47 連れ去られた先で
ララが乗せられた馬車には黒い大きなフード付きのマントを纏った男が一人同乗している。
男の名前はリタと言う。
姿を消してララを連れ去った男だ。
ただでさえ大きなフードで顔を隠しているのに顔全体を包帯で巻きつけ目と口しか見えていないという出で立ちなので、男の容姿や年齢などは一切分からなかった。
「ふぁ〜〜あ…」
あまりにもやりがいのない仕事に、リタは馬車の中で大きな欠伸を零す。
リタが主から与えられた任務は『貴族のご令嬢を一人学園の外に連れ出し他領にある別荘に連れて行く』という簡単なものだった。
あの要塞を越えて侵入しターゲットを連れ出せと言われればかなりの対策が必要になってくるが、今回は協力者が学園の中にいるのだから楽勝だ。
組織の頭目であるリタが出張る内容でもない。
そう判断したリタは最近入ってきたばかりの新入りおっさん三人組を行かせることにした。
ところが目を瞑っていても遂行出来る簡単な仕事のはずなのに、夜中に出発したおっさん三人は明け方近くになっても帰って来ない。
一人がリタの元へと報告に戻り、残りの二人が侍女の手引きでご令嬢を学園の外に連れ出す手筈となっていたが…。
こんな子どものお使い程度の仕事にあり得ないほど時間をかける新入り達にリタは呆れた。
あいつら…遊んでるんじゃないだろうな。
リタは大まかな仕事内容を把握しているだけで詳細までは知らなかったが、チラッとターゲットのご令嬢の絵姿を見た限りでは思わず遊びたくなるような容姿ではなかったはず。
まぁ趣味は人それぞれだし、生きたご令嬢を主の元まで送り届けることが出来ればそれで任務完了なので、遊んでようが遊んでなかろうが興味はないのだが。
どちらにせよ、あいつらからの報告がなければ今どの程度まで任務が進んでいるのか分からない。
新入り達の初めての任務を監督するためリタは元から学園内に潜んではいたので、三人が戻ってきたら制裁を加えることは決定事項として、仕方なくリタは任務の進捗具合を確認するためターゲットの部屋へと赴いた。
リタの「透明になれる祝福」があればどこに潜入するのも簡単だ。
リタは難なく目的のご令嬢の部屋まで辿り付き窓から中の様子を伺う。
するとそこには驚きの光景が広がっていた。
ネグリジェを着たターゲットのご令嬢はこちらに背を向けており、そのご令嬢の向かいにはダサい寝間着を着た…侍女が立っている。
そして……その二人の足元には新入り三人組が雑に積まれていたのだった。
リタはわずかに警戒する。
おそらく立ち居振る舞いからして三人を倒したのはダサい寝間着の侍女。
彼女の動きにはほとんど隙がない。
まぁ、あの程度の実力の侍女一人制圧することなどリタには造作も無いが今は時間が押している。
無駄なことをしている暇はないのでリタは祝福の力を使ってターゲットのご令嬢をサッと捕え、素早く口に布をかませた。
リタの能力のすごいところは触れたものも透明に出来るところだ。
ご令嬢の手と足首も簡単に縛って肩に担ぎ、さぁ部屋を出るかとチラッと振り向けば、ダサい寝間着の侍女は焦った様子でキョロキョロと部屋を見渡していた。
見つかるわけねーだろ、ばーか。
リタはそのまま手筈通りに侍女の手引きで堂々と学園を後にし、今は外に待たせておいた馬車に乗り込み目的地までゴトゴトと揺られているというわけだ。
「ふぁ……」
リタはまた欠伸をする。
今は昼過ぎ。目的地には夕方までに到着するだろう。
道中のどこかで今は気を失ってしまっているご令嬢を休ませる必要もあるか…。
まぁ、もうちょっとしてからだな、と考えてリタは軽く目を閉じた。
***
「ここけ…」
フローラはララが潜入した屋敷を見下ろす。
日はすっかり暮れてしまい、辺りは真っ暗だ。
フローラは今、王都からだいぶ離れた深い森の中にぽつんと建っている屋敷…がよく見える背の高い木の上にいる。
ものすごい距離をものすごい速さで走ってきたはずだがフローラの息はさほど上がっていない。
ララの心の声を聞くと、奇跡的にまだフローラと勘違いされているようだった。
「気絶したフリを継続中です。お腹空きました」と呑気な報告が続く。
ララの赤い髪の毛と赤い瞳を見られなければもう少し時間を稼げるかもしれない。
とりあえずフローラはここが誰の屋敷なのか探ることにした。
屋敷の近くには、明るい時に見れば光が反射しさぞかし美しいのだろうと思わせる大きな湖がある。
おそらくどこかの貴族の別荘地かなにかだろうと当たりをつけつつ、千里耳の力で屋敷に何人潜んでいるのか確認すると……ララを除いて男が三人。意外と少ない。
遠くから馬車がやってくる音が聞こえるからこれから人数が増えるのか…誰がやってきたか確認してからララを連れて帰るのでも遅くはないだろう。
そう決めたフローラは、不安定な木の上で抜群のバランス能力を発揮し馬車の到着を待った。
間もなくするとかすかに聞こえていた馬の蹄の音が徐々に大きくなり、やがて屋敷の前に一台の馬車が止まる。
夜目の利くフローラが木の上から誰が降りてくるのかとじっと見つめていると、御者の手を借りて一人の女が馬車から降り立つのが見えた。
その後をおそらく女の護衛と思われる屈強な男が続く。
女はつばの広い帽子を深く被り顔を隠しているが歩き方や重心の位置、骨格の特徴などでフローラにはそれが誰なのかすぐに分かった。
クラスメイトの女帝、アマンダだ。
アマンダにこんな所まで連れて来られる理由に思い当たる節はなくただただ首を傾げたが、屋敷の中に入って行くアマンダを見てさすがに入れ替わりがバレると思ったフローラは、人けのない二階の一室の窓から屋敷の中に侵入することにした。
***
「随分と連絡が遅かったじゃない」
アマンダは部屋に入るなりウィルソン公爵家の影を総括する男を睨みつけた。
「申し訳ございません、我が主。少し…予定外のことが起きまして、ね」
リタはへらりと笑う。
「……」
アマンダは腐敗する生ゴミを見るかのような視線をリタへと寄越す。
アマンダはこのように胡散臭くて顔の醜い男を使わなくてはならない自分を嘆いた。
表舞台に出てくることなど一生ない影達だが、実力云々よりももう少し容姿に重きを置いて採用してほしいものだ。
アマンダの目の前にいる黒いフードを被った男の顔にはグルグルと包帯が巻かれ、その隙間からは焼けただれた赤黒い皮膚が見え隠れしている。
アマンダは無言でリタから視線を逸らすと次に獲物の確認を行う。
部屋の床にネグリジェを着た女が手足を縛られた状態で放置されていた。
こちらに背中を向けているため顔は確認出来ないが、今からあの能天気な地味顔女の顔が苦痛に歪む様を特等席で見られる最高の娯楽が待っているのかと思うと……アマンダは興奮から頬が紅潮する。
「ふ、ふふ…ふはっ、あはははははは!!!」
アマンダは笑いながら無様にも床に転がる女へとゆっくりと近づく。
「あんたが!!虫けらの分際で身の程を弁えずリアム様に近づくから!!!」
しゃがみ込んだアマンダは、女の髪の毛をナイトキャップごとガシッと掴む。
「全部全部もとに戻すの!!!その為にはあんたの存在が邪魔なのよ!!フローラぁぁぁ!!!」
グンッと女の顔を持ち上げた拍子にナイトキャップが外れ真っ赤な髪が躍り出た。
「…………は?」
アマンダは今の今までフローラだと思って喋りかけていた女がフローラではなかったことで一瞬呆けるも、片手で髪を掴んだ女と目が合ったことで目の前にいる女がフローラの生意気な侍女であると気づいた。
―――プッ
ララは冷めた目でアマンダの顔に唾を吐く。
「きゃっ、汚なっ…!お、お前ぇぇ!!!」
アマンダは顔に唾を掛けられるという初めての侮辱行為を受け一気に激高し、掴んだ髪の毛をこれでもかと強く引っ張り仰け反るようにさらけ出されたララの頬を思いっ切り引っ叩いた。
バチーン!という音と共にララは再び床に倒れ込む。
所詮フォークよりも重たい物を持ったことがない超高位貴族のお嬢様の平手だ。指輪が当たって少し血が出たが騒ぐほどの衝撃はない。
ララは大したダメージは負っていなかったがここぞとばかりに心の中で思いっ切りフローラに甘えた。
(フローラ様ぁぁ〜〜〜!!アマンダに叩かれましたぁ!!髪の毛ぐんっ!て引っ張られてぇ、ほっぺたバチーン!!って…血も出てますぅぅ!!くすん…)
これを聞いたフローラ様が「オイタが過ぎるだ」と言ってアマンダに制裁を加えて下さるだろう。
ふん、ざまぁみろ。
「少し情報収集でもするか」と、手足を縛られた状態で上半身を起こしたララは口内に溜まった血液を一度床にぷっと吐き出し、アマンダを睨みつける。
「こんな所にフローラ様を連れてきて何をするつもりだった?
フローラ様の存在が、邪魔?
お前が生きててごめんなさいの間違いだろ。
死ね、アマンダ」
ついつい、情報収集よりアマンダを罵る言葉が先に出てきてしまった。
ララはフローラに害をなす者に対し本当に容赦がない。




