰り、傷を癒してあげてそのまま自分のペットにしようと試みた。



 名付けて―――「お世話して愛着が沸いた動物を食べたりしないよね?」作戦である。




 この作戦の要は祝福の力、『癒し』だ。



 『癒し』はフローラが授かった八個の祝福の中で唯一平和な内容の祝福と言っていいだろう。



 ……いや、この世に病や怪我を治す祝福が存在しない以上『癒し』の力の価値は測りしれないし、フローラが本気を出せば不老不死も夢ではないことを鑑みれば八個の中で一番人間離れした祝福と言っても過言ではないのかもしれないが、『癒し』の力はフローラが完璧にコントロール出来るという一点のみで平和な祝福扱いとなっている。





 身体に流れる『癒し』の力に意識を向けると…「フローラたん、わたくしはフローラたんの勿体ない精神にいたく感動致しました!!靴下や下着に穴が空いても繕って、元の生地から当て布に総入れ替えするまで使うよね?

 隙間なく使用した紙だって捨てるんじゃなくて、細く千切った後水につけて梳いて新たな紙に生まれ変わらせて永遠に再利用してるよね??

 はい尊い!!さすがフローラたん!!!『癒し』はそんなフローラたんにぴったりの力かなって思います♪節約家なフローラたんは人間だってきっと……再利用したいよねっ☆」というティア神の声が聞こえた…気がした。



 ………フローラは時折考えてしまう。


 ティアから見たフローラはそれほどまでに精神に異常をきたした人間に見えているのだろうか、と。


 さすがのフローラも人を壊れるまで酷使した上で癒してまた再利用してやろう、なんて思ったことは一度もないのだが…なんかぶっ飛んだ思考を持つ女神であるティアに、同類だと言われてる気がしてすごく嫌だ。



 …まあいい。


 大事なのは弱った動物を癒してあげればきっとフローラに懐いて自らペットになってくれるという事実だけなのだから!!





 結果として―――助けた熊も猪も鹿も鳥も狼も、フローラに感謝こそすれペットとして家に留まることはしてくれなかった………。


 ちなみに、回復した動物達はみな自分が狩った獲物を家の前に置いてから立ち去っており、フローラはそれを感謝の証としてありがたく受け取った。




 そんなこんなで王都に出て来てからもフローラのペット欲しい熱は中々冷めずにいたのだが、学園の敷地内にはそもそも動物がいなかったのでどうすることも出来ず「領地に帰ったらまた新しい作戦に挑戦してみるべ」となりかけたところで―――リタとの運命的な出会いを果たしたのだ。




 最初は、ララを殺そうとしたこの男を少し懲らしめるかと思い軽い攻撃を仕掛けたが、よく見ると顔には壮絶な火傷の跡と身体にいくつもの深い傷があることに気づく。(火傷以外の全部はフローラが負わせた重篤な怪我だったが、軽く当てたパンチと威嚇でこのような重症を負わせたとは思っていない)



 それによくよく見るとリタの銀髪と灰色の瞳が孤高の一匹狼、銀狼を彷彿とさせる。






 …………これを治してあげれば感謝してくれるのでは?

 …………ララに噛み付くような粗暴さはあるがちゃんと躾けてやれば問題ないのでは?


 

 フローラはもうとにかく自分よりも弱い存在を守ってあげたくてお世話してあげたくて一緒に遊びたくてしょうがなかった。


 そんな「ペットが欲しい!」という強い感情が爆発した結果、リタをペットにすればいいのでは?というやばい発想を生んだ。



 こういうところがティアに通じる常軌を逸した異常さなのだがフローラはまったく気づいていない。




 しかしこの行動にはフローラの眼鏡も深く関わっている。



 眼鏡がリタを「こいつ病み属性のやべー奴だ…。自殺願望ありまくり!!図々しくもフローラ様に殺してもらおうとしてますぜ!!この世のすべてに悲観しているから放っとくと何仕出かすか分からないタイプっす!!」と精神判定したので、それならば、死にたいと思うほどつらいことがあるのならば、フローラが貰い受けお世話してあげた方がいいような気がしたのだ。



 野生の動物達はみな怪我が癒えれば自然に帰って行ったので、この男も傷が癒え元気になり前向きな気持ちで生きたいと思えるようになれば、帰りたい場所に帰ればいい。



 そんな気持ちで連れ帰ろうと思ったのだが、大事なことなので一応フローラは確認した。


「わたすにやられる(治療される)覚悟は出来てるな?」―――と。





 そしたらなんと言質が取れたのだ。


「殺ってくれ(治療してくれ)」―――と!!

 



 喜んだフローラがいそいそと『癒し』の力を使うとリタはポカンとした後、なんか野生に帰りたそうな雰囲気を醸し出したので、やっぱりおめぇもだめか…と諦めかけると、なんとリタはフローラのペットになることを了承してくれたのだ!

 


 ならば、こうしてなどいられない。


「よし!アレキンサンダー!帰るど!!」


「あの……ちょっと待っ、いえ、その……」


「? アレキンサンダー?どした??」


「少し…お待ち下さい……。えぇっと…、どこからツッコめばいいのか……」


 無邪気なフローラに対しリタの歯切れはだいぶ悪い。




「えっと、まず、俺のことはアレクと呼んで下さいませんか?」


「おめぇの名前はアレクだったけ!アレキンサンダーよりかっこいいだっ」



 快く受け入れてくれたフローラに、リタはホッと胸を撫でおろす。


 アレキンサンダーなんてダサい名前で呼ばれたくはないし、なにより……リタと名乗る前の本当の名が「アレク」だった。



 リタはウィルソン公爵家の影になる時、両親につけてもらった大事な名前を捨てた……両親に愛されて守られて、そうしてなにも知らずに生きていた頃のアレクはあの火事で死んだのだ。



 そういう気持ちでこの十年間死と隣り合わせの環境で、何のために生きているのかは自分でも分からなかったがそれでも必死に生きてきた。




 でも、この何もかも規格外な新しい主に昔の……なにも知らずに家族と笑い合い幸せに暮らしていた頃のアレクを取り戻してもらえたような、そんな気がしたのだ。


 だからこの少女にはアレクと呼んでほしいと強く思った。




「よし、もういいな?帰るど」


「いえ、もう少しお待ち下さい」


「アレク!!フローラ様のお言葉に逆らうなんて生意気よ!さっさと来なさい!」



 ついにララがキレた。


 ただでさえアレクには拐われて殺されかけるというひどい目に合わされているというのに、その上図々しくもフローラのペット枠に収まろうというアレクに対し怒りが爆発したので歳上だろうがなんだろうが関係なく毒づく。




「い、いや、俺はそこに転がってるお嬢様の家に雇われてた影で、よく考えてみれば勝手に組織を抜けることなど…、許され、なくて…」


 よく考えなくても分かることだった…と、急に現実に引き戻されたような感覚に陥りアレクは落ち込む。


 どうやら心の傷にもなっていた深い火傷跡が癒えた奇跡に浮かれ切っていたようだ。




「そんなことけ。大丈夫だ」


 フローラはスタスタと倒れるアマンダと護衛の側まで行き、二人の頭上に手をかざして癒しの力を使う。

 

 ちなみにララの新種の毒物に侵され積まれていた三人の男達も、この癒しの力を使い目覚めさせたのだ。





 するとアマンダ達はすぐに目を覚ました。


「ぅ……?ゃっ、なぜわたくしが、床に…!?」


「っアマンダ様!!……っ、ご無事ですか!?」



 わちゃわちゃするアマンダとその護衛の心境などお構い無しに、フローラは眼鏡を外し魅了の力を解放する。

 


「「「!!!」」」


 アマンダと護衛が驚きに目を見開くがすぐに魅了にかかり、その瞳をとろんとさせる。




 一方、驚きの表情のまま固まったアレクは思わず尻もちをついてしまう。



 主の瞳が………………虹色に輝いている……!?


 そ、それに一瞬で美少女に変身したけど!!??



 この少女は本当に人間なのか?と疑った自分を一笑に付したが、まさか本当に人間ではなかっただなんて……!!と、アレクは頭を低く垂れフローラに平伏した。




「『この屋敷で見聞きしたことは、すべて、忘れること。

 顔に包帯を巻いた、影の男は死んだ。お前の父親に、そう伝えろ。外に待たせている馬車に乗り、今すぐ立ち去れ』」


 これだけのセリフを訛らずに喋るのは一苦労だがなんとかアマンダ達に命令し終えると、フローラは眼鏡をかけて魅了の力を解く。


 

 魅了の力を解いたとしても命令したことの強制力は続くので、アマンダ達は正気に戻った後もこの屋敷で起こったすべての出来事を忘れているし、今もぼんやりした様子で馬車に乗るべく部屋を出て行く。


 あとはアマンダが父親にアレクの死を伝えれば命令完了で、魅了の催眠状態から抜け出せる。



 やはり『魅了』は完全犯罪の文字が華麗に踊る恐ろしい力だ。




「この屋敷の二階にいたアレクと同じフードを被った男二人も無力化してあるだ。かなり手加減したから朝には起きると思うべ」


「え!!、……。そっすか………」



 いまだ平伏中のアレクはフローラの言葉に地味に傷つく。


 公爵家のお嬢様が滞在する屋敷で何か事が起こってはまずいからと、アレクを除いた組織の中のトップ二人を配置していたというのにそれを手加減して無力化……いや、このお方は女神様なのだし当然かとアレクは一人納得する。




「アレク、わたすは女神様じゃねーだ。ただの人間だべ」


「ええ!!!?」


 アレクは考えを読まれたことにも人間だと言われたことにも、あといきなり元の地味顔で茶色の瞳に戻っていることにも驚く。



「あ、まだ千里耳発動してただ」


「……」



 ナイフを粉砕する馬鹿力と殺傷力抜群の攻撃力を持ち、サッと手をかざすだけでどんな傷でも癒やしたかと思えば、人の心を読むことが出来る虹色の瞳を持つ女神がただの人間?

 


 そんなわけねぇーーーーーー!!!!!






 アレクはこの“自称人間”の主の元で過ごす自分の未来が少し心配になったが、火事ですべてを失ったあの日のように絶望することはなく、むしろこれからどうなるのだろうとわくわくするような期待する気持ちが強かった。



お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!

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