45 急展開
アマンダの嵐のような訪問を受けた翌日の放課後、なんとか仕事を終わらせたリアムはフローラの教室に赴いたが肝心のフローラの姿が見えず、ちょうど教室から出てきた生徒を捕まえ尋ねると、今日は学園を休んでいると教えられた。
馬鹿のくせに風邪は引くんだなと思いつつ、女子寮まで行き寮母にフローラの様子を確認してもらったのだが、しばらくして戻ってきた寮母の答えは「フローラは部屋にはいない」だった。
ここにきてリアムはやっとこれはおかしいと気づく。
「くそっ……」
まさか、アマンダが……?昨日のアマンダは明らかに様子がおかしかった。
警戒はしていたがこんなに早く動くなんて思いもしなかった、というのはただの言い訳だ。
重箱入りの娘になにが出来ると舐めてかかっていたこちら側の落ち度。
リアムはすぐにトーマスに指示を出す。
「トーマス、お前の父親に連絡しろ。すぐにフローラを探し出せ!」
「はっ!」
***
フローラが失踪(?)する日の朝。
フローラはいつもどおりすっきり爽快に目覚めた。
領地では日が暮れるとすることがなくなるので早めに眠る。八時くらい。
その習慣があったのでフローラは王都に来てからも八時には就寝していた。
そんなに早く寝るのならば朝は日の出とともに起きるのか?と聞かれればそんなことはまったくなく、普通に学園に間に合うような時間帯に起きている。
つまりフローラはたっぷりと睡眠を貪っているので毎朝気持ち良く目覚めることが出来るのだ。
今日も気持ち良く起きたまでは良かったのだが何かおかしいと思い、フローラは眼鏡をかけてからララの部屋へと向かう。
そう、いつもはフローラが目覚める前からベッド脇に待機し起きたと同時に「おはようございます!!」と笑顔で朝の挨拶をしてくれるララがいないのだ。
フローラに与えられた寮部屋は三階建て女子寮の一階にある。
日当たりも悪いし狭いし、寮に住み込みで働く使用人達の居住区とかなり近いという生粋の貴族女性が住むには劣悪な環境の部屋だったが、領地の自室に比べれば隙間風が入って来ないうえに家畜の鳴き声も聞こえないという、フローラにしてみればただの快適空間だった。
それに狭いながらも二部屋あったのでララと一室ずつ使用している。
ララは「フローラ様と一緒のお部屋がいいです!」と最後まで粘っていたが、二人で生活するには一部屋がありえないほど狭かったので断念した過去がある。
「ララー?」
フローラはノックもせずにドアを開けた。
「えっ!ふ、フローラ様、もうお目覚めに!?
くっ……、こいつらのせいで朝のご挨拶に間に合わなかった……!?キラキラした寝ぼけ眼に私を一番に映して下さる至福の瞬間を奪うなど……許さない!死ね!!!」
「ララー!?!??待ってけろーー!!!」
フローラの使用している部屋よりもわずかに広いララの部屋の床には屈強な男三人が縦に積まれている。狭いので積むしかなかった。
男達はどうやら気を失っているようだ。
「死ね」という言葉と共にてっぺんに乗っているスキンヘッドの男の頸動脈を狙い手のひらサイズのナイフを振り下ろさんとするララ。
見知らぬおじさんの首がぱっくりと裂けそこから血しぶきが舞う光景…気持ちの良い朝一番に絶対見たくない光景だ。
フローラは自分の為に必死に止めた。
「ララぁ!!朝はぁ!朝だけはやめてけれぇ!!!」
「…はっ!フローラ様、申し訳ございません。朝は無粋でしたね、朝は」
てっぺんのスキンヘッドの男は死を免れた……とりあえず朝のうちは。
「ふぁ……。それにしても一体何があっただ?」
フローラは欠伸をしながらのんびりと尋ねる。
「それが……こいつら、わたくしをフローラ様と勘違いして夜中部屋に忍び込んできたのです……。なので遠慮なく実験台にしてやりましたわ…ふふ………」
ララの目は完全にイッていて少し怖い。
「それで夜中なんか騒がしかったっぺか…。
制裁は程々にするだよ、ホッペが荒れてきたって嘆いてたでねーか。夜更かしなんてするからだ」
「あぅんっ……。フローラ様からのお説教……尊いぃ…」
ララが顔を真っ赤にして崩折れた。今日も朝から絶好調だ。
この男達がララの部屋をフローラの部屋だと勘違いしたのには訳がある。
本来であればララの部屋が主人の部屋で、フローラが使っている部屋は寮に寝泊まりする侍女のための部屋だからだ。
これには、ララの集めに集めた暗器達の置き場所を確保するためにフローラが広い方の部屋を譲ったという経緯があった。
ララも「ありがとうございます!」と言って普通に広い部屋を使っている。
二人の間に明確な主従関係はあるが遠慮はない。
そして他にも男達がララをフローラだと勘違いする要素があった。
ララはナイトキャップをかぶり髪の毛をその中にすべてしまい、首元まで詰まったネグリジェを着て就寝している。しかも最近はフローラお手製の保湿パックを顔にぺったりと貼りつけており、お手入れもばっちりだ。
一方のフローラは領地で着ていた麻素材の上下(下はズボン)に腹巻きをして寝る派だったので、どちらが貴族的かなどと考えるまでもなくララ一択だろう。
フローラの特徴を男達が知っていたとしてもララのこの就寝時の格好ではフローラ本人かどうかの確認も取れない。
よって男達は疑うことすらなく広い方のララの部屋に侵入し、貴族っぽいララをフローラだと確信したというわけだった。
…最近開発したララのえげつない暗器の実験台にされるとも知らずに。
「ふふふ、本当に馬鹿な男達。部屋を間違えなければもっと楽に死ねたものを…」
「いや、こいつらはまだ生きてるし例えわたすの部屋に侵入したとしても殺さないべ?」
フローラにかかればこんな男達が何人いようと細胞レベルで粉砕出来る。
「それでこいつらに何したんだ?」
「この前作った毒物の実験です。どのような効果が出るのか詳細に知りたくて」
「ふーん。良い結果が取れるといいだな」
「ええ。何の目的があってフローラ様を狙ったのかまだ吐いてないのでこいつらが目覚めたらまた尋問します。たぶん、目覚めるはずなので。たぶん」
「たぶん……」
この二人、倫理観が崩壊していると思われがちだがこういった事態に割と慣れているため処理に躊躇がなかった。
フローラ達の領地は平和ボケしているが危険がまったくないわけではない。
むしろ鍛え上げられた騎士達によって強固に守られた王都より危険に溢れている。
野生の凶暴な動物達はわんさか出てくるし、辺境の忘れ去られた土地故に国内国外の野盗共の根城に選ばれやすく、無法地帯と呼んでいいかもしれない。
それらに対処するのがブラウン領主一家だ。
なのでフローラ達はいろいろと手慣れている。特に祝福を得てからは主戦力となり領地を守ってきた。
「じゃあ目覚めるまで紐で縛って…」
「遅いから来てみればなにこれ?簡単なお使いも出来ないなんてそこらへん歩いてる犬以下じゃん」
「「!!」」
フローラが男達を縛りあげようとした時、誰もいないはずの空間から男の声が聞こえた。
「っ、誰だ!!」
必死に辺りを見渡すも、声はすれどその姿は一向に見えない。
フローラがララを庇うように一歩前に出る。
「はぁ…やっぱり自分しか信用出来ないな。来てみて正解だった」
「…っ!どこにいる!?」
フローラは狭い部屋を見渡すがどこにも、誰もいない。
すると背後にいるララから「きゃ…」と発する声が聞こえたので慌てて振り向く。
「……え」
振り向いた先、そこにララはいなかった。
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