30 慌ただしい王宮、その内情
馬鹿で不敬で能天気で、何も考えていないくせに度胸だけはあるあの女を野放しにするわけにはいかない―――
そう決断してからのリアムの動きは早かった。
学園を早退し王宮に戻ったリアムはすぐに国王陛下に面会を申し出た…ものの、返事を待つ時間が惜しかったのですぐに国王の執務室に押し入った。
ちなみに王太子であるリアムは公務があるため、寮ではなく王宮から学園に通っている。
「リアムく〜ん…、いつも言ってるけど僕も忙しいから急に来られても困るんだけどなぁ〜?」
「申請は出しましたよ」
「まだいいよって言ってないよね!?」
眉を下げ困った顔で気弱そうに話すこの男がリアムの父、つまり国王陛下だ。
四十を迎えたとは思えぬほど衰え知らずの美貌で国民の支持は厚いが、身内に見せる内面が残念過ぎる男だった。
リアムは常々こんなのが国王だなんて世も末だと思っているが、周りを特別優秀な者でガチガチに固めているのと、公務では一応ちゃんとした国王を演じているのでイルド国は何事もなく機能している。
リアムも人の事はいえないが、国王は外面が大変よかった。
「どうせ陛下は上がってきた完璧な書類に空っぽな頭でサインするだけなのですから少しお時間を頂いてもいいでしょう」
「え……ジョージ、今の聞いた??うちのリアム君が辛辣すぎるんだけど……」
国王は実の息子から飛び出たひどすぎる発言に、自分の仕事ぶりを監視するかのように真後ろに立つ側近のジョージに救いを求めた。
ジョージは髪に白髪が混じり始めたナイスミドルで、とても五十代には見えない若々しい見た目をしている非常に優秀な男だ。
「陛下は実際お暇なのですからつべこべ言わずリアム様にお時間を取って差し上げればよろしいかと」
「ジョージ…っ!」
国王はここに自分に味方はいなかった…と項垂れた。
「では早速。婚約を考えている女性がいます。速やかな調査ののち承認を頂きたい」
「「………………………………。」」
ジョージの手にしていた書類がパサリ…と床に落ちる。
どんな時でも何があろうとも常に冷静沈着、予想だにしないトラブルにも数パターンの対処法を瞬時に導き出し対応する政治的手腕、山よりも高く海よりも深い王家への忠誠心(国王には塩対応)を持つジョージ・スミス侯爵は諸外国にも名の知れ渡る、イルド国王一番の懐刀だ。
そんなジョージの初めて見る思考が停止したぽかんとした顔に、リアムの口元に「面白いものが見れた」と皮肉げな笑みが浮かぶ。
国王の執務室に控える他の優秀な側近達も目を見開いて驚愕の表情を浮かべ固まり、時が止まっているのではと思うほどの沈黙が流れる。
「……………………………お相手は」
だがさすが国王の懐刀、ジョージの立ち直りは他より早い。
「フローラ・ブラウン男爵令嬢」
「ブラウン?…………あぁ、あの謎の多い領地の娘ですか……」
「あんな僻地を把握しているとはさすがだなジョージ……というかブラウン領は謎に満ちていたのか?」
初耳だった情報に今度はリアムが目を剥く。
「いえ……少し気になることがあり、以前ブラウン領について調査したことがあったのです」
「なにか……でたのか?」
「なにも。…私の気のせいだったのかもしれません。どちらにせよ、王家に相応しい娘かどうかの調査を入れなければなりませぬが。
男爵では爵位が低いので調査結果に問題がなければ養子先の選定もすみやかに行わなければなりません」
「早急に頼む」
「…はっ」
リアムとジョージの間で今後についての話し合いがサクサクと進む。
「……………はっ!ちょちょちょちょーっと待ったぁ!!!」
国王は、必要なことは伝えたとばかりに執務室を後にしようとする愛息子の背中に待ったをかける。
「僕今立ち直ったばっかりなんだけど!!?だからまだ行かないで!!!それにっ、そんな急に婚約だなんて…!リアム君一体どうしちゃったの!?」
「後ほどジョージに書面にて詳細を送ります。詳しくは彼に」
「僕に婚約の許可を貰いにきてくれたはずでは!?」
国王の呼び掛けに面倒くさそうに振り返り適当に返事をするリアム。いい歳をした国王は半泣きだ。
「はぁ〜…。どうせ影達による調査結果が出てからしか動けないのです。これ以上どうしろと?まさか婚約を決めるに至った経緯を話せ、とでも?」
「そのとおりだよ!!僕はリアム君の恋バナが聞きたいんだよ!」
「ちっ、馬鹿馬鹿しい」
「え……?ばか………?」
父親にも容赦ない毒舌を吐くリアムに国王は打ちひしがれる。
と、ここで何やら考え込んでいたジョージが親子の会話に割り込んだ。
「…いえ、珍しくも陛下の意見に一理ありますね。
リアム様は祝福の力で相手の嘘が見破れてしまうからか年頃になられても異性に一切興味を示さず、表面上では人当たりの良い人物を演じながら内心で自身に群がる女性達を見下す、というような不安定な精神状態が見受けられていました。
情緒が迷走しているリアム様が急に婚約したいだなどと……何か裏があるのではないでしょうか。
正直私はリアム様に普通の恋愛は無理だと思います」
「ジョージ……?お前が俺のことをそんな風に思っていたなんて初耳なんだが?」
あながち間違ってはいないが人に指摘されるとめちゃくちゃ腹が立つその内容に、リアムの口元は引きつる。
「はっきり言い過ぎてしまいましたか?申し訳ございません。私が生きている内に聞ける日が来ることはないと諦めていたリアム様の婚約したい人がいる発言にあまりにも驚いてしまい、情けないことに…まだ少し動揺が残っているようです、ははは」
「ジョージ…っ!!」
リアムは額に青筋を立ててジョージを睨みつけた。
ジョージはそんなリアムの怒りのこもった視線など余裕の微笑で涼しげに受け流す。さすが王宮一のくせ者狸だ。
「とにかくっ!!リアム君が、そのフローラちゃんを婚約者にと望んだ理由をちゃんと教えてくれないと影達に調査させないんだからねっ!」
「チッ!」
「ひぇぇ…」
国王は父親としての威厳を少しでも見せるべくいつもより厳しい口調で命令するも、息子の苛ついた舌打ちにすぐにビビって引っ込んだ。
王太子として国王の仕事も公務も手伝ってくれて、なんなら恐妻である王妃の機嫌取りまでしてくれる優秀なリアムに強く出れない気の弱い父親だった。
結局この中で一番の切れ者ジョージを味方につけた国王の意見が通り、執務室の隣の部屋に移動してフローラを婚約者として望む理由を話すことになってしまった。
リアムは、どのようにして誤魔化すか頭をフル回転させて考える。
国王だけであったならば適当にあしらうことも出来た。
だが、最強くせ者狸のジョージも共に話を聞くという。
さすがに国王のように、適当な作り話で納得してくれる人物ではない。
さて、どうするか…。
侍女が執務室の隣の部屋のセッティングを終え三人で移動するまでの短い時間、リアムは思考をまとめた。
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