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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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40 割に合わない交換条件


 三人しかいない空教室がしーん…と静まり返る。





 あ、これ……もしかしてやってしまっただ?


 遅すぎるがフローラがそのことにやっと気がつく。 



 恐る恐るララを見ると『フローラ様ぁ!!!あれほど!あれほど眼鏡のことは内密にと言いましたのにぃ〜!!もうここはアンダーソン様の首の後ろの秘点を突いて記憶混濁、もしくは喪失を狙うしか…』と物騒な内容のハンドサインを送ってきたので、『ララが獣のそこさ突いて一発で仕留めたの知ってるだ!絶対に人に向けてやっちゃいけねぇ、やめてけろぉ!!』と慌てて手を動かし返事をする。





 本当に……一体どうなさるおつもりですか………?


 ララは不安しかない眼差しを、うっかり者でしかしそこが大変愛らしい主へと向ける。


 無粋な眼鏡がレオを鑑定したのだろうが、その内容はフローラがいなければ暗器をレオに差し向け警戒したであろうほどララにとって衝撃的なものだった。





 ティア神様から祝福を授かっていない……?


 馬鹿な…。この国の常識でそんなことは絶対にあり得ない。



 言われた方にしてみればとんでもなく侮辱的な言葉なので、フローラが発言したのでなければ「高位貴族に対しそんな言葉を吐くなんて…お前死んだな」と冷めた目で言った人間を一瞥していたことだろう。




 ララはレオの様子を観察する。



 フローラに言葉に激昂するでもなく沈黙を貫いてはいるが、瞳孔が開ききった瞳には隠し切れない色濃い恐怖が宿っている。

 冷や汗を流しながらカタカタと震えるその様は普段の威風堂々とした姿とはかけ離れており―――きっと眼鏡の鑑定結果は正しいのだと思わせる。




 ララはフローラを連れて今すぐこの教室から飛び出したくなった。


 ティア神様が祝福を授けなかった男から一刻も早く距離を取りたい。


 ティア神様に見放されたこの男に降り注ぐ厄災に巻き込まれてしまうのではないかと、理屈ではなく本能で察し忌避する。







 でも、私の愛しいフローラ様はそんなこと絶対になさらないし思いもしないのでしょうね……。


 ララは諦めたように、だが誇らしく、小さくフッと笑った。











 レオは逃げ出すことも弁解の言葉を発することも出来ず、自らの身体を抱き締めるようにして震えながら縮こまることしか出来ない。





 もう、終わりだ……。





 ティア神に祝福を授からなかったという最大の秘密を、なぜかフローラに知られてしまった。



 すぐに否定すれば良かったものを、恐怖が喉に張り付き引きつった音しか出せずにいたことが信憑性を高める一因となる。



 彼女の人間性を理解していても、フローラが周りに秘密を言いふらす想像や、これをネタにレオを強請る妄想までしてしまい強い自己嫌悪に襲われた。




 私は……きっと異端者の烙印を押されるんだ―――



 いや、本当は……怖くて目を背け続けて来てしまったけれど………、祝福の儀のあの日からずっと……、私はこの世界に望まれていない人間だったのだ…………




 レオはこの世の理不尽さを恨み、呪い、そして諦め力なく項垂れた。








 すると、ふわり……と、あのいつもの甘い香りがして背中が温かくなった。



 レオがのろのろと顔を上げ背後を振り返ると、フローラが自分の背中にぺったりと張り付いているのが見える。




「……っ」


「レオ様、隠してたことだったけ?こんなに怯えさせてしまってすまねかっただ…。

 でも、大丈夫だで。わたすに全部任せてけろ」


 フローラはそう言うと瞳を閉じて顔の半分を占めている大きな眼鏡を外した。





「っ!!!」


 レオは自分の置かれた状況を一瞬忘れ、目の前で起こったあり得ない現象に驚き目を見開く。


 



 フローラが眼鏡を外した瞬間、ガラリと彼女の印象が変わったのだ。




 フローラの顔はこれといった特徴はないが性格の良さが滲み出た愛嬌があり、そこがレオには好意的に映っていたのだが、客観的に見ると十人中十人が満場一致で「地味だ」と即答するほどぼんやりとした顔立ちをしていた。




 それが……………一度見たら絶対忘れられないほど可愛いらしい顔立ちに変化している………?




 閉じられた瞳は緩くカールした長い睫毛に覆われており、小ぶりだがスッとした鼻は形は良い。

 少しぽってりとした唇は紅など引いていないのに赤く色づき思わず目を奪われた。



 化粧なしでこのレベル。文句無しの美少女だ。




 しかし眼鏡を外しただけでここまで印象が変わるだろうか……。 




 レオは先ほどまでフローラに秘密を暴かれて動揺していたことなど忘れ、目の前の可愛いらしい少女にぽかんと見惚れる―――フローラがゆっくりと瞼を持ち上げその瞳が晒されるまでは。






「ぇ…………………!、?」 






 フローラの瞳が―――虹色に輝いている。



 角度によっては碧にも赤にも翠にも見える、七色が複雑に絡み合った、人ではない者の神秘的な瞳。




 惹き込まれるようにぼんやりと眺めていたがキラキラと輝く美しい虹色の瞳に自分の姿が映り込んだことで、レオはハッと我に返る。




「貴方、様は…………、一体………」 


 レオはさっと床に跪き頭を垂れた。




 虹色の瞳はティア神だけが持つ特別な瞳だ。


 それゆえ、フローラはきっと私に罰を与えに来たティア神の使徒なのだ、とレオは思った。

 


 レオは、いつかこの身を滅ぼさんとするティア神が怒りの鉄槌を直接自分に落とす夢を見ては飛び起きる夜を幾度となく過ごしてきた。




 それが、今―――ついに現実となるのだ。




 怯える夜が終わるのならば…そしてそれがフローラ手で成されるのならば。


 それはそれで……悪くないな、とレオは思った。











 だが、フローラがいつものようにのんびり話し出したことでレオの決意はいらぬ勘違いだったと知る。



「レオ様!勝手にレオ様の秘密さ見てしまってすまなかっただ…。その代わりにわたすの秘密も()()教えるだ!この瞳のことは誰にも内緒にしてけろ?」



 ものすごい美少女がものすごい訛りで喋り、そのギャップに驚き話の内容が頭に入るまで少し時間がかかってしまった。

  


 内容を吟味したレオは考える。



 レオの『祝福を授かっていない』という秘密と、フローラの『瞳がティア神と同じ虹色』という秘密…。





 どう考えてもフローラの秘密の方が重要で、このことを知っていながら秘匿していたと王家にバレれば首が飛ぶほどのやばい案件なのだが………と思ったが、いまだ混乱の中にいるレオは壊れた人形のようにコクコクと頷くことしか出来なかった。



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