38 呪われた男② sideレオ
『レオ様に握手してもらってから調子が悪くなった』―――
本来であればすぐさま「馬鹿馬鹿しい」と一蹴するはずの、壇上にいる子どもからこぼれ落ちた言葉。
横に座る母を見ると一瞬にして厳しい表情に変わり、誰の発言だったのか見極めるかのように目を細めて壇上にいる子ども一人一人を睨みつけている。
一方の私はというと、どんどん顔色が悪くなっていくのが自分でもよく分かった。
その言葉……あながち間違いではないのでは………?
自分はイルド王国で祝福を授からなかった唯一の人間。
つまりティア神には大いに嫌悪されている。
祝福を与えなかっただけではなく、何か別の……そう、人の祝福に干渉してしまう呪いのようなものを付与されている可能性は十分にあるのでは…………?
壇上にいる子ども達が一人、また一人と囁き出す。
「そういえば…レオ様に頑張ってねって肩を叩いて頂いた時、変な感じがしような……」
「私はアンダーソン様に声を掛けて頂いた時、わずかに力が抜ける感覚が致しましたわ…」
「わたくしも…」
「実は僕も……」
ざわざわざわ。
私が触れた者の祝福の力を打ち消してしまったとでもいうのだろうか………?
その最悪な想像に呆然とすることしか出来ない。
もう引き返せないほどに、この場の空気は「レオ・アンダーソン公爵子息がなにかした」に傾いていた。
「不愉快です!!」
母はついに立ち上がり、パンフレットを座っていた椅子に投げつけると私を促し会場を後にした。
この発表会の主催者が慌てたようにこちらへとやってくるのが見えたが、ここまで母の怒りを買ってしまえばもう手遅れだろう。
来年からの祝福発表会の開催は危ぶまれるかもしれないな…と働かない頭でぼんやりと思いながら母の後を追った。
***
その後のいざこざは思い出したくないほどに泥沼と化した。
家に帰宅した母はすぐ父に連絡し、アンダーソンの名で発表会を主催した侯爵家に厳重抗議の手紙を出した。
そしてそれは発表会に参加者した子ども達の家々にも及ぶ。
「なんの根拠もなく公爵家跡取りである息子を侮辱しどう責任を取るつもりだ?」
要約すればそんな内容の手紙。
手紙を受け取った貴族家は震え上がったことだろう。
「子どもの戯言ですお許し下さい」「なんでも致しますどうかお怒りを鎮めて頂きたく…」「娘にはきつく言い聞かせました。お望みとあらば修道院に入れます!」などなど…。
翌日には許しを乞う手紙が大量に届き、面会を願う家からの使者がひっきりなしにやってきた。
それはそうだろう。
筆頭公爵家であるアンダーソンを敵に回して生き残れる家門などほぼ存在しない。
私としては、恐らく子ども達が感じた違和感に相違はないのだろうと確信していたが、公爵家をいずれ背負う身としてはこのような不名誉な扱いを黙って受け入れるわけにはいかなかったので、罪悪感を抱きながらも毅然とした態度を貫いた。
そして父や母が制裁の手を緩めることなく破産や崩壊、取り潰し一歩手前まで追い詰められる家がいくつか出始めた頃、ついに王家が動いた。
王家が各貴族家に通達を出したのだ。
『レオ・アンダーソン公爵子息について、確固たる根拠の存在しない根も葉もない憶測だけの偽りを述べることを禁ずる』
この王家の発表に安堵した私は立っていられなくなったほどだ。
王家としても父の怒りをなんとか収めたかったのだろう……ここまで犠牲が増えるまでにもう少し早く動いてほしかったと思わないでもないが。
そして何より私にとって有り難かったのは王家主導での調査が行われなかったことだ。
社交界をここまで賑わす醜聞に発展したこの騒動の落とし前として「実際にアンダーソン子息に祝福を打ち消す力があるのか試してみよう」となる可能性だって少なからずあったはずだ。
…もしそうなっていれば父は猛反発しただろうが。
結果など関係なく王家に疑われ検証されたという事実だけで、死ぬまで引きずる汚点となるからだ。
王家が検証を行わなかったのは公爵家の反発を予想したからという理由もあるだろうが、そもそも「祝福を打ち消す祝福」という恐ろしい内容の祝福は今まで存在しなかったことに加え、私には「記憶力が良くなる祝福」がすでに与えられていたので一人に二つの祝福が与えられることはないという常識のもと判断したからだろう。実際には私に祝福は与えられていないが。
どちらにせよ、この王家の通達を持って騒動は収束するはずだ。
真実などそっちのけで。
この騒動以降私は誰かに深く関わることを止め、より一層勉強と鍛錬に打ち込んだ。
私自身怖くてきちんとした検証は出来ていないが、触れたり近い距離で話したりすると相手の祝福を一時的に打ち消す呪いが発動すると思われる。
そして今までの一年間どうして自身の呪いに気付かったのかを考えた。
その理由はこの一年深く関わった人物が両親や家庭教師達ぐらいだったからだと推察される。
両親と家庭教師達の祝福は、私と関わるたびに呪いの影響を受けていたとしても運良くすぐに気が付かない内容だったのだ。
例えば剣の教師の祝福は「火をおこすことが出来る祝福」だ。
(剣を志す者すべてが剣にまつわる祝福を授かる訳ではない。あくまで十歳に行われる祝福の儀のタイミングで必要そうだと思われる祝福が与えられる傾向が強いだけだ)
剣の教師が指導中に祝福を使うことはこれまで一度もなかった。
教師がもし「剣の腕前が上達しやすい祝福」持ちであったならば、私の呪いの影響を受けて「いつもより調子が悪いな」と感じることになり、違和感を与えるきっかけになっていただろう。
呪いを与えられておいて思うことではないが、この一点において天は私に味方したようだ。
このまま誰とも深く近く関わらず生きていけば呪いに気づかれることはない、はず。
好都合なことにアンダーソン公爵家による苛烈な粛清が行われてからというもの、私は周囲の人々から遠巻きにされていた。
以前は社交でお茶会などに参加すると人集りが出来るほど群がられたものだが、今は私に近寄る者などほとんどいない。
私になにかあれば公爵家に報復を受けることは周知の事実となったし、それがなくともきっと私に怯えているのだろう。
自分の大切な祝福を消されてしまうかもしれない、と。
しかし王家が通達を出したとはいえ、人々の口に戸は立てられない。
『レオ・アンダーソン公爵子息は呪われている』
まことしやかにこのような噂が流れ、誰がいつどのように伝聞しているのかも分からず、火消しも出来ないままこの噂は社交界だけでなく王都中に静かに広まっていくこととなり―――そして現在に至る。
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