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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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46 祝福その五


 フローラは人の気配が完全になくなるまで部屋の中をうろうろしてララを探す()()をした。


 



 フローラは見えない何者かがこの部屋に侵入したことにすぐ気づいていた。

 フローラほどの野生児になると姿が見えずとも気配や息遣いでその存在が分かる。


 気づいた時点で侵入者に見えないようララに高速ハンドサインで作戦を伝えた。



『この部屋に見えないもう一人がいる。おそらくこっちが本命。泳がせて一網打尽にしよう。』


『了解です。拐われます。』



 二人はどこまでも冷静だった。



 この侵入者がフローラの顔をちゃんと把握している可能性もあったが、フローラの作戦を理解したララがすぐに顔を伏せ赤い瞳を隠したことと、フローラがララを庇うように前に出たことで侵入者はララがフローラで、フローラがその侍女であると判断したようだ。



 そして「きゃっ」という声とともにララの姿が掻き消え、その後まもなくララと侵入者の気配も消えた。

 




 フローラはすぐにララの後を追うことはせず、まずは自室に戻り制服に着替えることにした。


 母に寝間着で外をうろうろしてはいけませんと、口酸っぱく言われているのだ。


 


 身支度を整えた後再びララの部屋へと戻り、いまだピクリともしない男達三人に手をかざす。




 すると男達がうめき声を上げながらのそのそと動き出した。


「ぅう………」


「いてて……」


「……俺たちは、確か……」



 フローラはすかさず眼鏡を外し男達に『魅了』をかける。




「『今すぐ隣国オーリアへと向かい、二度と、イルド王国へは戻って来るな。オーリアでは、法に触れることはせず、真面目に働け』」




 男達は虹色に輝く瞳をぼんやり見つめていたかと思えば、フローラの命令を受けるや否やすぐに動き出した。



 ここは王都なのでイルド王国の騎士団に受け渡しても良かったのだが、ララがいろいろ実験してしまった後だし、男達がここに侵入してきた理由も分からないまま引き渡して余計なことを喋られても面倒だ。


 それにフローラは騎士など信用していないので魅了をかけて男達を放逐することにした。



 ティア神により個人に与えられた祝福はイルド王国を出ると使えなくなり、イルド王国に戻ればまた使えるようになる。


 フローラは、イルド王国に二度と戻るなと命令したのでこの男達は祝福の力を永遠に失ったと同義だ。



 他国に放逐しておいてそこでまた迷惑なことを仕出かしては申し訳ないので、真面目に働くよう言いつけることも忘れない。






 フローラはこの男達にかけた魅了の力を解くつもりは一生なかった。




 なのであの男達はフローラの言いつけを守り、隣国で死ぬまで真面目に働いて過ごしてくれることだろう。


 そこに本人達の意思はなくとも。





 フローラは敵と認識した者に容赦はしない。


 甘えを見せれば逆にこちらが殺られるだけ。


 適者生存。 世の理だ。






 証拠隠滅という名の後片付けは済んだのでフローラはやっと遠く離れたララを追うことにした。





 祝福の力、『千里耳(せんりじ)』の力を使って。





『千里耳』―――千里先まで聞こえる耳。 遠方の出来事や、人の心の奥底に秘めた声を聞く力。




 この力は本当にやばいのでフローラはあまり使わないようにしている。というか、フローラの祝福の力でやばくない祝福の方が少ない。



 身体に流れる『千里耳』の力に意識を向けると…「やったわぁ!!フローラたん、やっとこの力をフルで使ってくれる気に無ったのねぇ♪この力を使えばどこに逃げようが隠れようが関係ない、誰であろうと必ずフローラたんのもとに隠された真実をさらけ出すことになるのよ。勿論、このわたくしも、ね♪フローラたぁぁん!!!早くわたくしの心も丸裸にしてぇ〜〜〜〜〜!!」というティア神の声が聞こえた………気がした。



 なんか今回のティア神の声の内容は意味深である。



 フローラは気にはなったがとりあえず後回しにすることにし、千里耳の力を解放した。




 この力を使えば遠く離れたララの息遣いを聞き分け後を追えるし、なんなら心の声も聞こえるので安全確認も容易に出来る。



 早速フローラの耳に「今は馬車に乗せられてます。目隠しをされて縛られたので方角は分かりません。御者が一人、馬車内に男が一人乗っています」という、近況を報告するララの冷静な心の声が聞こえてきた。



 耳を澄ましてララの息遣いや心音を特定し、居場所を探る。すると…なにやらコツコツと指で馬車の座面を叩く音まで聞こえるではないか。


 さすがララ。これでより乗っている馬車の判別が楽になった。





 ニッと口角を上げたフローラは勢いよく部屋を飛び出す。




 女子寮のすぐ裏はちょっとした森になっていて、その森を走って突っ切ると高い塀がお目見えする。


 高さ十メートルはあるだろうか。この高い塀が学園全体をぐるりと囲む。


 この要塞よりも頑強な塀により何人であろうとも侵入を拒み、“イルドラン学園”という名の一つの巨大な街の安全は守られてきたのだ。




 イルドラン学園が誇るセキュリティ万全なこの塀を、フローラは走ってきた勢いのままタタタと駆け上がる。


 勿論なんの突っ掛かりもないしロープなんかもぶら下がっていない九十度の壁だ。なんならツルツルしている。 




 フローラはそんなことお構い無しで壁を数秒で駆け上がり塀の上部まで難なく登りきったかと思えば、間を置かずして飛び降りた。



 クルクルクルと回転を掛けて落下したフローラは地面に着く直前、着地の衝撃を殺す為に背後の壁を軽く蹴り受け身を取りながら地面をコロコロと前方に転がる。


 回転が止まると同時にサッと起き上がったフローラは、ビュンッと風が鳴る勢いでその場を走り去った。





 ちなみに、これらの人間離れした動きに祝福の力は一切関係ない。


 領地で培った身体能力を駆使したに過ぎない。


 領地の若い人間も、もちろんフローラほどではないがそこそこ機敏に動ける。



 だからフローラはみんなこれくらい普通に出来ると思っているので「この壁は一体なんのためにあるんだべ?」と常々思っていた。



 …リアムが以前、半分冗談で考えていた「フローラの領地に住む村人全員特殊戦闘員説」はあながち間違いではないのかもしれない。






 それにしても王都はとにかく人が多い。


 こんなにごちゃごちゃした場所をちんたら走っていてはララの乗る馬車には到底追いつけない、とフローラは背の高い建物の壁をタタタと駆け上がり屋根の上をひた走ることにした。



 建物と建物の間の広めの距離だって軽く助走をつけた大きなジャンプでやすやすと飛び越える。




 この時、決して人に見られるようなヘマはしない。


 母に領地のように王都を走り回ってはいけません、と耳にタコが出来るほど言われているのだ。




 フローラは体勢を出来る限り低くしてララの音を頼りに走り続けた。


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