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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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35 困惑


 フローラがリアムの婚約者(候補)になることを承諾した翌日。



 寮を出て学園の教室に行くまでの間に尋常じゃないほどの視線を感じたし、教室に着くと今まで喋ったことのないクラスメイト達から次々と話し掛けられてしまった。




「フローラ様ぁ!おはようございます!」


「この度はおめでとうございます!王太子殿下の御心を掴むだなんてさすがフローラ様ですわっ」


「今度の週末わたくしの家で行うお茶会に参加して下さいませんか?」


「ずるいわ!抜けがけしないでよ!」


「わたくしずっとフローラ様とお話してみたかったのです!お友達になってくれませんか!?」


「ちょっとぉ!!抜けがけしないでって言ってるでしょ!?」



「………はぁ?」

 

 フローラは目を白黒させ自身に群がる、一度も話したことのない女の子達を見つめた。





 フローラが席に着くなり話し掛けてきた女子は全員下級貴族の者達だ。



 早朝に届いた実家からの手紙だったり、急速に広まった噂を聞きつけたりでリアムとフローラの婚約を知った彼女達の動きは早かった。



 今まで見下していたフローラに華麗な手のひら返しでこれでもかと擦り寄り持ち上げ、全力でおこぼれに与ろうとする。



 未来の王太子妃の友人…いや、ここは思い切って親友のポジションにまで登りつめ甘い汁をたくさん啜ろう!!と意気込む彼女達の自分本位な考え方はとても分かりやすくていっそ清々しい。 





 フローラを遠巻きに見ている高位貴族達の軽蔑するような視線を受けてもどこ吹く風だ。




 そう、高位貴族の子女達は今のところ静観を決め込んでいる。




 王家の急な発表に「何か裏があるのでは?」と疑い実家と密に連携を取り合い裏取りに奔走している最中なので、すぐに行動にうつすような愚かな振る舞いは決してしない。



 それに、十分な裏を取りフローラが間違いなく王太子妃になる、と分かってから動いても何も遅くはないのだ。


 所詮貴族のなんたるかも理解していない田舎から出てきたばかりの小娘なんぞいくらでも懐柔出来る。




 様々な思惑が入り乱れる中、騒動の渦中の人物であるはずのフローラが思うことはただ一つ。






 はぇ〜。王子様の婚約者(候補)って大変なんだべなぁ〜。






 とても自分を指してのことだとは思えない、どこまでも他人事な感想だった。









***


「フローラ」


 

 お昼休憩の時間になり、「ランチをご一緒しましょう!」と鼻息荒く誘ってきた女の子達をなんとか振り切りララと二人でお弁当を食べるべく空教室に向かっていると、廊下にある柱の影からレオが声を掛けてきた。



「!!レオ様」


 すぐに駆け寄ろうとするフローラに、レオは手のひらを向け待ったをかける。



 人差し指を後方に向け「ついて来て」のジェスチャーをするレオに、フローラは首を傾げながらも従う。





 レオの導くまま後を追い辿り着いたのは、いつもお弁当を食べている教室とは別の空教室だった。







「急に声を掛けてごめんね。フローラとどうしても話がしたくて」


 教室に入り、ララが扉を閉めたことを確認してからレオは話し出した。




「いんや、大丈夫だ。でも、なんでコソコソする必要があんだ?」


 フローラはここに来るまでの間、レオとは一定の距離を保ち歩かされた。端から見れば同じ方向に進んでいるだけのまったくの無関係な二人に見えたことだろう。

 


「前にも言ったと思うけれど私は嫌われ者なんだ。フローラを僕の事情に巻き込むわけにはいかないからね」 


 どこか諦めたように淡く微笑むレオに、フローラはたまらず大きな声を出す。



「わたすも似たようなもんだって言っただ!!レオ様はわたすのお友達だで、コソコソする必要はねえんだ。次からは堂々と話し掛けてけろ、わたすもそうするだ!」


「…!」



 フローラの直球すぎる言葉にレオは思わず赤面し、口元に手を当てる。






 レオはこれでも公爵子息。



 祝福の儀を行うまでは様々な人達に群がられていたし、今でもレオに近寄ろうとする猛者は一定数いる。


 猛者達の目的はレオの地位や財産だろう。


 だから今まで「公爵子息」としての価値でしか自分を見ない人達に何を言われようと動じることなく笑顔でさらりと受け流してきたのだ。




 だけどフローラの言葉を受け流すことはどうしても出来ない。



 素直に心に響くというか…裏表のない人柄そのままのストレートな言葉にレオは不覚にも動揺してしまう。



 でも、それは嫌な感情ではなかった。





 むしろ―――





「レオ様?」


「……、いや、なんでもない。ありがとうフローラ。

 私も次からはちゃんと正面から声をかけるよ。正々堂々と、ね…」


「んだ!!」


 フローラはレオの含みを持たせた言葉にも、どこか熱っぽい視線にも気づかない。



 ララはそんなレオを憎々しげに睨みつけ、ポケットに入れた手をなにやらガチャガチャ言わせている。


 ポケットの中身を知っている人間が見たら怖すぎる光景だったが、フローラはこれまた気づかなかった。








「昨日フローラが殿下に連れて行かれてからずっと気になってたんだ。大丈夫かなって。結局大丈夫じゃなかったみたいだけど…」




 お昼ご飯を食べながら話そうということになり、フローラが持参したお弁当を広げたテーブルを三人で囲み、座る。



 ララは、侍女が当たり前のように主であるフローラ

と、そして貴族である自分と席を共にしていることを一切咎めない変態男に対し少しだけ評価を上げた。



 フローラを抱きしめた行為はいまだ許していないので「特別にフローラ様お手製弁当をほんの少しだけなら分けてやってもいい」と思うくらいの微々たる上昇率だったが。


 


 お弁当を食べながらレオはフローラに問い掛ける。


「フローラはリアム殿下の婚約者になったんだね……殿下のことが好きなの?」 


「いんや、まったく」


「えっ!………そうなの?」


 即答されたフローラの言葉にレオは考え込む。








 レオは恐らくどこの貴族家よりも正しい情報を掴んでいた。

 父親が国の中枢に深く食い込む宰相なので当然と言えば当然と言える。



 リアムのお相手が誰なのかという点だけどうしても掴むことは出来なかったが、わりと早い段階でリアムや国王、側近であるジョージ・スミス侯爵達が慌ただしく王太子の婚約について奔走していたことは知っていた。




 その動きが性急すぎたということも。





 まず、情報統制が厳しかった。



 宰相であるレオの父にすら何も報せず、必要最小限のメンバーで秘密裏に動くことを決めたのは間違いなくリアムだ。


 穏やかで八方美人な国王のやり方ではない。



 そのリアムが誰にも知られず早急にやり遂げた事というのがフローラとの婚約だったというわけだ。








 ―――なぜ、フローラなんだ?



 昨日のやり取りを見る限りリアムはフローラを好いてはいないし、フローラだって好意を否定している。





 これは……きっとなにかがある。



 王太子と男爵令嬢の身分を越えた純愛などと極小数の一部の人間が盛り上がっていたが、そんな綺麗で単純な話ではないはずだ。





 フローラには、リアムが婚約を急ぎ進めるほどの何かがきっと―――………




 レオがフローラを見つめ思案していると、そのフローラから爆弾発言が落とされた。








「レオ様が嫌われてるって言うのは祝福を貰ってないこととなにか関係があるだ?」

「っ!!!」

「ぶぅっ!!!??」



 レオは驚愕に目を見開き、ララは主のうっかりに口の中のご飯を吹き出した。


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