4 祝福の儀
人口百人にも満たぬフローラの領地にも教会はある。
教会といっても村の集会所に、神父を自称する村のじーさんが趣味で手作りした木彫りのティア像を設置しただけの場所なのだが、ここで祈りを捧げても問題なく祝福を授かることが出来るので誰がなんと言おうと教会だ。
ただの小屋じゃねーかという苦情は受け付けない。
フローラも十歳の誕生日を迎えたこの日、両親と共に朝から教会に赴いていた。
この頃のフローラは、陽に焼けた健康的な肌に貴族女性としてはありえないほど短い髪の毛、麻のシャツにズボンという少年のような出で立ちで過ごしていた。
両親も自分達が貴族であることをしょっちゅう忘れる、のんびりとした性格だったのでフローラの格好に疑問を抱いていなかったのだ。
フローラには授かりたい祝福があって、昨日は夜も眠れぬほど興奮していた。
「わたす木登りがはやくなる祝福がいいだ!」
「まぁフローラったら。ティア様が願いを叶えて下さるといいわね」
おおらかでふくよか、でも怒ると般若へと変貌する母親とフローラは笑い合う。
父親はびっくりするほど寡黙な人で、母娘の後ろで黙って佇む姿がデフォルトとなっている。
フローラは教会に住み着いた自称神父のじーさんと両親に見守られる中、木彫りのティア神像の前に膝まづき祈りを捧げる。
余談だが、木彫りのティア神像はじーさんが若かりし頃王都で見たものを記憶をこねくり回してなんとか思い出し、三日で完成させた代物なので、本家の教会に見つかったらきっと「ティア神への冒涜だ!!」と国から追放されるレベルの問題作なのだろう。
本物の神父様が辺境のこの村にやってくることなど億が一にもあり得ないから別にいいけど。
「女神ティアに永遠の感謝を捧げます。我に祝福をお与え下さい」
フローラが噛まずに祈りを捧げられたことに母、アンナはほっとする。
訛って祈りが届かなかった、なんてことになっては大変だから、訛らずにスムーズに祈りを捧げられるようしっかりと練習してから臨んだ。習得するまでに五日ほどかかったがその成果はちゃんと出たようだ。
「フローラ?」
祈りを捧げ終わると祝福はもう授かっている。
すぐにこちらにぴょんぴょんとやってきて「祝福授かっただ!!」と元気に報告してくるだろうと予想していたアンナは、いまだに膝をついたまま動かないフローラの姿を不思議に思い、声を掛けた。
母の問いかけの後、たっぷり十秒は経ってからノロノロと立ち上がったフローラは、顔を俯かせたまま「帰るだ……」とだけ告げてとぼとぼと歩き出した。
「え?この後はルナさんのレストランでお祝いでしょう?楽しみにしてたじゃない」
ルナさん(五十三歳)のレストランはこの村唯一の食事処で、レストランなんて洒落た呼び方をしているが要は大衆食堂だ。
店はいつ倒壊してもおかしくないほどボロいが料理はどんな老舗料理店にも負けないくらい美味しい(はず。老舗料理店の味など知らない)。
フローラもあれ食べたいこれも食べたいと嬉しそうに話していたのに…。
アンナが「一体どうしたの?」と聞く前に、滅多に口を開くことのない夫、ダンが「……帰るぞ」と言ったのでとりあえず三人で帰宅することにした。
ちなみに自称神父は呑気に椅子で居眠りをしていた。