37 呪われた男① sideレオ
その後、私は三日間熱に魘された。
熱が下がった日の朝、外は自分の鬱鬱とした気持ちとは裏腹に気持ちの良い青空が広がっていて、世界はどこまでも私に冷たく、そして拒絶しているのだと感じた。
しかし熱に魘されつつも真剣に悩んだこの三日間で私の気持ちは固まった。
誰にもこの秘密を知られることなく生涯を終えてみせる―――と。
熱が下がり頭が少しすっきりしたことで、曖昧だった祝福の儀の後のことを思い出してきた。
確か自分は両親に「記憶力が良くなる祝福」を授かったと嘘をついた…はず。
この祝福内容であれば、もちろん簡単なことではないが自分の努力次第でいくらでもカバーすることは出来る。
咄嗟にこの祝福を口に出した自分を褒めてやりたい気分だ。
祝福を授かったと嘘をつくなどティア神の御心に背く行為だと理解しているが、私にはもうこの道しか残されていない。
絶対にこの嘘を、誰に知られることなく死ぬまで貫き通してみせる。
私には、自分にだけ祝福を授けて下さらなかったからと言ってティア神を恨む気持ちなど一切ない。
ティア神がこの国を守護して下さっていることに変わりはないのだから。
私が一体何をしてティア神のお怒りを買ってしまったのか…わかる日は一生来ないのだろう。
私に祝福を与えて下さらなくとも、家族や領民達が平和な毎日を送れるだけで十分だと思うべきだ。
それに、ティア神の守護が、祝福がないというのならば自分の身は自分で守れば良いだけのこと。
身体を鍛え勉学に励み、周囲に「記憶力が良くなる祝福」を授かったと信じさせてみせる。
そして、熱を出すきっかけとなった夜のバルコニーでの誓いを違えるつもりもなかった。
それからのレオは人一倍勉学に励み、鍛錬し身体を鍛え、言葉や言動の端々に見え隠れしていた偉そうな態度を改めた。
以前よりずっと真面目に、そして人の丸くなったレオに両親は喜ぶ。
「これもティア神から授かった祝福のおかげね」と笑い合いながら。
…正直、両親のその言葉には考えるものがある。
これらはすべて自分の力で成し得たことだ。
だって、ティア神は私に祝福を与えては下さらなかったのだから。
………私のこういう考え方がまだ傲慢なのだろうか。
時に落ち込み、時に悩みながらもレオは前に進む。
いつの日かティア神に許されることを願って。
だが、その願いがティア神に届くことはなかった。
というか、むしろ悪化した。
祝福の儀から一年が経った頃、ティア神の怒りの根深さを知ることになる。
私は祝福を授けてもらえなかっただけに留まらず、どうやらティア神に呪いをかけられているようだった。
***
「レオ様の側にいると祝福の力が発動しない」
誰が始めにそう言ったのか。
今となってはもう思い出せないが、その一言で私の人生は大きく変わった。
この一年、祝福がないなりに私は色々と上手くやってきたつもりだ。
死ぬ気で努力して学問で秀でた成績を残せば祝福のおかげと言われることに今も多少の引っかかりを感じるが、祝福を授からなかったという秘密がバレることに比べれば些細なことだ。
むしろ私に「記憶力が良くなる祝福」があるのだと、もっともっと誤解してもらわねば。
そしてあれから毎日身体も鍛えている。
剣の腕前もそれなりになってきたし、一年前と比べると一回りほど身体も大きく逞しくなった。
「他者を思い遣る」という行為に対しては最初は努力が必要だったが、今では自然と相手の気持ちに沿った行動が取れるようになってきていた。
おかげで公爵家の使用人たちとの関係は以前よりも良好だ。
すべて順調である、と。そう思っていた。―――そんなある日。
勉強と身体を鍛えることに忙しく、子どもとはいえ最近は社交を疎かにし過ぎていたな…と思い始めていた頃、母に「祝福発表会を見に行かない?」と誘われた。
「祝福発表会」とはその名の通り、子ども達が授かった祝福の力を一年間磨き上げた成果を発表する場だ。
今年の発表会には昨年祝福の儀を受けた者、つまりレオと同じ歳の子ども達が参加する。
レオにも参加の打診が届いていたが不参加で送り返した。
祝福の内容によっては発表会への参加を見送る子どもは一定数いるので、レオが参加しなくとも不自然ではない。
表向きにだが、「記憶力が良くなる祝福」を授かったレオが祝福内容を発表する為、暗記した詩の朗読を延々としてみせたところで盛り上がりに欠けるだけだろう。
祝福発表会には「楽器を奏でる能力が上昇する祝福」や「剣の腕前が上達しやすい能力」「風を吹かせる能力」などの、見栄えのする発表が出来る祝福を授かった者達の参加が多い。
一年かけて祝福と向き合い力を高めてきた者達による催しは、毎年大盛況となっている。
レオも以前はこの発表会に参加することを楽しみにしていた。…無論、こんなことになってしまった今となっては発表会と聞いて胸躍ることはないが。
どちらかというと他の人達の素晴らしい祝福を見せつけられる地獄の場と呼んでいいだろう。
積極的に行きたくはなかったが公爵子息の自分が行かねば何かあったのかと勘繰られてしまう。
多少複雑な気持ちはあったが、仕方なく母と共に王宮の小ホールを借りて行われる祝福発表会を観に行くことにした。
そしていざ始まった発表会。
自分の割り切れない複雑な胸中は横に置いておいて、演目は純粋に素晴らしかった、と思う。
だが……。去年の発表会も観覧したのだが、去年と比べいまいち盛り上がりに欠けるような気がしないでもない。
楽器を奏でる能力が上昇する祝福を授かった子息令嬢達による演奏は、確かに十一歳にしては上手だった。
でも、それだけ。
祝福の力によって底上げされた技術力というか表現力というか……本来であればもっと惹き込まれていてもおかしくはないのだが、私の心が強く揺さぶられることはなかった。
私の心が狭く捻くれているせいで素直に感激出来ないのかとも思ったが、観覧していた大人達の拍手の勢いからも私と同様の感想を抱いていることが伺える。
剣の腕前が上達しやすい祝福を授かった者達による剣を使った円舞や、模擬試合などを見てもそれは同様。
風を吹かせる祝福を授かった者達による花びらを会場中に降らせるという演出に至っては失敗するという散々な結果に終わっている。
最後は発表会に参加した者達が壇上に集合し大きな拍手を貰い幕を閉じるのがお決まりだが、拍手はまばらだし本来なら晴れがましい顔をしているはずの子ども達も浮かない表情や泣きそうな顔をしていた。
そんな中、会場はざわざわとどよめいて煩いほどだったのに、壇上にいる子ども達の内の誰かが呟いた言葉がやけに大きく響いた。
「レオ様に握手してもらってから調子が悪くなった…」
最前列に用意された席に座る私の耳に、その言葉ははっきりと届いた。
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