33 攻略法
リアムは断腸の思いでプライドを捨てた。
「俺が…………、お前に惚れたから婚約者にしたんだ。………どうか、受け入れてほしい」
トーマスがプライドの高いリアムの捨て身すぎる作戦に、これでもかと目を見開いて凝視してくる。
そんな目で見るなと言いたい。
リアムとて好きでこのような鳥肌が立つ寒いセリフを吐いたわけではない。
いくら恥をかこうが鳥肌が立とうが、どんな手段を用いたとしてもフローラの懐に入り込むことが出来れば―――こちらの勝ちだ。
しばらくリアムの顔をじっと見ていたフローラはリアムの捨て身の作戦をバッサリと切り捨てた。
「嘘です、ね」
「………。」
まぁ、当然嘘だと思われるだろう。
リアムがフローラに惚れる要素が一つもなく、それらしい態度を取ったことなど一度もないのだから当たり前だ。
「リアム様は、嘘を見抜く力を持っているはず、ですのに、嘘をつくのが下手すぎて、びっくりします」
「ちょっと待て」
リアムは手首を掴んだままだったフローラをソファに押し倒しそのまま覆い被さる。
ソファに仰向けに寝転び目をパチパチとさせているフローラを、リアムが上から押さえつけて見下ろす形だ。
ちなみにトーマスはリアムがフローラを押し倒した瞬間、完全に壁と同化し空気に徹している。
「なぜ、お前が俺の祝福を知っている」
リアムの祝福は『特別』に分類されている為、一般公開されていない。
リアムの祝福を知っているのは王族と一部の高位貴族のみで、祝福を知る人物には箝口令が敷かれている為、一貴族の令嬢であるフローラがリアムの祝福を知っていることはあり得ない。
「…?……ハッ!」
フローラは分かりやすく狼狽えた。
フローラが虹色の瞳を隠す為に創造の力で創ったこの眼鏡には鑑定機能がついている。
鑑定機能とは、物の名前・詳細・価値・使い方や、生き物の名前・性別・精神状態などを瞬時に判別、鑑定する優れた機能のことだ。
フローラは眼鏡についた鑑定機能のおかげでリアムの身長・体重・体脂肪に加え、現在の精神状態から祝福の内容に至るまでばっちり詳細に把握することが出来たのだ。
ちなみになんでもかんでも鑑定されると煩いので、何を鑑定するかはフローラが気になっていることを察知した眼鏡が独断と偏見で厳選したうえ決定する。
もう眼鏡というより、出来る秘書だ。
先ほどは眼鏡がリアムの精神状態を「こいつぅ!今フローラ様に向かって嘘ついた!不届き者ぉ!!ティア様から嘘を見破る祝福を授かっておきながら雑な嘘つきやがってぇぇ!!」と教えてくれた。
しまっただぁ…っ、機能を盛りに盛ったこの眼鏡のことは誰にも知られちゃならねって母様にしつこく言われてたんだったべ……。
フローラはリアムに近距離で見下ろされながら視線を彷徨わせることしか出来ない。
「お前は……一体何者なんだ?」
リアムがフローラの手首を掴む手にギリ…と力が入る。
「あ〜…、え〜と、うーん、その〜………」
フローラがどんなにうんうん呻いてもいい感じに誤魔化せる言葉が出てくるはずもなく。
尋常じゃなく目をキョロキョロさせているフローラを黙って見つめていたリアムは大きなため息をついた。
「っはぁ〜〜〜〜………。もう、いい。そのための婚約だ……」
リアムはブツブツ言いながらフローラの上からその身を退けた。
手首を引き、ついでにフローラも起き上がらせる。
「……お前は…どうしたら俺に気を許す?」
ソファに前かがみに座り顔を手で覆いながら、フローラにというより独り言のようにリアムが呟いた。
この時、フローラの鑑定眼鏡が反応する。
「この男、なんか困ってる!非常に困ってるし、弱ってる!このままほっとくと衰弱死するかも!!」
この鑑定眼鏡、人物の精神状態を鑑定する際大げさに伝える妙な癖があった。
だが、眼鏡にそんな癖があることなど知らないフローラは「衰弱死!?」と純粋に驚く。
実はフローラは弱い生き物に目がなかった。
幼い頃、死にかけの大型猪や熊を拾ってきては「この世は弱肉強食、山に返してきなさい」と父に諭された事、数知れず。
ララだって最初に出会った頃は小さな草食動物のようでフローラの庇護欲を唆りに唆った。
逞しくなってしまった今ももちろん大好きだが、過去のララを思い返し「あの頃はめんこかっただ」とニヤニヤすることはいまだにある。めちゃくちゃ未練タラタラだった。
そして今、フローラの庇護欲レーダーに哀愁漂うリアムが引っ掛かった。
笑顔がうさんくさい男だとしか思っていなかったが、項垂れ衰弱死一歩手前まで追いつめられたリアムの様子はフローラの庇護欲を「わたすが守ってやらねば!!」とバンバン刺激する。
フローラはとても面倒見が良い女の子なのだ。
「リアム様、何か…(衰弱死するほど)困っている、のですか?大丈夫、ですか…?」
心配そうにこちらを窺う目…フローラがリアムをそんな目で見たのは初めてのこと。
リアムはフローラを一瞬見て、それから瞬時に対応の方向性を定めた。
ギラギラした目が獲物を狙う獣のそれだ。
「フローラ、俺はもうどうすればいいのか分からないんだ…。俺を助けると思って婚約者(候補)になってくれないか…?」
「!!!」
リアムの弱々しい姿を見たフローラの脳裏に「衰弱死待ったナシ」の言葉が躍る。
そんなの可哀想だ。助けてあげなければ!!
「わたくしに出来ることがあるならば、お助けし、ます!!」
「っ、ありがとう!フローラにしか出来ないことなんだ。まずはこの書類にサインを」
「分かり、ました!」
フローラはサラサラと婚約(候補)誓約書にサインをする。
「もう一部頼む」
「はい!!」
一部は王宮提出用、もう一部はフローラの実家に送りつける用だ。難なく必要書類を手に入れた。
ちなみに、吹けば飛ぶような男爵家とフローラ本人には婚約の許可など事後承諾で十分だ。
男爵やフローラに許可を求める時間があるのならば、議員を務める貴族共を一人でも多く婚約賛成派に寝返らせられるよう画策する時間に充てたかった。
だからフローラの実家は王太子とフローラの婚約(候補)についてまだ何も知らない。
リアムの優秀な頭脳を以てして、この短い時間のやり取りの中でフローラの攻略方法を完全に理解した。
フローラには命令するのではない、人が良い彼女には困っているアピールをしながらお願いすればいいのだ。
先ほどのリアムの態度のなにがフローラの琴線に触れたのかは分からないがこの方向性で間違いないはず。手元にある二部の誓約書がその証拠だ。
リアムとトーマスは素早く視線を交わし頷き合った。




