34 狂気
フローラはリアムが困っているのを助けてあげることが出来て「いいことをしただ!」とご満悦だった。
事の顛末を知ったララには「ぎゃああぁ!!!フローラ様とあのいけ好かない男が婚約ぅ!!??」と悲鳴をあげられてしまったが。
困っている人や弱っている人がいるのならば助けてあげたい。
それはフローラが昔から思っていることだ。
ちなみにリアムとトーマスは急ぎ提出しなければいけない書類があるから!と、うさんくさくない良い笑顔で王宮へと帰って行った。
その後寮に帰ったフローラとララは話し合う。
「フローラ様ぁ……どうなさるおつもりですか?」
「??どうって?」
「ほら…奥様もおっしゃっていたではないですか。フローラ様の祝福が王家にバレると囲い込まれてしまうって…」
「??言ってただ?」
「言ってましたよぅ〜!!」
どこまでも呑気なフローラの態度に「はうん、可愛いぃ…」と内心思いながらもララは心を鬼にして諭す。
「とにかく、殿下に祝福について聞かれたとしても絶対に教えてはいけませんよ。卑怯にも弱った態度を偽装してフローラ様の良心を揺すりにきたとしても絶対に絶対に駄目ですからね!!」
「分かっただ」
ララはリアムを敵認定した。
リアムに抱く怒りは変態男のレオを遥かに越える。
だってリアムはフローラの綺麗な優しい心につけ込むという汚い手を使い、まんまと“フローラの婚約者”という栄光の座に収まったのだ。
そんな性根の腐った男を許せるはずがない。
ララは憎いリアムの顔を思い浮かべながら、深夜に暗器の手入れを念入りに行うことを決めた。
***
翌朝、女子寮のみならず学園全体に激震が走った。
イルドラン学園は生徒に学業に専念させるため、貴族だけが通う学園にしては珍しく全寮制を採用している。
全寮制と言っても外部との接触を完全にシャットアウトしているわけではないので各々連れてきた侍女も寮の部屋に滞在しているし、週末には家に帰れるし、実家からの手紙等も普通に届く。
フローラがリアムとの婚約を承諾した次の日の朝早く、特に高位貴族の女子達の寮部屋に実家からの速達の手紙が次々と届いた。
公爵令嬢でありフローラのクラスの女帝であるアマンダの部屋にも父親からの手紙が届けられる。
「アマンダ様、旦那様からのお手紙です」
一通の手紙と美しい細工が持ち手に彫られたペーパーナイフが置かれた銀盆が、スッとなめらかな動作で優雅に紅茶を飲むアマンダに差し出された。
「なにかしら」
アマンダは侍女から手紙とペーパーナイフを受け取り、爪先まで完璧に整えられた白くほっそりとした指で手紙を開く。
「…………え…?」
手紙を読み進めるアマンダの様子がおかしい。
目を驚愕に見開き顔色もどんどんと悪くなっていくではないか。
そんな主の常にない様子に側に控える侍女達は顔を見合わせる。
手紙を最後まで読み終えたアマンダは怒りで手が震え、思わずぐしゃりと握りと潰してしまう。
「なんということなのっ……!!!?」
アマンダの父であるウィルソン公爵からの手紙を要約するとこうだ。
『アマンダが殿下に想いを寄せていることは知っている。
同じ学園に通うようになればもっと距離が近づきいずれ相思相愛の関係になってみせると言うからお前に来た縁談話はすべて断ってきたが、昨夜王宮から殿下が婚約した旨の通達が届いた。
相手の令嬢の名はフローラ・ブラウン。
こちらでも急ぎ調べたがフローラ・ブラウンは人より秀でたところが一つもない凡庸な人物だった。
このような人間に遅れを取るなどお前は一体なにをしていたんだ?
王太子妃になるのであればとお前の好きにさせていたが、それが叶わぬのであれば私の決めた相手に嫁いでもらおう。
隣国オーリアの第五王子が以前からお前に御執心で、つい最近も何度目か分からぬ婚姻申込みの書簡が届いていた。
オーリアは豊かな国だし第五王子は王妃に溺愛されていると聞く。嫁いだらお前もきっと取り立ててもらえることだろう。私は悪くない話だと思う』
公爵からの手紙は、すぐに返信を寄越すようにという文章で締めくくられていた。
ぐしゃぐしゃになった手紙をテーブルに投げつけたアマンダは、侍女達によって綺麗に整えられた髪の毛に白魚のような手を突っ込み振り乱す。
「は……………あの女……?あの女が、リアム様と……?」
アマンダは幼少期、リアムの話し相手や側近候補探しのために開かれた王宮でのお茶会で、運命的に出会ったリアムに一目惚れをした。
あれはリアムが七歳、アマンダが六歳の時だった。
アマンダがリアムに初めて出会った時の衝撃は幼心には強烈で今でも鮮明に思い出せる。
太陽の光を浴びより一層黄金に輝く癖のない髪、幻想的な湖を想起させる深いエメラルドグリーンの瞳、常に穏やかな微笑みを讃える口元、七歳にしてすでに完成された美貌。
アマンダがリアムを最初に見た時、幼気な天使が地上に間違って降り立ってしまったのかと思って二度見してしまったほどだ。
そのくらい美しいリアムはアマンダにとって完璧な王子様だった。
このお茶会でアマンダは残念ながら側近にも話し相手にも選んでもらえなかったが、公爵令嬢という王子様に一番釣り合う身分を利用してリアムに会うたび積極的に話し掛けに行った。
その甲斐あってかアマンダの学園入学前、夜会で出会ったリアムに名前を呼ぶ許可が欲しいと勇気を持って伝えると笑顔で了承してもらえたのだ。
リアムもアマンダのことを「ウィルソン嬢」から「アマンダ嬢」に呼び方を変えてくれた。
……ペースは少し遅い気はしていたが確実にリアムとの仲は進展していると思っていたのに。
それを………
それを田舎者の男爵令嬢の分際であの女がすべてぶち壊した!!!
そしてお父様も何をおっしゃっているの!?
隣国の第五王子?あのデブでチビでマザコンの男がわたくしに相応しいですって?
あり得ないあり得ないあり得ない!!!!!
わたくしに相応しいのはリアム様ただお一人よ!!
「許さない…………」
「アマンダ様?」
「うるさいっ!!!!!」
「きゃあっ!!」
アマンダは様子のおかしい主を心配し声をかけた侍女を怒鳴りつけ、手にした熱々の茶器を投げつける。
「こんなのおかしいわ!!!なんでよ!!なんでわたくしではなく、あんな…あんな女が!!!」
髪をボサボサにして振り乱し、テーブルをダンダンと叩くアマンダの目が徐々に狂気に染まる。
「………意見書がきっかけだったとでも言うの…?」
高貴な王太子殿下とこの春田舎から出てきた男爵令嬢が入学してからのわずかな期間で出会い恋に落ちるなど……本来ならば起こり得ない夢物語であったはず。
フローラのあまりの傲慢ぶりにきついお灸を据えてやろうと、生徒会に意見書を提出することを提案したのはアマンダだった。
リアムとの接点を作りたいという下心は勿論あったし、リアムと名前で呼び合うところを見せつけることで他の女子を牽制したいとも考えていた。
その結果がこれ、だなんて…………二人の出会いを演出したキューピッド役がわたくしだったなんて………あんまり過ぎる………。
「…………戻さなくては」
ぽつんと零されたアマンダの言葉に反応する侍女はもういない。
壁際に控える侍女達は俯き、嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。
「……そこのお前」
「ひぃ、!?っ…、は、はいっ……」
昏い瞳のアマンダに指を差された侍女はびくん!と肩を震わせ恐る恐る顔を上げる。
指名された侍女の左右に立っていた侍女達は、サササと距離を取りその侍女から素早く離れた。
憐れなその侍女を助けようとする者は誰も―――いない。
「やってほしいことがあるの…。すぐに動きなさい」
直接指名された侍女はアマンダの狂気に満ちた仄暗い瞳で見つめられ、恐怖で足が震えた。
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