32 駆け引き
フローラを婚約者として望んだはずが婚約者候補に留まっているのはフローラの身辺調査結果に問題があったからではない。
議会を固める貴族達に猛反発を食らったからだ。
当然だろう。 フローラは突出した才能も数多の人間を魅了する美貌も持ち得ない地味な男爵令嬢。
後ろ盾も資産も将来性も、高位貴族のような教養すらないフローラを王太子の婚約者にしたところで国になんの益も齎さない。
リアムの気持ちを尊重する国王が味方につき議員を務める貴族一人一人を説得して回ってくれたが、それでも婚約者候補として様子を見ては?という結論に落ち着かせることで精一杯だった。
貴族達はあわよくば自分の娘や身内を王太子であるリアムの婚約者に…と望んでいたのだから、フローラを婚約者候補に落とし込めただけでもむしろ上出来と言えるのだろう。
厄介なことになるといえば、今まで女性に興味を示さなかったリアムがフローラとの婚約を望んだことで「あの地味眼鏡がいけるなら私も…!!」とより一層目をギラつかせた女達の猛攻が始まることくらいだろうか。
リアムはフローラとの婚約が本決まりになるまで二週間ほど学園を休み、承認に向けて奔走していたのだが、その動きが「王太子殿下が婚約者探しをしている」という風に湾曲して伝わってしまい、高位貴族達からの探り合いが一気に過熱し鬱陶しいことこの上なかった。
ストレスの溜まった二週間を思い出しリアムはおもわず遠い目をしてしまうが、ここで呆けている場合ではないと我に返る。
王太子自らわざわざこんな廃れた場所までやってきたのは、フローラに議会でまとめられた決定事項を伝える為なのだから。
この場を立ち去るよう伝えたが中々動かないレオに痺れを切らせたリアムはフローラの手首を掴み一言、「来い」とだけ言うとそのまま歩き出す。
この時、どんな力が隠されているのか分からないフローラの手に触れるようなうかつなマネはしない。
「フローラ!」
王子にそこまでされてしまっては後を追うことも出来ず、レオは心配そうにフローラを見送った。
リアムに手を引かれながら自分がどこに連れて行かれるのかまったく分かっていないきょとんとした顔のフローラが、一度レオの方をを振り向き小さく手を降った。
その後をトーマスと、ララが慌てて追いかける。
レオは「本当に大丈夫だろうか…?」と心配しながらしばらくその場に佇んだ。
***
フローラがリアムに手を引かれ連れてこられた場所は生徒会室だった。
放課後だったこともあり、誰に会うこともなく辿り着く。
ララはまたしても生徒会室に入ることは出来ず、扉が閉まるその瞬間までフローラのことを案じていた。
フローラはララが侍女の制服のポケットに手を入れるのを見て必死に首を振る。ここで暗器は本当にまずい。
無情にもパタンと扉の閉められた室内にはリアム、フローラ、トーマスの三人だけ。
リアムがソファまで歩き疲れた様子でドカッと腰掛けたので、手首を掴まれたままのフローラも必然的にソファにちょこんと座ることになる。
「……おい。さっきの話は聞いていたな?」
いつになく覇気がない様子のリアムがフローラに尋ねる。
「いえ」
「即答すんな!いい加減にしろよ…お前っ!!」
リアムは隣に座るフローラを睨みつけた。
フローラにしてみればなぜ怒られているのかさっぱり分からない。
「あ、ご婚約おめでとうござい、ます?」
そんな話だったような気がする。
「だからお前との婚約なんだよ」
「??」
「っ、はぁ〜〜〜…!………、もういい。トーマス、馬鹿にも分かるよう懇切丁寧に説明してやってくれ。今の俺には無理だ…こいつの能天気面に耐性がねぇ」
「かしこまりました」
腕を顔に当てソファにもたれ掛かかったリアムにトーマスは痛ましいものを見る目を向ける。
トーマスは学生ながらリアムの側近候補として常に側にいるので、主であるリアムの動向はある程度把握している。
学園を休んでいた間の二週間、王宮での貴族達とのやり取りにリアムがどれほど神経を擦り減らしたか十分理解しているトーマスは、そんなヘロヘロな精神状態の主をこれ以上疲弊させるわけにはいかないとばかりにフローラの正面に立ち、目を合わせるようにしてしゃがみ込む。
「まずブラウン嬢、リアム様とのご婚約おめでとうございます。ブラウン嬢にしてみれば寝耳に水の話で混乱していることと思われますが、これはすでに決定事項。ブラウン嬢にはリアム様の婚約者になったのだと理解した上で今からの話を聞いて頂きたい」
「…」
「婚約者と言いましたが、現状は婚約者候補という不安定な立場に留まっています。まずブラウン嬢には正式なリアム様の婚約者の御立場を目指してもらわなければなりません」
「……」
「特筆した能力のない男爵令嬢のままでは弱いのですよ。ですからブラウン嬢はこれから誰もが納得するような功績を上げれられるよう努力してもらいます」
「………」
「具体的に申しますと…」
「待て」
ソファの背もたれにだらしなくもたれ横目でフローラとトーマスのやり取りを見ていたリアムが待ったをかける。
「フローラ、お前……起きてるよな?さすがに」
ぼーっとしながらトーマスの言葉にまったく反応を示さないフローラに、まさかの目を開けたまま寝ている疑惑が持ち上がる。
リアムが氷点下の視線を向けるとこちらにゆっくりと顔を向けたフローラと目が合う。
「なぜ、わたくしが、リアム様と婚約せねばならないのです、か?」
「っ!」
王太子の婚約者に選ばれたというのになんの感情もこもっていないフローラの凪いだ瞳に、リアムは一瞬言葉を無くす。
阿呆で馬鹿で抜けているフローラならば、こちらが一方的に畳み掛ければ婚約(候補)誓約書にサインさせるのは簡単だと踏んでいたのだがさすがにそこまで簡単ではなかったようだ。
警戒すべきはやはり―――人を操る能力。
リアムは身体を起こしフローラと向き合った。
「俺とお前の婚約は俺が決めた。お前を守るためでもある。よって拒否は認めない」
「わたくしを、守る…?そんなもの、必要ありません。自分の身を守る術など、いくらでもある、のですから」
「……っ」
フローラは領地での過酷な自給自足生活で培った自身の高い身体能力やララの暗器使いの腕前を思い描き答えたのだが、リアムはもちろん違う想像をする。
祝福の力をちらつかせ手を引くよう要求しているのだ、と…。
ここでフローラに人を操る能力を使われては完全に―――詰む。
「………俺の婚約者となれば贅を尽くした食材だって、最先端のドレスだって、金では手に入らない希少な宝石だって手にすることが出来るようになるぞ?
それに今までお前を見下していたやつらを見返すことだって出来る」
リアムはなんとかフローラに王太子の婚約者の地位に興味を持ってもらえるよう言葉を尽くす。
王太子の婚約者という輝かしい経歴を与えようという相手になぜここまで言葉を尽くさねばならないのか…本来であればむしろ相手の方から婚約者にして下さい!!と懇願せねばならないはずなのに…とリアムは若干虚しくなる。
「?? そんなもの興味、ありません」
「…」
やはりフローラには贅沢や権力は魅力的に映らないようだ。 興味がない、という言葉に嘘はない。
ではどうするか………。
リアムはアプローチの方法を変えるべくフローラの性格や人間関係につい思考を巡らせた。
その中で一際異質なフローラと侍女の関係性に目を向ける。ただの主従関係にしては二人の距離は近すぎると常々思っていた。
その事から恐らく、フローラは自分の懐に一度入った人間には心を開きやすいのではないかと推察される。
ではどうすればフローラの懐に入ることが出来るのか―――?
他とは一線を画す異常思考の持ち主であるフローラに通用するかは不明だったが、リアムはプライドを捨てた一か八かの賭けに出た。




