31 国王と狸と sideリアム
執務室の隣の部屋は父の休憩室となっている。
休憩するだけにしては広すぎる室内に暖炉や本棚、大きなテーブルにソファが置かれ、奥には仮眠用のこれまた大きなベッドがでんと鎮座する。
本当にがっつり休憩する気満々の部屋を作った父にちゃんと仕事しろよと言いたくなる。
部屋の手前に置いてあるテーブルには人数分のティーセットが置かれていた。これらを準備した侍女はすでに退室している。
父とジョージが並んで、テーブルを挟んでリアムが一人ソファに腰掛ける。
「さて、リアム様。フローラ嬢を見初めた本当の理由を教えて頂けますかな?」
…ジョージがいきなりぶち込んできやがった。
まずは世間話から入って場を和ませようという気遣いはないのかとリアムは頬を引きつらせる。
「まぁまぁ、ジョージ。まずはフローラ嬢のどこに惹かれたのか教えてもらおうよ!!」
すると、父が空気を読まずハイテンションで喋り出した。
ジョージにお前はちょっと黙っていろという目で見られていることにも気づいていない。
……まぁいい。ここでしっかりとあいつの良さを語り、婚約話に裏はないことを信じさせなければ。
「彼女に惹かれる部分ですか?そんなもの一切ありません。身分が男爵と低いせいでしょう、教養はおろか一般的常識すらまったく備わっておらずクラスでも浮いた存在のようです。
見た目も地味で田舎くさく、そんな彼女に学園の制服を着られるとブランド価値が下がるという意見書が届いた時は笑えました」
「え〜……、そ、そうなの…?」
父がドン引きしている。
はっ、しまった……。
リアムが我に返った時にはもう修復出来ないほど本音をぶち撒けてしまっていた。
本当は少しの真実と大量の嘘を混ぜ合わせ、話に信憑性を持たせた好意を捏造する予定だったはずが、自分がフローラに惚れているだなどと周りに思われるのが心外すぎてつい事実のみを話すという失態を犯してしまう。
こんな女のどこに惚れる要素があるというのか。
これでは婚約話に裏しかないと認めてしまったようなものだ。
リアムが父にフローラの祝福の力を話さないと決めたのには理由がある。
まだ祝福の全容が明らかになっていないのが一点と、もう一点はフローラがそれを望まないと分かっていたからだ。
父がフローラの祝福を知れば、必ず王家で囲い込むと言うだろう。
人を操る能力など前代未聞、民に知れ渡れば人々は疑心暗鬼に陥り王国を揺るがす事態となりかねない。
父は穏便に話を進めようとするだろうが、愛国心の強い狸の方はフローラが王家に捕われることを拒否した場合、フローラを閉じ込め誰にも合わせず生涯監禁するという強硬手段を取ることも辞さないはずだ。
その事を、フローラを可哀想だと思う気持ちはリアムにはない。
王太子として自身を、命を、国に捧げる覚悟はとうに出来ている。
自分に厳しく他人にも厳しいリアムは、フローラにも同じように国の犠牲になれと笑顔で告げれる性格だった。
「フローラ生涯監禁」―――これで終わればいい話なのだが、おそらく彼女にはまだ別の力がある。
その力で捕らえようとする王家を滅ぼされでもしたら何のために捕らえようとしたのか分からない、という話になってしまう。
人を操る能力を持っている以上、もっと強力な何かを隠していたとしてもおかしくはない。
とにかく、フローラの力の全容を明らかにしなくては国として動くことは出来なかった。
ならば無用な混乱を巻き起こすことなく一人で対処してみせる、とリアムはそう考えたのだ。
それに…フローラは国を混乱させることなど望んでいないとリアムは知っている。
平穏に暮らしたいと嘘偽りなく望むのならば、祝福の力をすべて暴いた上で交渉するなり契約を結ぶなりして一生田舎に引っ込んでてもらう。これが最善だろう。
その最善のため、円満に婚約を認めてもらうはずが最初の一手を間違えてしまった…。
「…つまりリアム様にはやはり彼女に対してなにかしらの懸念事項があり、そのことを独自調査する為に婚約を偽装したい、とそういう訳ですね。
是非その懸念事項を教えて頂きたく」
自分のせいなのだが、ジョージが遠慮なくリアムの思惑をぶち壊そうとしてくる。
「………」
「えっ、リアム君、そうなの!?」
黙れよくそ親父……。どうやったらこの狸を欺けるか今考えてんだよ。
そもそも、なんで俺があいつのことで神経擦り減らしてジョージと対峙しなくちゃならねーんだ!!
どいつもこいつも俺の気も知らないで…。
リアムは段々イライラしてきた。
「………ジョージ勘違いしないでほしい。彼女に惹かれる部分はないが、婚約者にするだけの利用価値はあると思っている」
「ほう…興味深いですね。それはなんですか?」
「それは…………。あいつが馬鹿なところだ。あいつが馬鹿なことを言って馬鹿なことを仕出かすたびにイライラして俺は怒鳴りつける。それが俺のストレス発散になっていると気づいたんだ。
それに俺が怒ったところであいつには何も響かない。鋼の心臓を持っているからな。まったく気を遣う必要がない点もポイントが高い」
だめだ…。自分でも何を言っているのか分からない。
話せば話すほどあの女を王太子の婚約者にするだけの要素がないとバレているのは気のせいではない。
なんだよ、利用価値にストレス発散て。
「……リアム様、正気ですか?」
ジョージに感情のこもっていない目で見つめられる。
くっ…、ジョージに真顔で正気を確認されるのは想像以上に屈辱だな…。自分でも頭大丈夫か?と思ってるよ、冷静に指摘してくるんじゃねぇっ……。
それにしても……あとなんか他に婚約者にしたくなるほど褒めれそうなところはないのかあの女ぁ!!!
フローラの能天気な地味顔が脳内をチラつき、おもわず殴りたくなったリアムは拳を握りしめる。
リアムがこの後の展開をどう取り繕うか無表情の裏で思案していると、父がパッと顔を輝かせ急に話し出した。
まったくの見当外れなことを。
「そっか…!良いんじゃないかな?フローラちゃんはリアム君が素をさらけ出せる唯一の女の子ってことでしょう?それってすごく大事なことだと思うよ!リアム君はフローラちゃんと一緒にいて楽しいんだね!」
「はぁ!!? あ、いえ、…そう、…………ですね。そう思わないこともない気が、します」
リアムは口元が引きつるのを感じた。
親父…頭悪いこと言い出しやがって…。
婚約者を選ぶ基準が「一緒にいて楽しい」って…どこにそんな理由で婚約する王族がいるんだよ。
国王のくせに頭の中で花でも育ててんのか。
「僕は常々心配していたんだよ。人の嘘が分かってしまうリアム君は表面上愛想良く振る舞うけれど、人とは心で距離を取ってきたよね。それってすごく寂しいことだよ。そんなリアム君に親として何もしてあげられなくて僕はずっと歯痒かったんだ…。
でも、フローラちゃんというリアム君の心の殻を破ってくれる存在が現れてくれたこと、本当に嬉しく思うよ。見た目とか爵位は関係ない、大事なのはリアム君の心だ。僕は二人の婚約に賛成する」
…………。なんかいい感じにまとめられたが、俺にとってのあいつは決してそんな存在ではない。断じて違う。
―――確かに、親しくもない他者に対して素の自分をさらけ出したのはフローラが初めてだった。
でもそれはフローラがあまりにも馬鹿で不敬で知能の足りてないやつだったから、素の自分を出したとしてもいくらでも取り繕える故問題ないと判断したまで。
それだけだ。
だが………、非常に業腹ではあるが……もう全力で父の勘違いに乗っかるしか道はない、か。くそっ…。
「……とにかくそういうことです。もういいでしょう、私はこれにて失礼致します。調査は頼みましたよ。では」
リアムは早口に告げ立ち上がると、振り返ることなく部屋を後にした。
だから部屋に残された二人がこのような会話をしていたことなど知らない。
「陛下……珍しいものを見ましたね。最初は裏しかない婚約話かと思いましたが…いやはや、ただの青春でしたね」
「そうだねぇ、リアム君のあんなに真っ赤になった顔、初めて見たよ。ふふ、青春だね〜」
おっさん二人がこのような話をしていたと知れば、プライドの高いリアムは発狂していたことだろう。
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