29 ご乱心ですか?
「レオ様ぁ〜〜〜!」
フローラはいつものほっかむり姿で校舎の向こうからやってくるレオに笑顔で大きく手を振る。
「フローラ」
レオも微笑みフローラに手を振り返した。
あの日レオとお友達になったフローラは、放課後になると廃れた花壇で待ち合わせ一時間ほどお喋りするのが日課となっていた。
「遅くなってごめんね」
「いんや、ララと雑草さ抜いてたから平気だ」
ララは無言で頭を下げる。
頭を下げたので親の仇を見るような目でレオを睨みつけたのはバレていない、はず。たぶん。
フローラとレオは並んでいつものベンチに腰掛けた。
「今日はいつもより遅かったけんど三年生の授業は大変なんだべか?」
「いや、そうでもないよ。皆各々の進路に向けて自習の時間が多いし。今日は先生に頼まれた用事を片付けてたから遅くなっただけ」
「ふーん。 レオ様は学園さ卒業したらどうすんだ?」
フローラがほっかむりで汗を拭いながら訊ねるとレオは少し意外そうな顔をした。
「私は…卒業したら家を継ぐために父の元で教えを請う予定だよ」
「へー。お貴族様って大変なんだべな〜」
「フローラも貴族だよね」
フローラはレオとする他愛も無い話が好きだった。
ずっといい匂いがしているレオの側にいるとなんか落ち着くのだ。
お互いがポツリポツリと話す穏やかな時間が流れていたが、話が途切れたタイミングでレオが躊躇いがちに尋ねてきた。
「ね、聞きたいことがあるんだけど……フローラは婚約者っているの?」
「いねぇだ」
フローラの即答にレオがふっと気を抜いた表情を見せる。
「そっか…。………ねぇ、フローラ」
「ブラウン嬢。こんなところにいたのか」
レオが何か言いかけた時、フローラを呼ぶ誰かの声にそれは遮られた。
声の主であるリアムが花壇の向こう側からやって来るのが見える。トーマスも一緒だ。
リアムはレオの姿を見て一瞬足を止め驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものうさんくさい笑顔に戻る。
「ブラウン嬢、久しぶりだな」
「ご機嫌麗しゅう、キラキラ。…リアム様」
「おいお前。ついに俺の名前をキラキラと呼んだな?自国の王太子の名すら記憶出来ないお前の頭には藁でも詰まってんのか?ああ゛!?」
「申し訳、ございません」
フローラはまったく申し訳なく思ってない顔で謝罪した。
リアムのうさんくさい笑顔を見ると、キラキラと呼びたくなってうずうずするし、久しぶりに会ったので名前がすぐに出て来なかったというのもある。
「リアム殿下がこのような場所にいらっしゃるなど…何か御用でしょうか」
レオがフローラを庇うように一歩前に出る。
ここはあまり使われていない校舎裏に廃れた花壇とベンチがあるだけの寂しい場所なので、決して王太子がウロウロして良い場所ではない。
一体何をしに来たのかとレオは訝しむと同時に、ひどく驚いていた。
リアムとは王宮で何度も面識があるが誰に対しても丁寧で公平な対応をする印象があり、このように声を荒げるなど…しかも女子に冷たく当たるところなど一度も目にしたことがなかったからだ。
リアムに怒鳴られたフローラは驚くことに一切のダメージを負っていなさそうだったが、か弱い女子が権力のある男に冷遇されている現場を見過ごすことなど出来ない。
レオはリアムと正面から向き合った。
リアムもうさんくさい笑顔のその裏、内心では気が気ではなかった。
レオ・アンダーソン公爵子息。
彼の父親は宰相職に就いており、レオも王宮に度々足を運び父親の仕事の手伝いをしている関係でリアムともよく顔を合わせている。
会えば当たり障りのない会話をする程度で腹を割って話しをするような間柄ではないが。
レオは真面目で正義感の強い、高位貴族にしては裏表のない気持ちの良い性格をした男だ。
性格に加え顔も良くなおかつ筆頭公爵家の跡取りとしての地位も盤石とくれば、本来であれば周囲があの男を放おってはおかないだろう。
だが、ある事情からレオは孤立していた。
レオもそのことを理解しており自分から積極的に誰かと関わろうとしない。
そんなレオが―――フローラを背中に庇いリアムと対峙している。
リアムは誰にも悟られぬようホッと安堵の息を吐く。
二人がいつどうやって知り合ったのか詳しい経緯は分からないが、どうやら間に合ったようだ。
あれこれ画策してる間に横から掻っ攫われては目も当てられない。
「そうだな…俺はそこの無礼な女に用がある。レオは席を外してほしい」
リアムは恐らくこちらが素の状態なのだろう、乱雑な口調や態度をどうやらレオにも隠さずにいくようだ。
リアムの真意は分からなかったがレオはフローラを守ると決める。
「無礼な女などと…フローラは確かに何も考えていない危うい能天気さはありますが、そのように評されるような子ではありません」
「え?」
目の前の背中を何も考えず能天気にぽけーっと見ていたフローラは、急に悪口を言われた気がしてレオを二度見する。
「“フローラ”か…。レオ、今後ブラウン嬢を名前で呼ぶ事は控えてほしい」
「…なぜです」
「ブラウン嬢は本日を以て俺の婚約者候補となった。自分の女が他の男に気安く名前を呼ばせているなど面白い話ではないだろう?」
「「っ!!」」
「え?」
リアムによって落とされた爆弾発言にレオとララは驚愕の表情を浮かべるが、フローラは「誰と誰がなんだっぺ?」とまったく話を聞いていなかった。
「とにかく、そういうことだ。“フローラ”と二人で話がしたい。レオはどっか行け」
「……っ」
悔しそうな顔でレオは思案する。
「……殿下は、ここしばらく学園を休まれていましたね。そしてその間王宮はなにやら慌ただしかったと記憶しています。……フローラとの婚約は陛下の許可を得たのですか?」
「当たり前だ」
「なるほど。陛下の許可だけですか。だから婚約者候補なのですね」
「……ちっ」
リアムは忌々しげにレオを睨みつける。
フローラの能力の危険性をいち早く察知したリアムの行動は迅速だった。
フローラと学園で昼食を共にしたあの日、すぐに王宮へと戻り父である国王に男爵令嬢フローラ・ブラウンと婚約したい旨を伝えたのだ。
フローラの祝福の力は人を操る能力だけではない。
リアムの頭脳を以てしても詳しいことは何も分からなかった為、祝福の力の全貌が明らかになるまでフローラを近くで監視する必要があった。
だが、表立って動けばフローラに何かあるのでは?と周囲に勘ぐられる恐れがある。リアムにとってそれは本意ではない。
能天気なフローラがよからぬことを考える輩に目をつけられれば至極厄介。何も考えていないが故、すぐに取り込まれてしまうだろう。
つまり不自然に思われることなくリアムがフローラを側で監視するにはそれなりの大義名分が必要なのだ。
そのための婚約。
王太子と男爵令嬢の急な婚約など十分不自然だったが、これ以上の最善はないと判断した。
リアムにしてみれば人生をかけた捨て身すぎる決断だったが背に腹は代えられない。
しかしリアムは国王にフローラの祝福の力の内容を一切伝えることなくいきなり婚約話を持ち出したので、王宮は激震した。
王太子殿下ご乱心である、と。
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